小さなやさしさ

2003年3月21日
昨晩家のことが一段楽して、久しぶりにネットに上がってみると友達に会えた。
本当に久しぶりになったものだから、まぁよく話す話す。
互いの心に映るいろんなことを話したり聞いたりしてるうちに、窓の外の空が白んでくる。
ひとまず今回はこの辺でということでお別れして、暫しの眠りにつく。

それほど長く眠ることができず、ゆっくりと起き上がる。
窓の外には抜けるような青空が広がっている。
この世の何処にも暗い影などないんじゃないかと錯覚するような空の色に機嫌をよくして階下に降りる。


テーブルの上の新聞とつけっぱなしのテレビを見て、遠い場所に暗い影を落としている出来事が夢ではなかったのだと思い知り、また気持ちが沈んでいくような感じがするけれど、
身体が疲れを訴えて横になりたいと思う前に竜樹さんの許へ向かいたいと思った。

自室に戻って用意を始めていると、電話が鳴る。


「今日はええ天気やから、そっちまで迎えに行くわ(*^-^*)」


竜樹さんの明るい声にまた元気を貰い、張り切って用意を始める。
用意を終えて部屋を出て、ふと思い立つ。


…車で来てくれはるなら、これを持って行こう。


それはコンパクト化されていない昔の人生ゲームの箱くらいの大きさの組み立てキット。
それは執着のない竜樹さんが珍しく執着してた車を12分の1の大きさにした模型で、この世に存在するなら作ってみるのもいいかなぁと思って探していたもの。
たまたま先月、ひょんなことから格安で手に入れたのだけど、届いてみてびっくり。
とにかくやたら箱が大きくて、人の手を借りない状態で竜樹邸に持ち込むのは難しい代物だった。
結果、金岡母から「邪魔よー、これー(ーー;)」と眉を顰められながら、金岡家の廊下に袋をかけられて鎮座する羽目になってた。

家にある一番大きな紙袋に入れてもキットの箱の頭が飛び出すので、半ば抱えるようにして階下に下ろし、竜樹さんからの連絡を待つ。
すると…


「そらちゃーん、渋滞がひどすぎて、そっちに着くのまだまだかかりそうやねん(>_<)
悪いけど、途中まで出てきてくれる?」


竜樹さんがいつも金岡家まで来る道は同じだから、同じところをずっと歩いていけば遅かれ早かれ竜樹さんに会えるからと思って、バカでっかいキットと共に家を出る。
キットはバカでっかいけれど重量は思ったほどないので、時々持つ手を変えながら竜樹さんが上がってくるだろう道を下っていく。

外は春用のジャケットを着てても暑いくらいの陽気。
どんどん坂道を降りてくうちに、駅に着いてしまった。

そこから竜樹さんに連絡すると、駅までも程遠い場所にいてるらしい。
相談の結果、渋滞を避けるために別の駅の方面に向かうので、そちらまで来るようにとのこと。

途中竜樹さんがお気に入りの鰯の生姜煮やら春めいた食材を購入して、バカでっかいキットともに電車に乗る。


指定の駅に着くと、元気な竜樹さんの笑顔が待っていた。


「渋滞がひどすぎて、運転してるだけで疲れてしもたわぁ」


ここ数日暖かい日が続いて、竜樹さんの体調自体はよくなってきてるとはいえ、まだまだ長時間の運転はまだまだ身体には堪えるみたい。
少しだけ休んで、迂回に継ぐ迂回を繰り返して竜樹邸の近くまで戻ってきた。


「…そらちゃん、運転もきつくなってきたしおなかもすいてきたから、ご飯食べよう」


そうしてイタリアンレストランに飛び込み、遅い昼食を食べ始める。
いつもなら、パスタとピザ、ステーキとフォッカチオ1枚頼めばもう「ごちそうさま」な竜樹さんは、どういう訳か追加注文してもこもこ食べておられる。


「…なんか、いつもよりも沢山食べてはりません?」
「こないだ病院で貰った薬飲みはじめたら、やたら食欲出てきてなぁ…」


病院で処方された薬の副作用というだけなら素直には喜べないけれど、これが体調がよくなってきた兆しでもあるのなら、とても嬉しいこと。
会話も弾み、私たちにしては珍しくレストランで長居してしまった。

レストランを出て、さらに少しばかり遠出をするつもりだった竜樹さん。
依然として道は渋滞、おなかが一杯になって少しだけお疲れが出たようなので、一旦竜樹邸に帰還することに。


竜樹邸に入り、コーヒーを作った後、2階に上がる。
組み立てキットを広げてみるには広い場所の方がいいし、何より太陽の光が差し込むうちは太陽の光の中で過ごしたいとのこと。
大きな紙袋を抱えるように持って、2階に上がる。


「…わぁ、これ、ごっつい精巧なモデルやなぁ(*^-^*)」


昔乗っていた車だけあって、あれこれと細かいところまで詳しい竜樹さん。
その車には私も乗ったことがあるので、思い出話やらその車に対する思い入れの話やらで随分盛り上がる。
キットを片付けまた暫く話し込み、ちょっと休みたいということで2人して横になる。


互いの中にある何かを受け渡す時に生じる熱とはまた違う、極めて優しい温度の中で取り留めなく柔らかな会話が続く。
そのうちどちらともなく眠ってしまって、気がつくと空が赤くなりかけている。
外が暗くなるまで片付けをしたり、階下に必要なものを運んだりして過ごす。


「霄、晩ごはん何食べる?」


お昼思い切り食べた上に竜樹邸に戻ってから殆ど動いてないので、あまりおなかはすいていない。
ひとまず腹ごなしに1階の部屋の簡単に片付けてる間に、竜樹さんがご飯を買いに出ることになった。


「悪いんやけど、お米炊いておいてくれるかなぁ?
そらのお母さんから頂いた山菜御飯の素を試してみたいから、作ってくれる?」
「判りました♪」


何かの折につけ、竜樹さんのお母さんから私にといろいろ頂いて帰ることがあり、それを独り占めするのもどうかと思って、金岡家でそっと出すようにしてる。

いつも竜樹さんから頂いてばかりで悪いからと、お米に混ぜて炊けばいいだけの炊き込みごはんの素を持たされた。
添加物の入ってない、ちょっとよい感じの山菜御飯と筍ご飯の具。

竜樹さんに渡すように託ってすぐに試してみたかったのだけど、竜樹さんの体調が悪かったのもあって、暫く炊飯器を使うことそのものがなかったからそのまま調理できずにいたけれど、これでやっと竜樹さんの食卓に反映させられる。

そう喜んでお米を磨いで山菜御飯の具の詰まった袋を開けてご飯の上に置き、水を入れて炊飯器にセットする。
片付けも炊飯の準備をするのも終わってひと息つくと、どういう訳か足元がふらつく。
竜樹さんが戻ってくるまで横になっていた。


「…あれ、霄。調子悪いん?」
「や、なんだか身体がだるくって、ちょっと横になってました」
「少し休んどき」


そうは言っても、先に食べていてくれる訳でなく、リビングをちょろちょろしながら待っておられるようなので、申し訳なくて起き上がる。
暫くすると山菜御飯が炊き上がったので、テーブルを片付けて夕飯のセッティング。


「霄があまり食欲ないって言ってたから、サラダを買ってみてん」


差し出されたサラダをもこもこと食べてると、小さなお皿に自分の食べてるおかずを少しずつ取ってくれる。
そんな小さなやさしさを一杯受けながら、ご飯を食べてるうちに言葉を交わす気力も出てくる。
普段は食べ始めると食べることに集中する竜樹さんも、言葉を返してくれる。


竜樹さんの何気ない仕草ですら、私の中の体調不良を少しずつどこかに押しやってくれる気がする。


竜樹さんのくれる小さなやさしさが竜樹邸に溢れてる。
そんなやさしさに触れていられた1日。


精神的な部分でも体調的な部分でもいつもと変わりのない朝。
いつもと同じ時間に起きて、いつもと同じ行動パターン。
身体を取り巻く空気がいつもよりもうんと暖かいと気がついたのは、最寄の駅に着いてから。


…このまま夜まで冷え込まなかったとしたら、重いコートは卒業だなぁ


気温と似つかわしくない重いコートを着たまま、出勤ルートを辿る。


今日はミニ花粉症の症状は幾分マシなのはありがたいけれど、立ち上がりから矢継ぎ早に仕事が飛んでくる。
切れ間なくダラダラと飛んでくる仕事にうんざりしながらも、「今日1日乗り切ったら3連休なんだから…」と言い聞かせながら、仕事を片していく。

お昼前になってようやく本来の仕事に着手出来る状態になったので、先輩のいるフロアに書類を取りに向かう。
相変わらず先輩の話は長くて困るけど、もう少しで昼休みだからと諦め半分に聞いていると、取引先から電話が入る。


「イラクの空爆、始まってんてー♪(゜∀゜)」


嬉しそうに言う先輩を見て「一体どういう神経してんねん!?」と心底呆れながら、適当に話を切って事務所に戻る。
事務所に戻ると、社長が小さなテレビをつけて、あちらこちらのニュースを見ていた。

人の中にある正義は人の数だけ存在し、自らの正義とやらを何が何でもそれを押し通そうとするなら、こういった事態は避けては通れないのだろう。
心の中でこんな事態を決して望みはしないけど、ストレートにこんな事態を望んでいないのだということだけを押し通すことが出来ないのもまた事実なのだろうと。
思いを馳せてもどうしようもないことを思いながら、ぼそぼそとご飯を食べ、いつものようにお茶を入れ、社長や部代と話をしながら、ニュースを聞いている。


「また一部の人は『手島さん手島さん』と賑やかになるんでしょうね」
「誰や?手島さんって?」
「NHKのワシントン支局長ですよ。何でもアメリカの同時多発テロの時によくニュースに出てきてて、『癒し系・テッシー』とかいって応援サイトまで出来てたそうですよ」
「日本人ってつくづく平和やなぁ」
「…ですね(-_-;)」


そんな話が終わる頃、昼からの仕事が始まる。
昼からも矢継ぎ早に仕事が飛んでくる状態は変わらず。
世界のどこかで大変なことが起こっていても、私は私に降りかかることで精一杯。
それは誰にでもいえたことなのかもしれないけれど、本当にそれでいいのかと思うとヘンな感じがしてならない。
そうして容赦なく飛んでくる仕事に振り回されながら、何時の間にか定時を越していた。
げんなりしながら仕事を片していると、鞄がことこと揺れる。
そっと見てみると、竜樹さんからメールがひとつ。

ちょっといじけた内容がいつもの竜樹さんらしくなくて、妙にかわいかったりする。
まだ仕事が終わってないから、こそっと慰めるようなお返事を打ったら…


「ゲヘヘ(’v’)/ (^^)/。」


…くっそう、図ったなぁヽ(`⌒´)ノ


それでも、結果的にこれから竜樹さんと会えることになったのは嬉しい。
とっとこ残ってる仕事を始末して、事務所を飛び出す。


事務所の外はいつもと変わりない、ラベンダー色の空。
遠い場所では、忌まわしき閃光が飛び交ってるかもしれないというのに…
大好きな人と会うために、何の障害もなく走っていけること。
そして大好きな人と過ごせる時間があること。
それは当たり前のものではなく、きっと特別なもの。
それは遠い場所で起こった戦争があるから知ったことではなく、竜樹さんの生命に暗い影が差してた頃から判っていたことではあるけれど…


「よぉ、お疲れ〜♪」


いつもよりも元気な竜樹さんの笑顔を見て、いつも以上にほっとする。
竜樹さんの車に乗って、竜樹さんが欲しがってるものを探しに出かける。

私の会社の近辺経由でその店に行ったことはないので、どうにもルートが定まらない。
あろうことか、竜樹さんはナビを積んでくるのを忘れたらしく、地図を頼りに運転。
何度か道を間違えて、随分遠回りをして。
運転してる竜樹さんは半ばぐれかけておられるけれど、身体に痛みが走らないなら長く一緒にいられることは嬉しい。


「…運転するのが辛かったら、明日にしましょうか?」
「いーや、行く(-"-#)」


身体の痛みが軽いのか、それとも単に意地になっておられるのか、目的地までひた走る。
予定よりもだいぶ時間はかかったけれど、閉店時間には間に合った。
お目当ての商品を見つけて、竜樹さんは嬉しそう。
ショーケースを開けて貰って商品を見てるけれど、今ひとつ竜樹さんのお気に召さないらしい。
ひとまず購入するかどうか保留の状態で、店内を見て歩く。


「…そらちゃん、俺、これにするわ(o^−^o)」


竜樹さんが惚れたのは、薄型のデジカメだった。
それはずっとまえから竜樹さんが欲しがっていたものだったけど、なかなか金額が下がらなくてずっと購入を手控えてたもの。
竜樹さんの見積もってた予算内でもお釣が来る金額だったので、最初に見ていた商品の購入を取りやめ、デジカメ購入に決定。
最初に見ていたものも竜樹さんがずっと探していたものではあったけれど、こちらの方がよかったらしく上機嫌。
私はその姿が見れればそれで満足だった。


その商品を購入決定してさらに探し物をする竜樹さん。
私は竜樹さんとは別のルートを歩いて、ふと立ち止まる。
マイナスイオン発生器付空気清浄機が格安である。
よく見ると、2003年製。
どうしてそんなものが破格値であるのか、さっぱり判らないけれど…
プラモデルを作るようになってから、ペーパーがけした時に発生するプラスチックの細かい粉が部屋中まいまいしてる状態。
花粉症だけじゃなくて、プラスチックの粉でも鼻を悪くしてるんじゃないかという気がしてたから、手ごろな値段なら空気清浄機を購入しようかなとは思ってた。


「そら、欲しいもんあったん?」
「や、空気清浄機が異常に安いから、買おうかどうか迷ってて…」
「これくらいの金額やったら、そらが出せなかったら俺が出すし買っとき。
今日は車も出してるし、もって帰れるやん?」

竜樹さんに出してもらう気は毛頭なかったけれど、確かに車がなければ持っては帰れないものだから、購入決定。
ちっさなデジカメとでっかい空気清浄機を買って、店を出る。


お買い得商品を提げて、竜樹さんも私も上機嫌。
2人で一緒にいられる時間があるだけでも幸せなのに、お買い得品を持って更に幸せ。


「これだけ小さいデジカメなら、一緒に出かける時持って出ても荷物にならへんやん。
これやったら、持って出かけても写真撮って帰ってこれるやん?」
「これ持ってどこへ行きますか?」
「そやなぁ、もうちょっと気候が落ち着いたら、TDSでも行くか?」
「わぁ、そしたら、貯金しないとダメですね」
「頑張ろなぁ♪(*^-^*)」


車中はそう遠くない未来の会話で盛り上がり、包む空気はまんまるくて暖かい。
この世のどこかで戦争が起こっていても、こんな会話をしていられる自分たちがいる。
もしかしたらそんな時間を共有していること自体が不謹慎なのかもしれないけれど…


「今日もありがとうございました。また、明日」
「おぉ、また明日なぁ♪(*^-^*)」


当たり前ではないはずの明日の約束を交わして別れる。
家に帰ると、金岡母が外出してるせいか金岡父もプードルさんもめっきりしょげかえってたので、今度は金岡父とプードルさんを元気付けるためにひと頑張り。
やっとこ金岡父にもプードルさんにも元気が戻った頃に、金岡母帰宅。
またいつものように、賑やかな金岡家に戻る。


息を殺して不安を抱えながら、大切な誰かと散り散りになる場所がある。
そこからうんと離れたところに、暖かくまぁるい空気に触れていられる場所がある。


核の傘の下にいるものが、それを願うこと自体がおこがましいかもしれないけれど。
誰もが怯えることなく暮らすなんてことが叶わなかったとしても、どうか少しでも早く、少しでも多くの人が怯えながら暮らすことのない生活を取り戻せますように。

そして、自分も自分の大切な人もずっと暖かくまぁるい空気の中で暮らしていけますようにと、何にとはなく願った。

笑顔の連鎖

2003年1月4日
今日は竜樹邸訪問の日。
2日の時のように金岡家に帰らなければならない時間が決まってる訳でないので、ゆっくり竜樹さんと過ごせる。
そう思うと、連続休み特有の身体のだるさなどぽいと投げ出せる感じがする。
ぐずぐずしていると、何かと家の用事を片付ける羽目になってとてつもなくスタートが遅れるので、たったと用意をして家を出る……つもりが、またしてもとっ捕まる。

金岡家の昼食を簡単に作り、それを食べることなく家を出る。


昨日と打って変わって、今日は天気がいい。
吹いてくる風は決して暖かなものではないけれど、雨や雪が降ってないだけよしとしようか。
出来るだけ長い時間、太陽の日差しが降り注ぐことをそっと願う。
太陽の日差しが長く竜樹さんが横になってる部屋に差し込むだけで、たとえ体調が悪くても竜樹さんの心まで冷やすことはないから。
そんな風に思いながら坂道を降りて、電車を乗り継ぐ。


いつものように、バスに乗る前に食材を買い込む。
久しぶりに一緒に夕飯を摂るのだからと何を作るか楽しみにして考えていたのだけど、何故か竜樹さんは鍋がご所望。
鍋料理だと対して腕の振るいようがないじゃないかとちょっとがっかりしてたのだけど、何を作るかよりも大切なのはきっと一緒に食べる時間なのだろうとも思うから。
竜樹さんが楽しんで食事できるような時間を作れたらと思いながら、竜樹さんが好きな食材をぼこぼこと籠に放り込み、レジで精算。
食材を提げてよろよろとバスに乗る。


「よう来てくれたなぁ、重たかったやろ?」


調子が悪くて横になってたと見えて、ちょっとほにゃんとした頭で迎えてくれる竜樹さん。
ひよこみたいな頭をしてるのがなんだかかわいくて、食材を整理しながら竜樹さんの頭をほわほわなでる。


「さっきまで横になってたから、頭ぼっさぼさやろ?
なんか、いやや。だらしないおっさんみたいで」
「…や、なんだかひよこみたいな頭でかわいいですよ(o^−^o)」
「かわいいって、そらちゃん…( -_-)」


竜樹さんが入れてくれたコーヒーを飲みながら、暫しお話。
暫くすると、竜樹さんは横になられ、所在なげにしてるとお布団にずるりと引きずり込まれる。
そうして今度は抱っこ枕状態でお話。

時折、部屋の中の空気が乾燥するのでお風呂場のドアを開けてみたり、台所に行ってお湯を沸かしたりするために何度かお布団から抜け出しはしたけれど、何をするでもなくお布団の中でずっとくっついて寝ている状態。

横になってなきゃならない状態は竜樹さん自身にとって決して機嫌のいい状態でないは間違いないけれど、くっついて横になってることで少しでも鬱屈した何かが晴れるなら、それはそれでいいのかもしれない。
少なくとも私自身は、竜樹さんの近くにいられるならそれが何より嬉しいから。
私にとっては贅沢なる時間を紡いでいく。


そうしてるうちに夕飯の支度をしなければならない時間になったので、そっとお布団を抜け出す。
今日は鍋だから、下拵えは極めて簡単。
材料を洗って切ってお皿に乗せ、鍋にだしを沸かしておくだけ。
なんとも料理しがいのない献立だなぁと思うけれど、その下準備の簡素さが竜樹さんとくっついてられる時間を増やしてくれるのには違いないから。
買ってきた食材を黙々と荒い、だったか切ってお皿に乗せていく。


「俺も手伝うわ」


竜樹さんが起きないようにこそーっとお布団を抜け出したはずなのに、気がついたら置きて食材の入ってる袋から白菜を取り出している。


「いいですよ、それくらい私がやりますから」
「いいって、簡単な白菜の処理の仕方知ってるから」


そう言ったか言わないかの間に、キッチンの小さなテーブルの上にまな板を置いて、ざくざくと白菜を切り始めている。
そして、電子レンジの上に積んであった大きなざるの中に切った白菜を放り込んでいく。
大きなざるにふた盛りの白菜が出来上がったところで、大きなボールを流しに置いて水をざーっと流し、そこで白菜の入ったざるをがさがさ動かして白菜を洗っている。


「…な?簡単やろ(*^-^*)」


…極めて男の人らしい、野菜の洗い方だなぁとヘンに感心してしまった


他の食材の準備をしてる間、竜樹さんはちっさなテーブルに向かってごそごそ作業をしておられる。


…ひたすらゴマを擂っておられるけど、一体何をするつもりなんだろう?


そう思いながら他の食材の下拵えをし、竜樹さんの作業が済んだところでカセットコンロをリビングに持ち込み、鍋パーティの始まり♪


だしの入った鍋の蓋がごとごとと音を立て、蓋を開けると湯気が立ち込める。
示し合わせた訳でもないのに、互いに笑顔が零れる。


「いただきます♪」


野菜たくさんの水炊きの中に牛肉をさっと通してしゃぶしゃぶにしながら食べる。


「そら、これ使ってみ?」


竜樹さんが手渡してくれたのは、さっき擂ったごまに調味料を混ぜたもの。


「ごまだれをきらしてるから、自分で作ってみてん♪」


竜樹さん特製ごまだれを取り皿に入れ、そこに牛肉や野菜をつけて食べると、とても美味しかった。
市販のごまだれに比べたら粘度はないものの、その粘度のなさが却って食を進めてくれる。


「ごまだれってこうして作るんですか?」
「さぁ?こうしたら出来るんかなって思いながら、適当に作ってん」


こういうことを何の気なしにやってそれなりに美味しいものを作るから、不思議な人だ。
美味しい食事は笑顔を連れてくるとはよく言ったもので、本当に笑顔が絶えない食卓。
ふとつけっぱなしのテレビに目をやると、志村けんのバカとのスペシャルをやってる。
竜樹さん、それを見てさらにバカうけ。
この手の番組はあまり好んでは見ないとはいえ、竜樹さんがバカうけしてる姿などそうそうお目にかかることもないから、バカとのではなく竜樹さんを見てにこにこ。
笑顔の連鎖はさらなる笑顔をつれてくる。


ふと、携帯にメールが飛び込む。
見てみると、姉さまが「別チャンネルでCMの後にイルハンが出てくるよ」と知らせてくれたものだった。


…イルハン、みーたーいー♪o(^-^o)o(^-^)o(o^-^)o


しかし竜樹さんはバカとので大うけ。
竜樹さんが久しぶりに大笑いしてるのに、「イルハン見たいのー」とは言い出せず…
仕方なくなく、姉さまにメールをひとつ。


「ただいま竜樹邸にいるのだけど、ここの主はバカとの見てる(T^T)
さっき、カーン様のCM見たからいいけど…」


即座に姉さまの大うけメールが帰ってきた。
どうやらイルハンのチャンネルでも突拍子もない人物の取り合わせで番組が進行してて、竜樹邸の光景だけでなくそちらの方でもうけてたらしい。
大うけの連鎖は姉さまのところまで届いたらしい。


バカうけな食事を終え、笑顔の余波を引き連れて後片付け。
その後はまた抱っこ枕な時間。
笑顔満載の食事と長時間の抱っこ枕が効いたのだろうか、今年初めて車を運転出来るところまで回復された模様。
竜樹さんに運転してもらうのはなんだか申し訳ないのだけど、一緒にいられる時間が増えることだけを喜ぶことが許されるなら、それはとても嬉しいこと。


笑顔と暖かな空気は、金岡家に着くまで私を包み込んでいてくれる。


2人のいる時間から、笑顔や暖かな空気が生まれ、それがやがて竜樹さんの身体から少しずつでも病気の根っこを取り払っていく要素となるのなら。
何度でも何度でも、笑顔を送り出したいと思う。


笑顔の連鎖が、幸せを連れて来るというのなら…



海衣一家と摂った正月最後の夕食は、ステーキ+α。
いつもよりも何品か多いのは、すべてめったやたら食べる海衣旦那に対する配慮なのか。
ダイニングテーブルに人数分乗らなくて、何故か私と海衣が応接セットの机にご飯を並べて食べている。

後片付けをして、暫く取り留めのない会話。
そして、明日の出発のために姪御ちゃんと海衣旦那は早々にお休み。
私も自室でしようと思ってたことを片付けに戻り、やがて金岡両親もそれぞれの部屋に帰る。


ふとコーヒーが飲みたくなって階下に降りた時、海衣が一人リビングで考え事をしてるのを知ってはいたけれど、敢えて声はかけなかった。
一人自室に篭りながら、日記を纏めたりプラモデルの部品を接着剤で止めたりバリ取りをしたりして、私もまたぼんやりと考え事をしていた。


明け方になって慌てて眠り、海衣一家を見送るために起き上がる。
妙に部屋が冷えてるのに驚きながら、雨戸を開けて驚いた。


…鈍色の空から雪が舞い降りていた。


昨日のそれとは違って、格段に降りがきつい。
道路を見るとまだ積もっていなかったので、どうにか海衣たちは帰るための交通手段のある場所にはたどり着けるだろう。
ほっとしながらリビングに下りると、金岡両親含めて帰り支度でばたばた。
何か手伝えることはないかと思ったけれど、人口密度の高いリビングにこれ以上要領を得ない人間が参入しても邪魔なだけなのは毎度のことなので、寒い廊下にぽつんと立ってその光景を眺めていた。

あんまり寒いので自室に戻って、ごとごとしてるうちにいつの間にか海衣たちは帰ってしまってた。


リビングで唖然としてる私に、「あんた何やってたのよ?」とは金岡母。
相変わらずどんくさいわねぇと言わんがばかりの様子にまたもかっくり。


…まぁ、私が見送ろうが見送るまいが大勢に影響はないんだろうけどさ(-_-;)


そうは思うけれど、つくづく私って間が悪いなぁとべこり。
ぺたりとパソコンのある机の前に座り、なにをするわけでもなくぼけっとしてる。
リビングにあるものの位置が微妙に変わってるのが、姪御ちゃん達がこの家にいたことの証しのよう。
それを元通りにするのを一瞬躊躇うけれど、そのままにしておくと散らかり放題にしてるような気がして、簡単に片付ける。

昨日までの賑やかさがまるで夢か何かだったかのような静かさ。
金岡家一番のアイドルの座を終われてたプードルさんは疲れきったようにぐったり眠ってるし、金岡父もぼんやりとテレビを見てる。
誰もがどこか所在なげにしてるのが、よけいに寂寥感を増長させそうな感じがして、そっと自室に戻る。


自室で今日こそしようと思っていた作業に取り掛かろうとして、ふと気づく。
先ほどまで音もなく窓の外をちらついてた雪は、何時の間にか激しい雨に変わっていた。


…あらま、これじゃ、サフ吹きなんて無理だわね。


いつもなら、予定が流れたなら流れたなりに別の何かを探して取り掛かるのだけど、どうにも何かをしようという気になれない。
手近なところに転がっていた本を拾い上げて読み始めるけど、なんとなく頭の中にすんなりと入ってこなくて、また放り出す。


賑やかだった家が静まり返ることなんて、別に今に始まったことじゃない。
それは海衣がこの家を出た時から何度となく繰り返されてきたことで、別にさして珍しいことでもない。
いなくなって寂しすぎると感じるほどに私たちは取り立てて仲がいい姉妹でもない。

それでも、何故かそこここに落ちてる寂寥感ともなんともつかないようなかけらに蹴躓くような感じに捕らわれる自分がいる。


今は妙に静かな金岡家だけど、また暫くしたらそれが金岡両親と私、猫たちとプードルさんだけの生活が別に違和感のないものとしてまた動き出す。
それの方がまるで当たり前のようなものとして感じてすっかり慣れきった頃に、また海衣たちが戻ってくる。

私自身がここであとどれくらいこんな風景を眺めているか判らない。

竜樹さんと暮らすようになれば、この風景こそが当たり前のものではなくなるのだろうから。

そう思ったら、今感じる形の定まらない寂寥感のようなものを見据えてみるのも悪くはないかもしれない。


目に映るもの、心に映るもの、そのすべてから何かを得て、やがてそれが歩く中で何らかの役に立つのなら。
役に立たなくても、自分の身として残せるなら。
今は心に小さな痛みを走らせるものであったとしても、それを受け止めることそのものは悪いものでもないのかもしれない。


ちょっと「らしくない」ことを考えた、激しい雨降る午後。
どうも長期休暇に入ると、昼夜逆転の生活が定着しすぎてよろしくない。
朝方までぐずぐずぐずと起き続け、部屋がひんやりしすぎて慌てて布団に包まり朝を迎える。

昨日、夕方に電話したっきり竜樹さんに電話し損ねていたので、目が覚めてから慌てて電話しようとしたけれど、身体を起こすと頭に鈍い痛みを覚えてまた横になる。


…あんまりぐずぐずしてられないんだけどなぁ(-"-;)


明日の午前中に海衣一家がお江戸に戻る。
今日は海衣の家族も含めてみんなで食事をする最後の夜。
前回海衣たちが戻ってきた時、殆ど家を留守にしていて派手にブーイングを食らったので、今日の夕食の席にくらい座ってないと具合が悪いだろう。

痛む頭を抱えて暫く横になり、ちょっとマシになったところで身体を起こして薬を飲んで出かける用意を始める。


リビングに下りると、くたってる海衣の旦那さんとぼんにゃりしてる海衣。
金岡両親とはしゃいでる姪御にその横で割を食ってるプードルさん。
どことなくその風景の中に自分の居場所があるような気がしなくて、そそくさと用意してると金岡母が私が出かけることをキャッチした模様。


「…彼氏とデート?( -_-)」
「デートっていうよりも、ご挨拶に行ってくるって感じかな。
夕飯の時間には間に合うように帰ってくるよ」
「…あら、そうなの?19時には始めるからね」


淡々とした会話が終わり、そっと家を出る。


外はよく晴れているけれど、頬に当たる風は冷たい。
時折青空から白いものがちらりちらりしてるなぁと思っていたら、それは雪だった。


…竜樹さん、きっと調子悪いだろうなぁ


竜樹さんの身体はただでさえ冬の寒さが弱いというのに、竜樹さんにとってこの冬は手術後初めて迎える冬。
傍にいれば本質的な部分において何らかの解決法を導き出せる訳ではないし、どうにもできない自分の無力さと病気というものに対する憎悪にも似た嫌悪感だけが増長するだけに過ぎないけれど。
それでも、竜樹さんの傍にいれば彼が必要とする何かをひとかけらでも提示できるかもしれない。
そうできたら、少しは自分がいるということにも何らかの意味があると思えるのだろう。
私自身にのみ限定するなら、私の知らないところで竜樹さんが苦しい思いをしてなければそれでいい。
知らないところで苦しんでたんだと知ることは、傍にいて何も出来ないことによって生まれてくる無力感以上に胸締め上げるものだから…


そんな風に思いながら、竜樹邸を目指して雪の中を歩きつづけた。


電車やバスを乗り継いで竜樹さんの家の近所まで辿り着いた頃には、雪は小雨に変わっていた。


「…寒いのに、ようこそやなぁ」


竜樹さんの表情には身体の不調が見え隠れしてるけれど、その笑顔はほの暖かな感じがする。


「私の家の近辺は雪が降ってましたよ」
「そうかぁ、どうりで冷え込むと思ったわぁ」


2人で2階に上がって、竜樹さんは横になる。
テレビの音を小さくしてぱちぱちとチャンネルを変えてると、竜樹さんがなんとなしに触れてくる。
どこか不安が見え隠れする感じの竜樹さんに安心を渡したくて、そのまま触れるに任せている。
ぱちぱちと変えてるうちに、中村吉右衛門の姿を見つける。
リモコンを触る手が止まったことで竜樹さんも何か気になったらしい。


「…チャンネル変えるのやめたかと思ったら、吉右衛門かぁ」
「うん、10時間時代劇に出てはるみたいやね(*^-^*)」


今年のテレビ東京の10時間時代劇は中村吉右衛門の忠臣蔵。

「どうして年始に忠臣蔵なのさ!?」と私も竜樹さんも首を傾げていたけれど、播磨屋フリークの私は演目はどうあれ、吉右衛門が出てればそれだけでハッピー。
すっかり画面に釘付け状態。

竜樹さんが触ろうが何しようが、わんこ座りのままテレビの画面を見つめてる。

それがちょっと面白くなかったのか竜樹さん。
私の手からリモコン取り上げ、ぺちとチャンネルを変えてしまった。


「何をするんですか?」
「…そらちゃん、テレビに吉右衛門出とったら、そればっかり見てんねんもん(-"-;)」


何年か前にも同じようなことがあった。
なんだかじゃれっこラブラブモードな雰囲気になってる時にテレビに映ってたのは「鬼平犯科帳」。
それを竜樹さんそっちのけで見てて、拗ねられてしまったことがある。


「ごめんなさい、家でビデオの予約し損ねてきたから…」
「そしたら、録画しとこか?」


竜樹さんはもそっと起き上がり、テープを入れて録画を始める。
そうしてまたじゃれあうようにして、お布団の中で2人でくっついて眠る。
眠ったり触れ合ったり笑ったりを繰り返してるうちに辺りは暗くなってくる。

竜樹さんの頭越しに見える時計は17時をまわってる。
いつもならここから竜樹邸の夕飯を作り始め、19時頃から2人で静かに夕飯を食べるのだけれど、今日はその時間には金岡家に戻ってないといけない。


「…竜樹さん、もう少ししたら帰りますね」
「あぁ、そうやったな、海衣さん達とご飯食べるんやったな。
調子がよかったら、俺、送っていくねんけどなぁ…」


けれど、お布団の外に足を少し出してみると、部屋の中の空気は異常に冷えてきてる。
ただでさえ具合悪そうな竜樹さんに瑣末な理由で無理に運転させたくない。


「今から出たら、バスと電車乗り継いで約束の時間には家にたどりつけてますから大丈夫ですよ」
「…そやなぁ…(-"-;)」


それでも、身体を離そうとはしない竜樹さん。
そうしてる間に少しずつ時間は経っていく。
どうしたものかと考えていると、竜樹さんは電話の子機を取ってご実家の方に内線を入れられる。


…帰省しておられてる竜樹弟さんに、私の家に近い駅まで送るようにお願いしてる。


「竜樹さん、いいですって。ちゃんと自分で帰れますから」
「あいつやったら大丈夫やって。今回の正月は暇みたいやから」
「暇だからとかそういう問題じゃないですよ。せっかくのお休みやのに…」


そんな風に話していると、玄関で呼び鈴が鳴る。
出てみると、竜樹弟さんと竜樹父さんがいらっしゃった。


「兄ちゃん、どこまで送ってったらええの?」
「○○まで送ったって。多分、そこが一番早いと思うから」
「○○ってどやって行くんだっけ」
「あぁ、俺が乗ってくから心配せんでええ」


結局、竜樹弟さん運転、竜樹父さんのナビで出発。
竜樹弟さんも竜樹父さんもせっかくのお休みなのに、私のために動いてくださることにただただ感謝。
竜樹弟さんとお会いするのは随分久しぶりだったので、駅に着くまでやたら会話が弾んで楽しい時間を過ごせた。

思ってたよりも早く駅に着き、竜樹弟さんと竜樹父さんと別れてやってきた電車に飛び乗る。


夕飯の時間に何とか間に合った。

家に帰り着いて、すぐに竜樹さんのご実家にお礼の電話をかけ、竜樹さんにはメールで報告。
そうして、金岡家のメンバーの待つリビングへ。


一緒にいてる時間はそんなに取れなかった上に、竜樹さんのご家族にまでご迷惑をかける形になってしまったことは十二分に反省するべきことなんだと思うけれど、金岡両親や海衣一家と共に摂る食事を心底楽しめたのは、短い時間でも竜樹さんに会えたから。


…短い時間でも、やっぱり会えてよかった。



心の目を開いて…

2003年1月1日
新しい年の始まり、新しい朝。
なのに張り切って早起きするわけでもなく、休みの日にしては早く起きたなという程度の立ち上がり。

今年は喪中だから、初詣には行けない。
年賀状も一部の例外を除いては届かないはずだから、今ひとつ新年らしさに欠ける感じがする。
おせち料理とお雑煮とお酒とつけっぱなしのテレビから流れてくる正月番組だけが、辛うじて正月らしさを感じさせるというのが、何だか悲しい。


料理を食べ終え、各自テレビを見たり雑談したり、姪御ちゃんに振り回されたりしながら過ごしている。
私自身もリビングと自室をちょろちょろしながら、何をするわけでもなく過ごしている。


ただでさえ、新しい年を迎える時、新しい年になるんだという自覚もないまま年が明けて、数日したら日常に無理矢理背中押されて動き出すようなサイクルの1年。
無理矢理日常のサイクルを切り盛りし始めると、竜樹さんの誕生日が来て、また暫くばたばたしてると私の誕生日が来る。
そしてやれ決算だ、年度末だと日常にぶんぶん振り回されてるうちに、2人が一緒に歩き始めた日が訪れ、季節も本当に春を迎える。

手術をして最初に迎える冬は竜樹さんの身体にとって堪えるものだというのは、前回の手術の時の結果からも明らかで、早く暖かな季節が来てくれればいいのにと願ってやまない。


竜樹さんの身体の具合について考えながら行動するのは、もう既に当たり前だと感じないくらいに至極当然なことになってしまってて、それそのものが大変だと思うことはなくなった。
けれど、痛みに苦しむ竜樹さんに出会っても、物理的に即効性のある解決策を自らが持ち得てないという事実もまた眼前に突きつける形になってしまってるのが現実。


…医療関係者ですら処置の仕様がないなら、特殊な技術も持たないものに一体どれだけのことができるというのだろう?

それを居直るための理由に使いたくなくて、自分の無力さを情けなく思う気持ちだけがのこるのだけど…


新しい年の中に、今よりもよくなる風はあるのだろうか?
ないならないなりに、今よりもっとよくなれる道を拓けるだろうか?


今年は動かしたいと思ってることが幾つかある。
その全てをきちっと動かせるのか、全てが頓挫するのかすら判らないけれど、竜樹さんと一緒に歩きつづけるために必要なものをきちっと手に出来るように。

竜樹さんがすぐには元気になれなくても、「生き抜こう」と思えるだけの何かを渡せるように。


心の目を開いて、よくなれるかもしれない何かを見つけたときすぐ動き出せる自分になりたいと思う。



自宅に戻ってきてから、トイショップで買った袋をおもむろに開ける。
身体は疲労感を訴えてるしそのまま眠ってしまってもよかったのだけど、なぜか気持ちがヘンに高ぶってる。
そのまま横になったところで眠れるはずもないから、袋から箱を取り出して中身をばりばりと空けていく。

箱の中を開けてしまったら最後。
組立要領書を開き、ニッパーと鑢片手に黙々と組み立てはじめる。


毎度のことながら黙々と何かを作り上げる作業は好きで、毎度毎度はまることは違えど音のないような世界に飛び込めるような感覚が欲しくて始めるけれど、プラモデルを組む手に涙が落ちる。


去年の年末年始も確かに精神的にはどことなく不安を抱えてはいたけれど、ここまでひどくはなかった気もする。
何が元で生まれたのかさっぱり判らない不安感はみるみるうちに大きくなってきてる気がする。
今までだって不安を覚えることは何度となくあったはずなのに、どうしてここまで根拠レスな不安は居座り続けるのか。
自分自身に対する疑念と根のない不安に駆られて落ちる涙は止まるところを知らなくて、殆ど子供がえぐえぐ泣きながらプラモデル組んでるような感じで作業を続ける。


悲しいことに、プラモデルは3時間足らずで終わってしまった。


…やっぱり、もちょっとグレードの高いやつにすればよかったかな?


そうしたらもう少し長い間気が紛れたかもしれないなどと、どう考えても大切な誰かに背中を向けられてるのかなと不安を抱えてる人間が考えるとは思えないようなことを考えた自分がひどく緊迫感のない人間に思えてならなかったけれど、何かをしている間だけは目に入れなくて済む何かがあるのだということもまたよく知っているから、他のものに目を向けることで思考の渦から逃れようとしてしまう。

どことなく関節部分が緩やかで不安定さの伴うプラモデルにに倒れない程度の適当なポーズを取らせて横になった。


朝になってリビングに下りると、年末最終日の金岡家ではすることが殆ど残ってないという。
海衣一家が神戸に行くという話しを聞いて、もう一度私もどこかへ出かけようかな?と思っていると、「どうせなら海衣たちと一緒にでかけてきたら?」と金岡母に背中を押されて、慌てて用意をして家を出る。


海衣の旦那さんの運転で一路神戸に向かう。
車の中の会話はすっかり家族で、部外の私にはちょっと変な感じが否めない。
その暖かさや柔らかさは今の私には得られないものであって、正直場違いな感じがする。

ちょっとだけ、早く車を降りてしまいたい気分に駆られてしまったけれど…

思ってたより早く車は目的地に着き、海衣と私が途中下車。
海衣の旦那さんと姪御は別の場所に行き、私と海衣とも途中で別れる。
一人で神戸の街を歩き、神戸で知ってる数少ない店に向かう。


街はすっかり年末の色を漂わせている。
行き交う人も町並みもどこかやってくる新年に向けて、微妙に変化の色を見せている。
こんな風景の中に身をおいてること自体にも違和感があるのだけれど…
それでもせっかく出てきたのだからと、行ってみようと思った店まで歩きつづける。

目的の場所に着いて、案内板を眺めて必要なものを揃えられそうな階を見つけて移動する。
買い物かごに必要なものをぽこぽこ放り込んでは、ぼんやりと考える作業がちょっと下向き気味の気持ちに加速をつけずに済んだようで、レジで生産をする頃には少しばかり気持ちが上向きになっていた。


店の外に出ると雨が降っている。
目に飛び込んだカフェまでダッシュして、コーヒーとサンドイッチを買って雨宿り。
ここもまた今年最後の日だからなのか、時間が時間だからなのか見渡す限り人、人、人。
海衣に雨宿りしてる店の場所を伝えるメールを送り、ぼんやりと買ったものを眺めながらコーヒーとサンドイッチを食べながら海衣が来るのを待ち続ける。

20分くらいして海衣が到着。
互いに戦利品(?)を見せ合って、暫し歓談。
海衣の旦那さんがいつ拾ってくれるかを海衣が確認して、あとどれくらいで店を出なきゃならないと話しているところに私の携帯の着信音。


「霄?どうしてるん?」


大好きな声に驚いた瞬間、ぱぁっと嬉しさがこみ上げてくる。


「今ね、三宮に来てるんですよ。竜樹さんは元気ですか?」
「…いや、あれからずっと寝込んでて、今日やっとマシになってん。
あ、出先やったら悪いし、切るなぁ」
「あと1時間もしたらうちに帰ってると思いますから、こちらからかけますね。
しんどかったら出はらへんでもいいですから」


最後に会った時、少しひっかかりを残すような別れ方をしてるから、私自身もいろいろ考えてしまったのだけど、もしかしたら竜樹さんも何か思ってたのかな?

…どうせ聞いても素直には言わないんだけどね、竜樹さんは。


「お姉ちゃん、彼氏から〜?o(^-^o)o(^-^)o(o^-^)o」
「そそ、電話で話すのご無沙汰さんだったのよ」
「相変わらずラブラブやねー( ̄ー+ ̄)」


…や、ラブラブな人達が連絡とるのに躊躇したり、年末年始の予定を組まなかったりはしないと思うけど(^-^;

それでも嬉しいと感じた時は嬉しいに乗っかってたい。

竜樹さんの声が聞けたから根拠レスな不安はかなり消し飛んだ感じがする。
また暫く話し込んで時計を見ると、海衣の旦那さんと落ち合う時間が近づいてきたので店を出てげんなり。


雨脚は強くなってきてる。


それでもめげるわけでなく、取り留めなく話しながら待ち合わせ場所まで歩き、旦那さんに拾ってもらって家路を急ぐ。
積んでたナビに逆らって走ったために途中で道を間違えたりもしたけれど、どうにかこうにか夕飯に間に合うような形で家に着く。

自室に戻って慌てて竜樹さんに電話したけれど、竜樹さんは出られなかった。

多分まだ具合がよくなくて、寝ておられるのだろうと思って、そのまま夕飯の支度を手伝いにいく。


リビングでは、紅白と第九を同時に見てる人々。
画面は半分に分割され、紅白と第九の画像が映り、音は第九。
なんだかへんな感じ。
やがて第九が終わると、今度は第九が移ってたはずのところに猪木ボンバイエが映り、音は紅白というけったいな取り合わせ。

格闘技嫌いの金岡母は嫌そうな顔をして台所に逃げ込み、海衣の旦那さんと金岡父が講釈をたれながらボンバイエを見てる。
暫くすると年越しそばを食べ、またそれぞれリビングで好きにくつろいでる。


再度電話しようと自室に戻ると、携帯の着信音。
去年、今年とさんざんお世話になった友達から電話がかかってきた。


「竜樹さんからは連絡ありました?」
「うん、夕方にあったけれど…」
「え?年末恒例のカウントダウン電話はないんですか?」
「家に帰ってから電話したけど出はらへんかったから、もうかけるのやめとこうかなと思って…」

そうして暫く話してると、今度は部屋の電話が鳴る。
一旦友達の電話を切ってもらって出てみると、竜樹さんからだった。


「帰ってから電話をくれててんなぁ」
「うん♪(o^−^o)」


普段と変わらない会話だけど、たったひとつ違うとしたら互いの背後から除夜の鐘の音が聞こえてること。


「今年ももう終わりますねぇ」
「…そやなぁ、あ、あけましておめでとう」
「あ、日付変わってる。おめでとうございます」


そうしてまた暫く他愛もない話をして会話を終え、先ほど電話で話してた友達に電話をしなおし長電話。


1年の1番最後と新しい年の1番最初に竜樹さんと話せたこと。
それは心の中に立ち込めてた霧を晴らしてくれたような気がする。


過ぎ去った年がどんな年で、新しい年がどんな年で。

振り返ったり先のことを考えたりして、また今日から歩き始める。


竜樹さんと歩き始める。



今日は相棒と食事会。
暮れの押し迫った時期に遊び歩こうと画策して実行する辺りは、さすが相棒。
他の友達じゃ到底ありえない快挙。
それに乗っかって遊びあるこうとする私も同類なのだけれど…
海衣一家も個別に外出するらしいし、金岡両親は姪御ちゃんと遊ぶことに専念する模様。


…まぁ、晩御飯を簡素にするのに貢献したということで、今日はご勘弁頂こう


金岡両親と姪御ににこやかに送り出されて家を出る。
比較的近くに住んでるはずなのに、待ち合わせは互いの住むところからうんと遠い場所。
待ち合わせ場所に向かう度に「なんで?」とは思うけれど、約束する時は当たり前のようにそこで決まる。


…まぁ、私が全然予想もしないことをするのが相棒さぁね


深く考えても仕方なかろと思考を切り替え、電車で移動を繰り返す。
待ち合わせの場所に行くと、いつも私よりも先にいるはずの相棒はいない。
「時間間違えたかな?」と思ったけれど念のため携帯に連絡すると、「本屋で探してる本が見つからない」とのこと。
「気が済むまで探しといで、待っとくから」とだけ伝えると、暫くして袋を提げた相棒がやってきた。


まずはお昼ごはん。
相棒が大好きなパスタ屋へ行く。


「毎度『これ食べよう、あれ食べよう』ってメニュー見たら思うねんけど、お得なセット見るとそれにしちゃうんだよね」
「そうそう、せっかくやし今日はいつも食べないのにしよう♪」


ということで、相棒は予てより気にかけていたカラスミのパスタ、私は湯葉の豆乳クリームパスタをチョイス。
パスタが届いたら、お互いのパスタを試食してあぁだこうだと話しながら食事。
あとはドリンクとデザートを食べながら、相変わらず劇の話から近況の話まで延々喋りつづける。

散々喋り倒して店を出た後、今度はショッピングモールをちょろちょろ。
バラエティショップから電気屋、ファッション系のビルまで思いついたところを話しながらうろうろする。


子供服のフロアで相棒が立ち止まる。
私もふとある場所に目をやる。


「ねぇ、あれ姪御ちゃんに…?」
「…なんか、あれよさそうじゃない?」


2人が同時に同じ場所を指して話し掛ける。
我に返った瞬間、なんだか笑ってしまった。
2人の目に飛び込んだのは「12色の上履き」というコーナーで、色とりどりの上履きが長細い靴箱に整然と並んでいる。
姪御ちゃんの足のサイズが判らないので金岡母に電話してサイズを聞き出し、捜索開始。
色はあってもサイズがない、サイズがあったら色と形がいまひとつとなかなか折り合いがつかなかったけれど、ようやっとサイズも色も形も何とか折り合いがつくものが見つかり即購入。
そこからまた当てのない散策が再開。
ふらりふらりと思いつくまま、また歩き始める。


次に立ち寄ったのは、おもちゃのコーナー。
最近俄かにプラモデル作りにはまってるって話をしてた関係で、プラモデルのコーナーをちょろちょろする。


「海衣がさ、『やっぱプラモデル作るなら、塗装までやらないと』って言うのよ」
「私、立体に色つけたら破壊的になるから、よぉせぇへんわぁ」
「それは私もなんだがさ…」


「それでも海衣の言葉に触発されてはいるんだよ」と話していると、練習用によさげなプラモデルを発見。
「それで練習してみたらええやん♪」と言ったと思ったら、相棒は忽然と消えてしまった。
何処に言ったのだろうと、塗料を探しながら相棒を探しているとそのプラモデルにあった塗料セットの箱を持ってる。


…やること、早いわ。相棒。


他の色で足りないものをまた更に塗料棚から探し出し、レジへ並んで購入。
また話しながら別の店に移動する。


そうやって何度も何度も移動を続けているとお腹が減ってきたので、晩ごはんを食べにいくことに。


「晩ごはん食べる前にちょっと寄っていいかな?」


相棒に連れられていったのは、恐怖のデパ地下。
何でも相棒父が相棒が出かけしなに「俺のおやつは!?」と騒ぎまくってたらしいので、おやつになりそうなものを幾つか購入したいのだとか。
当事者にしたらたまったもんじゃないだろうけど、傍から聞いているとなんてラブリーな父上だと思ってしまう。
味違いのカステラを3本とおかきを2袋購入して、晩ごはんを目指す。


晩ごはんは、多国籍料理の居酒屋。
私と相棒はここのチーズケーキが大好きで、それ食べたさに入ったのに…
大好きなチーズケーキはメニューから消えていた


………………………(>へ<)
………………………ヽ( `Д)ノ


気を取り直すのに少々時間はかかったものの、メニューから食べたいものを次々頼み、小さなテーブル一杯にお皿を並べる。
またそれがさくさくなくなるから、恐ろしいけれど…


今日相棒と一緒にい始めてから既に8時間近く経過してるにも拘らず、話が尽きることがない。
簡素な近況報告や共通した互いの趣味の話から、それぞれ個々の抱えるちょっとディープな話題に話が及ぶ。
普段口にしないようなことを小出しにしてそっと出してみると、相棒はそれを容赦なく引きずり出そうとする。
それは私の領域にずかずか立ち入るような感じではなく、「何を言っても止めてやるから、出してみな」って感じ。
恐る恐る出す言葉に、相棒はきちっと思うことを伝えてくれる。
時には怒り口調が混じったり、びっくりするような言葉が飛び出したりもするけれど、それすら相棒の暖かさが感じられて、ヘンに心地よかったりする。


「霄ちゃんはあっちでもこっちでも我慢しすぎてんだから、言わなきゃならないことは言えばいいし、協力を求めるべき場所では求めんとあかんねんで!」


そんな風にやりとりしながら、いつの間にか相棒の話もちゃんと出てきてて、それに私の精一杯で答えてたりするから何だか不思議な感じ。

マシンガントークに近い状態で、途切れなくどちらかの話は続いてる。
何気なく時計を見るまで、このままずっと朝まで話し続けてしまうじゃないかって錯覚起こしそうになってた自分が恐ろしい。

慌てて店を出て、帰りは同じ電車に乗って帰る。
結局どこまで行っても話は途切れることなく続き、相棒が最寄り駅で電車を降りるまでずっとハイテンションのままだった。


相棒と別れてから、一挙に疲れと寂しさみたいなものが出た感じ。
それでも、昨日感じた暖かい場所で感じる寂しさとは少し違って、寂しさの中にほの暖かな何かがきちっと存在してる感じ。


…いっつも、サンキュね。相棒。


心が漣立つ感じはまだ暫く続くのかもしれないけれど、雨の日があれば晴れの日があるように、いつかは不安定な気持ちとお別れできるかもしれない。


…今のこの気持ちを抱いたまま眠れるといいな。


ヘンに神経が高ぶってる感じもするから、そのまますとんと眠れる自信はないけれど。
相棒がくれた楽しい時間を抱きしめてそのまま眠れたらいいなぁと思いながら、車窓を流れる夜景を眺めていた。



暖かな場所にも…

2002年12月29日
冬休み2日目。
今日は夕方頃海衣一家が帰宅する予定。
それまでに年末の買出しをしておこうということで、朝から金岡母に連れられて外出する羽目になる。


年末、そして今年最後の日曜日。
電車に乗り込むと人が多くてびっくりする。
電車ですらこの人ごみなら、買い物に行く先はうんざりするほど人がいるのだろう。
人ごみはどうも苦手な私はこの手の行事が苦手ではあるけれど、金岡母ひとりで持ちかれる量ではないことは買い物リストを見てたら判ることだから。
ひとまず家に無事荷物を持って帰れるように祈りながら、金岡母と話している。

準備品を調達する前に、電気屋さんに寄ってもらった。
デジタルカメラの記憶媒体と外付けのキーボード。
どうもゾンビちゃんのキーボードがへそを曲げていて、よく使うキーだけやたら反応が鈍くなってきてたので、この機会に購入しておこうと思った。

軽いけどかさばる紙袋を提げて、いよいよ年末準備品の買い込み。
買い物のメインは年末年始用の食材なんだけれど、他にもテーブルクロスやランチョンマット、姪御ちゃんへのプレゼント、果てはプードルさん用の毛布まである。
尤も重いものやすぐに必要でないものは配達してもらうのだけど、海衣一家が戻ってくると必要な食材の量が著しく増えるから、必要なものだけに絞っても結構な量になる。


最初に催事会場に飛び込んで姪御ちゃんのプレゼントとテーブルクロスとランチョンマット。
年末年始用のお菓子に練り製品。
たったそれだけを買うだけだったのに、あまりの人の多さに既にへろへろ。


…それでも、金岡母は疲れ知らずなのか、また次の目的地へ向かっていく。


次に寄った百貨店も見渡す限り人、人、人。
私一人なら回れ右して帰るところだけど、金岡母は人を掻き分けどんどん進んでいく。
それを太刀持ちのようについて歩かざるを得ない私。

プードルさん用の毛布を調達して発送手続きをとり、休憩を兼ねてお茶。
おいしいワッフルサンドとコーヒーを飲んで、暫く歓談。
暖かい場所でお腹一杯の状態になると俄かに睡魔が襲ってくるけれど、あまりゆっくりしてる訳にもいかない。
海衣たちが戻るまでに帰って夕飯の支度をしなければならないので、泣く泣く店を出て再び買出し。


何もない日のデパ地下ですら、やたら人が多くて辟易とするのに、年末の食料品売り場は人に食材が埋もれて見える。
そこで牛肉1.2kgと刺身用の魚を沢山、おせち料理に入れる食材を購入。
そして金岡母好物のおっきなパンが何種類か…
両手に溢れんばかりの食材を提げて、駅に向かい再び電車に乗って家に帰った。


家に帰って食材を冷蔵庫に片付けて、ほっとひと息。
それでもあまり悠長に構えてられない。
今度は海衣達が帰ってくるのに合わせて晩御飯を作らなければならない。
刺身を切ったり、肉の下拵えをしたり…
へろへろになりながらも手伝い、ひと段落したので自室に戻って買ってきた外付けのキーボードを設置。
試し打ちして感動。


…これでもう不自由な思いをしながら、日記書いたり文書作成したりしなくて済むんだぁ(o^−^o)


調子に乗ってあれやこれや作業してると、金岡家の電話が鳴る。
海衣たちからだった。

年末年始は海衣も海衣の旦那もあちらこちらに出かけるらしく、空港からレンタカーを借りてこちらに来るのだとか。
毎度毎度それにお付き合いしてる姪御ちゃんは海衣一家の中で一番偉いのだといつも思う。


…姪御ちゃん、どんな風になってるんだろう?


帰省するたびに目覚ましい成長を遂げてる姪御ちゃん。
金岡両親は海衣の帰省よりもむしろ姪御ちゃんの帰省を心待ちにしてるようで、口を開くと姪御のことばかり飛び出す。
私自身も姪御ちゃんの帰りが楽しみな一人ではある。

いろんなことに思いをめぐらせてるうちに、海衣一家ご帰還。


…姪御はますますパワフルになっていた(^-^;


どすどすと走り回る姪御に猫たちはびびりあがって方々に隠れ、普段は金岡家の王子さまのプードルさんは1位の座を奪われしょげ返り…
私の部屋の前まで逃げてきた目の見えない猫を匿い気が済むまで撫でてやったり、しょげ返るプードルさんの相手をしたりして、賑やかな夕食までの間過ごした。


夕食の時間になって、リビングに入ってびっくり。
普段では考えられない量と種類のごはんが並んでいる。
それをプードルさんが見たら「くれよー、くれよー」と駆けずり回るのだろうけれど、姪御ちゃんがこの家にいてる間は食事の時間はリビングからは締め出されることに。
ドアの外ではプードルさんがしょげかえっている。
そんな中、賑やかな夕食は始まる。


普段じゃ考えられないような賑やかさ。
それは食事が終わってもまだ続いている。
その賑やかさや暖かさに触れて心地よいと思う自分と、ちょっと違和感を感じる自分が綱引きをしてる。
ふっと右肩のあたりが寂しいなと思って気がついた。


…あ、竜樹さんがいてくれたらいいのにな、なんて思ってたんだ


その暖かさの中に素直に身を浸せないのは、一緒にいたいと思うたった一人がそこにいないから。
竜樹さんと今一緒にいてないからといって、この家族の中にいて疎外感を感じるわけでもなければ、海衣たちを見てどうこう思うわけでもないけれど…


…竜樹さんとこはどうしてるかな?


竜樹さんの弟さんの友達と竜樹さんは顔なじみなので、もしかしたら弟さんと一緒に集まりに参加してるかもしれない。
気になるなら電話しても問題はないだろうけど、普段出来ないことが出来てるならそれを電話して邪魔することもない。


…何かあったら、連絡あるだろうしね。


竜樹さんの体調が急に悪くなっても、弟さんがいるなら対処は早い。
機動力にかけては竜樹家一フットワークの軽い方だから、竜樹さんに何か遭った時の対処については心配はしなくてもいいのだけど…


…寂寥感に苛まれても、自分からは言わないからなぁ、竜樹さんは(-_-;


ずっと長いこと一緒に歩いてきたのだから電話の一本入れるかどうかを迷う必要なんてないって思うけれど、どういう訳かこの日は迷いに迷ってかけられなかった。


暖かな場所にもちょっとした寂しさは落ちていて、何かの拍子に拾い上げてしまうことがある。
そんなもの、拾いたくて拾うわけじゃないのだけど…

自分でも訳の判らない寂しさに捕まったまま、賑やかなリビングから離れることもどっぷり身を浸すことも出来ないままでいた。


不意に…

2002年12月28日
冬休み初日。
昨日の疲れが出たのか、普段起きる時間よりは遅かったけれど…


…別に起きるのが多少遅くなったところで、今日は何の予定もないもんね


気持ちは少々いじけ気味だったけれど、ぼんやりとしながら部屋を少しばかり片付け、お昼ごはんを作ったり、昨日買ってきたプラモデルを黙々と組んでみたりした。

プラモデルを組んでる間は音のない世界に入ってるような錯覚すら覚える。
これが編物や針仕事のようなもっと女の子っぽいものだったならもう少しかわいげもあるような気がするけれど、女の子らしいものからずれたものを好きになるのは昔も今もあまり変わりなくて、却ってその方が私らしい気もする。

集中して何かをしてる間は思い煩いはないのだと思うと、それですら幸せなことのようにも思える。


作業がひと段落した時、不意に昨日同僚さんと話したことを思い出す。


「ねぇ、男の人に養われることって当たり前のことなん?」


彼女のお友達が一緒に住んでた男の人と別れて、積極的にアプローチしてた人に鞍替えしたらしい。
そのことについて(どういう訳か)彼女が引っかかってるらしくて、不意に切り出されたのだけど。


「…や、男の人に養われるのが当たり前だとは思わへんよ。
かと言って、女の人が男の人を養うのが当たり前だとも思わないけどさ。
結婚してる訳じゃないねんし、金払いが悪いたって自分の分は自分で出すなら問題ないんじゃないの?
『誰が食わせてやってるって思ってるねん!?』なんて台詞は結婚しとう相手からですら聞きたくないのに、結婚する前からなんて言われたくもないわって思うんだけど…」

「でしょー?」

「それが、どうかしたの?」

「あのねー、彼女の前の彼が彼女よりも収入多いのに、生活費の支払いをきっかり二等分して暮らしてたのよ。
で、彼女の周りが『そんな男、おかしいから別れ!?』ってご丁寧に新しい男紹介してまで炊き付けてん。
彼女もそれにうかうか乗るしー(-"-#)」


連休の時に彼女の友達の新しい彼氏に会ったらしいけれど、彼女はお気に召さなかったらしい。

人間的には友達の前彼は不器用だけど彼女を愛するいい人だったらしい。
精神的な部分において同僚さんは前の彼をいいヤツだと思ってたらしいけど、新しい彼はどこか都合のよさが見え隠れして気に食わないとか。


「今の彼氏といてて不満に思ってることや不安に思ってることを聞いてたら、どうすれば自分が気に入られるかなんて答はすぐに出るわけじゃない?
どう考えても、彼女が気に入るだろう答を持ってますみたいなそぶり見せてるだけのような感じするのよ。
すんごい胡散臭い感じ(-"-;)」


…や、だからって色恋沙汰や人の心の移り変わりについて、口出ししてもいいって訳じゃないでしょうが(-_-;


そんな風には思うけれど、彼女の謂わんとすることは判る気がする。

相手が持ってるものだって、体裁だって気になるっちゃあ気になるものなんだろうけど、服を着替えるように彼氏を変えるっていう発想は私にはないし…


「相手に対して不安に思ってること、不満に思ってること、それはちゃんと話し合えばいい」という同僚さんの言葉は確かに正しいのだけど、相手の状況を見もせずに自分のことばかりがなり立てるのも相手にとっては迷惑だろうからと、遠慮してるうちに生じる亀裂だって確かにある。

件の彼女が一緒に暮らしてた彼氏とどんなことがあって、どんな風に気持ちが揺れたかなんてそれこそ本人にしか判らない。


…「見た目不幸そうだからそんな恋愛やめとけ」って言われたって、自分がその想いを維持したければ死守するさぁね


物理的なものが想いを別つことがある。
逆に物質的にいくら足りてたって、満たされないと感じる関係だって確かにあるのだろう。

いずれの状況においても、自らの意思が貫けたからそれがすべて正しくて、自らの意志を貫けなかった想いのすべてををごみかすみたいなものと決め付けられるものではないと思うし、そんなこと誰にも言われる筋合いなんてないと思うけど…


自分の意志だけで生きるのは、簡単なようで難しいのかもしれない。

周りのことなど何にも考えないなら話はまた違うんだろうけど、不満や不安が入り乱れた状態の時に周りの騒音で自分の指針が定まらなくなったとしてもそれはそれで仕方がないのかなって気もするから、自分がやるやらないは別として同僚さんが言うほどばっさりこと決め付けもできないなって思う自分もいる。


…自らが歩く道程の中で、もしかしたらそんなシチュエーションに出会うことだってあるのかもしれないし、もしかしたら今の想いが何かに負ける日が来るのかも知れないし。


自分の身の上に起こったわけでない、同僚さんの友達の遭遇したシチュエーションに自分と竜樹さんを当てはめて考えることなど出来そうにもないけれど。
闇の時間が長く続けば、いつか私にもそんな迷いは生まれるのだろうか?
「楽になりたい」と願い、自らの想いを放棄することでそれを手に入れようとする日が来るのだろうか?


…そういや、金岡両親はともかく、友達は不思議と否定しないよなぁ


「竜樹なんてやめとけ」みたいに双方向からがなられても私が竜樹さんを大切に思ってるうちは別れたりはしないだろうけど、双方向からがなられることは「頑張りたい」と思ってる自分の地力を削ぐ要素のひとつにはなるだろうと思うと、私の意志をそっと支えてくれている周りの人達には感謝すべきなのかもしれない。


…いつもならもっとクリアに自分の想いを抱きつづけているのに、不意にそんなことを思うのはいじけが過ぎてるのかな?


不意に同僚さんとの話を思い出して思考の渦にはまってしまった自分を眺めながら、いろんなことがありはしても最終的には自分の想いを最後まで握り締めて歩き続けられますようにと、誰にともなくそう願った。

もしかしたら…?

2002年12月27日
今日は大掃除。
今日で今年の仕事は完全におしまい。
外は雪が散らつき、妙に冷え込みがきつい。
玄関まで出て出勤するのを躊躇いそうになるけれど、「今日で最後なんだから、頑張ろーぜー」と自分に言い聞かせて家を出た。


この会社の大掃除は毎年なんとも適当。
普段の掃除が行き届いているからか、それとも単にやる気がないだけか。
普通の掃除にちょっと手を加えた程度にしか作業をしない。
大抵私がいてるフロアの掃除が社内で一番最初に終わり、他のフロアの掃除が終わるのを何をするでもなくぼけっと待ってる状態。
去年はあまりに手持ち無沙汰で、自分のいるフロア中のゴミ箱を洗って時間を潰したような気がする。


…終わったとこからとっとと帰れたらいいのに


なんともやる気のないことを思いながら、掃除にかかる。


私は毎年窓拭き担当。
何故窓拭きなのかというと、たまたま入社した年の大掃除の時に窓を拭く羽目になったから。
このフロアにいる人みんな理由もなく、まるで暗黙の了解と謂わんがばかりに毎年同じ場所を淡々と掃除してる。

「あんまり念入りにやらんでもええで、どうせまた汚れるねんから」

「普段からこまめに掃除してるんだから…」という理由で大掃除もまたいつもよりは多少手を加えた程度の掃除しかしない人々。
それに甘えてると、本当にあっという間に窓という窓は拭き終わってしまう。


ものの見事にこのフロアの大掃除は11時半頃には終わってしまっていた。
別のフロアの人々がどんな掃除の仕方をしてるかなんて知らないのだけど、やってるのかやってないのかよく判らない様子でのたりくたりと掃除をしてる模様。
うちのフロアからも何人か応援部隊が出て行ったけれど、取り立てて忙しそうでもなく、さりとてなかなか戻っては来られない。
何か些細なことを見つけてはちまちまと片付けるけれど、とうとう本当に何もすることがなくなってしまった。

外部と繋がってるわけでもないパソコンの前に座って、ごそごそとファイルの整理だのしてもしなくてもどうでもよいようなことをして時間を過ごした。


…一体、いつになったら帰れるんだろう?


3日以上の休みになると家にいても手持ち無沙汰だからと休みを極力短く設定するような幹部さん達だから、こんな時ですら半日で帰そうとはしてくれないのか。
本当にすることがないならとっとと解散してくれれば竜樹さんのところに行けるのにと毒づきながら、取り留めなく無意味な作業を続ける。

そうしてるうちに年末最後の楽しみ、年末調整で返ってくるお小遣いを貰った。

今年は返ってくる額が少なくてなんだかがっかりだけど、返ってこないどころか支払わなければならない人のことを思えば、いくらかでも返ってくるだけマシなんだろう。
そう思いながら、密かにいつでも帰れるように支度したりして解散時間を待つ。


16時半、ようやっと解散。


ひとしきり社員さんに年末の挨拶をしてまわり、自転車に乗ろうとしたら同僚さんと鉢合わせ。
ここのところそんなに話すことができる状態ではなかったからと、寒風吹きすさぶ駐車スペースで雑談。
随分長いこと話してるうちに他の社員さんがわらわらとやってきたので、撤収。

彼女が話してくれたことは心の中で引っかかってはいたけれど、年末調整が入ったのが嬉しくて、竜樹邸に行くまでに少しだけ寄り道して少しだけ散財。
とって返して電車に乗って竜樹邸に移動した。


このところの冷え込みで、竜樹さんの体調はいまひとつ。
しんどそうな竜樹さんを見ていると胸が痛くなるけれど、なるべく明るく振舞ってみた。
台所で立って料理をしなくてもいいように、簡単な煮込み物を作って置いておく。
寒がる竜樹さんにくっついてるうちに、帰らないといけないような時間になる。
けれど眠りの浅い竜樹さんが珍しくくすーっと寝てるので、起こすのがかわいそうになってつい長居してしまう。


結局、バスがなくなってしまう時間まで竜樹邸にいついてしまった。


タクシーの手配をして帰る用意をしていると、「次に会うのは来年やなぁ」と竜樹さん。
明日はまだ28日で土曜日だし、なんでそんなことを言うのだろうと思っていたけれど、よくよく話を聞いていると竜樹さんの弟さんの家族も今年は帰ってくるそう。
海衣も明日か明後日には帰ってくると言ってたし、互いが身を置く家庭が忙しくなるから年内中に会うのはよしたのがいいだろうと。


…「忙しいのは判るけど、あともう1日くらい会う時間作れませんか?」とは言い出せなかった。


竜樹さんは竜樹さんでしないとならないことがあるのだろうし、私も本当はしないとならないことがあるのだろう。
ただ例年そんなことを言われたことがなかったから、ひどくがっかりした。


「年始もよっぽど天候に恵まれなかったら、初詣はなしやで」


がっかりしてるところに更に釘を刺されて、またべこり。


…や、今年は喪中だから初詣には行けないんだけどさ


竜樹さんが元気なら、「忙しいなら忙しいなりに会う時間を見繕ってみませんか、お互いに」とでも言えるのだろうけど、身体の具合も悪いわ忙しいわではそんな余裕を見繕えと言う方が無茶なんだろう。
そうと判っててもやっぱりがっかりはするもんだから、しっかり顔に出てそうな気がして竜樹さんの方を向き直れなかったのだけど…


「何か言おうかな?」と思った時にタクシーが来てしまったので、そのまま何も言わずに竜樹邸を出た。


無理をしてまで会う時間を作って欲しいとは思わないけれど。
「会いたい」と思う気持ちが強くなくなってるのかな?


しんどいのが勝つとそれどころじゃないのは十分承知してるけど、もしかしたら…?って思いが心の中を一瞬駆け抜ける。
それが正しいのか思いすぎなのかは、今の私には判らないけれど…



最後の最後まで…

2002年12月26日
昨夜の雪は道路には積らなかったものの、屋根の上に粉砂糖のようにうっすら残っていた。
頬に当たる風は冷たくて外に出ることすら躊躇われるけれど、今日は通常業務の千秋楽。あの社屋に向かうのも、今年はあと2回。
実質上の仕事納めだから、休むわけにはいかない。
仕事を積み残したら最後、積み残した仕事はすべて越年。
そんなことをしたら、新年早々大変なことになるのは目に見えてるから、仕方なくなく家を出る。


友達との毎朝のメールも今日と明日で暫くお休み。
自分が感じてることや遭遇した出来事を交えながら、いい冬休みを過ごせるといいなという想いを文字に託して寒空に放って電車を降りる。
自転車をかっ飛ばして凍えそうになりながら社屋に入って机の上を見て、脳みそが凍りそうになる。


…机の上には、渦高く詰まれた仕事の山(>_<)


しかも、もっと早く言えば軽症で済んだような書類の処理を今頃になって持ってくる。
既に軽症から重症クラスに移行しきってる書類をげんなりした面持ちで眺めはするものの、眺めていたって何も片付かないからと気を吐いて処理にあたる。


…来年こそは、重症クラスの仕事が減りますように(-人-)


願ったって仕方のないことを願いながら、黙々きりきりいらいらと仕事を片付ける。
ひとつ片付ければまた重傷の仕事がやってきて、こちらの脳の荒み具合も俄かに重症モードに移行してきてる。
いらっときては爆弾コーヒーを口に運び、神経から重症モードを排除にかかる。


それでも重症モードが進行しそうになると、課員さんたちから隠れるようにして、鞄の中に隠し持ってる竜樹さんの写真を見て気を入れなおす。
重症な仕事を幾つか片していると、ボスがはじけながら嘆いておられる。


…今日は親会社の忘年会らしい。


ここの課員はボスを筆頭にお酒に強くないので、酒豪ぞろいの親会社の忘年会に招待されるのは恐怖らしい。
幸い、今年は別の支店とバッティングはしなかったので、スケジュール調整の面では苦労はなかったらしいけれど、どうやら身体の調子が今ひとつで気乗りされないらしい。


「いいでんなぁ、美味しいものを食べて美味しい酒を飲んで楽しい時間を過ごせて。
いいでんなぁ〜o(^-^o)o(^-^)o(o^-^)o」
「…社長!そんなに仰るなら、代わりに行ってくださいよ〜・゜・(ノД`;)・゜・ 」
「いやぁ、ボスさんがいかにゃあどうするよ♪o(^-^o)o(^-^)o(o^-^)o」


…重症な仕事が飛び交っているのに、この緊迫感のなさはなんなんだ?


けれどぶつっと黙って無視してると、いつまでたっても同じネタを繰り広げるので、適度にお話をあわせ、適度に崖底に突き落としながらボスと会話をする。
会話してる間も、重症の仕事はさらに増えていく。

最後の最後まで、重症の仕事満載で今年最後の仕事を終えた。


親会社の忘年会に一足先に出て行くボスを見送り、私も事務所を後にする。


外に出るとあまりの寒さに身が縮こまる思いがする。
ふと竜樹さんがどうしてるか気になって、メールをひとつ飛ばして自転車を走らせる。


「寒いけれど、大丈夫ですか?
ごはん作りに行こうか?」

駅に着く頃、鞄が揺れたので携帯を取り出すと…


「寒いなぁ!
今日は自分でつくれるからいいよ。」


…ごはんが作れるほど元気ならよいのだけど


会えないのはちょっと寂しかったけれど、ごはんが作れるくらいに具合がよいのは嬉しいからすぐにお返事を返した。


「明日大掃除の後にでも、手が要るならまいりますね(*^_^*)
ひとまずご飯作れるなら安心です。
よかった。」


珍しくまたすぐにお返事が返ってきた。


「うまい段取りが考えつかないけど、明日か土曜日のほうがせわしなくなくていいかも。あとは、そらちゃんが判断して。」


…や、ですから明日お伺いしますって


今日は大丈夫だからというのを強調したかったのか、ちょっとずれた会話になってしまったけれど、明日掃除が終われば竜樹さんが待っていると思うと苦手な掃除も頑張れるというもの。
ちょっとしたことに気をよくして、移動の旅を続けた。


電車の移動が終わり、バスに乗っているとある場所からずっと前に進まない。
車窓から見る限りでは、「どうしてこんなところにこんな方々が?」と思うほどに汚い格好をしたおっさんどもが6ダースほど、道に広がるわ自家用車をバス道に広げるわして道を塞いでる。
その遥かかなたに、これまた「なんでこんなところにいるの?」というような観光バスがバス道を外れたところでちょろちょろしてる。

迷子になってる様子の観光バスと得体の知れない小汚いおっさん6ダース。
人外魔境から戻ってきてまた人外魔境に遭遇?なんて面白くも何ともないことを思ってると、メールがひとつ携帯に飛び込む。


…姉さまが仕事で行くべき場所付近の道路が完全封鎖になったらしい(゜o゜)


姉さまがヘンなことに巻き込まれてないかと心配して返事をしたら、そのおかげで仕事投げ出しておうちに帰ってもいいといわれて喜んでるというお返事が届いてほっとひと息。
姉さまと何通かメールのやり取りをしてるうちにようやっと観光バスも小汚いおっさん6ダースほどもいなくなって、バスは何事もなかったように動き出した。


…最後の最後まで疲れる1日だなぁ


「これで竜樹さんに会えてたなら…」などと往生際の悪いことを何度も考えたけれど、いいことばかりではないのだから。
ひとまず重症な仕事は今日でおしまい。
明日はいろんなものを片付けて、年末に備えよう。



小さなWhite Christmas

2002年12月25日
身体から疲労が抜けることはなく、どんどん蓄積されてすらいるような気はするけれど、心は極めて穏やかな朝。
空は鈍色で少し冷えるから、竜樹さんが体調を崩してなければいいけれどと思いながら家を出る。


心を暖かにする出来事があっても、その貯金で1日
機嫌よく動けることは極めて少ない。
ましてやこれから向かう先が会社ならなおのことだ。

もしも竜樹さんと一緒に暮らすようになったら、それも終わりになるんだろうか?
それとも誰といても何をしても今の環境ががらっと変わってしまわない限りは、常に朝が来る度気持ちが曇るのは避けられないのか。

考えても仕方ないようなことを思いながら、けれど昨日の貯金が少しでも長く私自身の気持ちを上向きにしてくれるようにと昨日のひと時を反芻しながら社屋に向かう。


同僚さんがいるのもあと数日。
これから先は後任に来られる別部署にいらしゃった係長さまと組むことになるのだけど、どうも私はこの方とは相性が悪いらしい。

入社したての頃、(恐らく悪意なんてものはかけらもなかったんだろうけど)彼女が何気なしにしたことがどうにもこうにも頭に来てならなくて、それからはなるべく必要以上に接触したり話したりはしないでおこうと思っていたけれど、これからは否が応でも(-_-;)をつき合わせる羽目になるのかと思うと、妙に肩に力がはいってくる感じがする。


…尤も、相性が悪いと感じてるのは係長さまも同じなんだろうけどね


仕事なんだから組みたい人とだけ仕事ができる訳でないことも、どんな嫌なことをされたからといってそれを仕事に持ち込んではならないことも判ってはいる。
今までとは全然違う仕事をすることになってアワ食ってる部分があるのも判ってる。


…けれどさ。自分とこに来たお客さんの応対くらい自分でしよーよーヽ(`⌒´)ノ


不慣れな人に朝の雑用を押し付ける形になってる部分もあるから大見得切ってそれを指摘はできる立場にないのだけど、心の中でいらいらは募ってくる。
それを表面化させて、事務所の空気を寒くしてる場合じゃないのだからと言い聞かせながら、お客の応対をして係長さまに移管する。


「自分まで大人気なくやってちゃダメだ」と言い聞かせてるのは、それが紛れもない事実だからでもあるけれど、思ったことを素直に彼女に言えないのは彼女が係長の肩書きを持ったままこちらに移ってこられたというのも大きい。

前の職場のように肩書きに拘らず自分の意見をはっきり言って、それが正しければ受け入れられるという環境なら、「せめて自分を訪ねてやってきたお客さんくらい応対してください」と言えるのだとは思う。
慣れない仕事にアワ食ってて他のことに気が回らないのは仕方がないから、都度伝える必要もあるのだとは思う。


…けれど、ここにいらっしゃる方みんな考え方古いんだわ(-_-;)


これが直属の上司なら、ニュアンスを汲み取れさえすればある程度の意見は許容されることはあるけれど、彼女は同じフロアにいてもまったく別部署の人間。
全く別部署の私が係長の肩書きを持った彼女に意見するのは彼女自身がいい顔をしないのは勿論、その周りを取り囲んでる人間がもっといい顔しない。


「せめてこうしてください」のお願いをしたために、直属の上司から説教食らうなんてばかばかしい話はない。


…どかんとやる時は、辞める時。


声に出さない程度、喉の奥でそう呟きながらじっと仕事を続ける。
いつかこの状態に慣れるのか、それとも我慢ならずにどかんとやるのか、私自身にすら判らない。


私自身がストレスで焼ききれるのも嫌だけど、ストレスで尖り切った心が私の大切な人の心に傷をつけないように気をつけなきゃならない。
なるべく係長さまの方を見ないようにして、黙々と仕事をこなしながら、早く会社を出れる時間が来るのをじっと待ちつづけた。

結局、係長さまのこと以外に物理的な仕事の方もばたついてきて、結局昨日の貯金はおろか、体力気力共に消耗し切った状態で社屋を出る羽目になった。


よろよろと家に帰り、食事の後、昨日買ってきたクリスマスケーキを金岡両親とプードルさんと食べることに。

灯りを消して蝋燭の光だけになった部屋の窓の外は白いものがちらついてるように見える。
蝋燭を吹き消してケーキを切り分け、そっと窓の外を覗くと雪がちらついていた。


…ホワイトクリスマスだぁ


漆黒の闇夜から落ちてくる白いかけらは、音もなく心の中にまで落ちてくるような感じがする。
いつか何かの授業で、「雪の中を歩いて逃げる人達は、その道行きの間に浄化されるのだ」という話を聞いたことがある。
雪がいろんなものを浄化していく意味で使われることが多いということのたとえ話だったような気がするけれど…


…この雪が鬱屈した気持ちを少しでいいから浄化してくれたらいいのに


そう思った後、「積ればバスが運休するから会社が休める」なんて思ったりしたあたりに、つくづく情緒的な部分までずたぼろになってるなぁって思ったけれど。


竜樹さんが眠ってる街にも、この雪は降っているのだろうか。
冷え込むと竜樹さんの身体には全然よくないのだけど、一瞬でいいから竜樹さんの中にある鬱屈をこの雪が浄化してくれたらいいのにと思う。


小さなホワイトクリスマスが、僅かでもいいから曇る心を浄化してくれるなら。
冷え込んでも離れてても、納得できるクリスマスになるのになって思った。



初めてのイブ

2002年12月24日
部屋がやたら冷える感じがして、目が覚めた。
寒いけれど、窓の外はよく晴れた空が広がる。


今日はクリスマスイブ。
8年目にして初めてイブを竜樹さんと過ごすことになった。
今まで竜樹さんの仕事の関係で12月のこの時期から3月までは会う時間を見繕うことがかなり難しかったので、イブを過ごすこと以前に竜樹さんと会える時間が取れれば御の字の状態だったから意識したことはなかったのだけど…
竜樹さんが闘病生活に入って初めて一緒にイブを過ごすことになるなんていうのも、随分皮肉な話かもしれない。


今2人が置かれてる状態は決して手放しで喜べる状態出など有りはしないけれど、それでも一緒に過ごせることはやっぱり嬉しいから。
考えようによっては、こんなことでもなければイブを共に過ごすなんてことは叶うはずもなかったのだから、これはこれでいいのだろう。


ひとまず、今日の仕事が過剰に荒れないことを願いながら家を出た。


思考を巡らせながら用意をしたのが災いしたのか、竜樹さんに渡すつもりで買っていたプレゼントを自宅に置き忘れてしまった。
何も持っていかなくてもきっと竜樹さんは不満がりはしないだろうけど、何もないのもなんだかなぁって思うから、竜樹邸に向かう前に小さなプレゼントを用意しようと決意。
何が何でも仕事が後ろに引っ張らないように精一杯頑張ろうと(珍しく)意気込んで社屋に入る。


立ち上がりがかなりゆったりしたペースだったので、「もしかしたら楽勝で定時ダッシュできるかも…」と思っていたけれど、俄かにアクシデントが満載状態になってくる。
今日は何が何でも仕事を後ろに引きずるわけには行かないからと、常にきりきりばたばた(最後の方にはいらいら)と仕事を片付けていく。
会社にいてる間、クリスマスイブの時間を控えてる人とは思えないほど殺気立った状態で仕事を片付ける。
それでも、15時ごろから完全にトラップに引っかかってしまい、定時脱出は叶わず。
少しばかりの残業をした後、いらいらしたまま事務所を飛び出す。


いらいらと鬱々とが交じり合ったような状態でロッカールームで着替えていると、竜樹さんから電話が入る。


「ケーキは買っておいたから。気をつけておいで」


竜樹さんの声に鬱々といらいらを解いてもらって、社屋を飛び出した。
いつもよりも数倍の勢いで自転車をかっ飛ばし、ホームに滑り込んできた電車に乗る。

竜樹邸に向かうまでにすることは、金岡家用のケーキと竜樹さんに贈るちっさなプレゼントを調達するのみ。
目的地の駅に着き、人ごみ掻き分けて改札を飛び出し、目的の店に向かう。


最初に目指すはトイショップ。
リハビリを兼ねたあるアイテムを竜樹さんは愛用しているのだけど、なかなか売ってる店を見つけられなくて「壊したらどうしよう」となかなか思い切って遊ぶことすらできなくなっていたから、予備品を購入しようと目的のコーナーに向かう。
多分竜樹さんが喜ぶだろうと思えるものは見つかったし、とっとと精算して先を急がねばと思ってレジに向かうと…


長蛇の列に顎を外しそうになった(爆)


思えば今日はクリスマスイブ。
プレゼントを前もって準備せず、当日用意する人がこれほど多いとは思わなかったけれど、それはそれで当たり前の姿かもしれない。
メールをくれる友達にお返事を返しながら、精算の番が来るのをじっと待っている。
やっとこ順番が来て精算を済ませて、今度は金岡家に持って帰るためのケーキを購入。

こちらも長蛇の列だった。


プレゼントですら駆け込み購入するのだもの、日持ちしないケーキを今日購入するために人が殺到するのはある意味当たり前のこと。
すべて段取りをちゃんとしておかなかった自分が悪いとはいえ、あまりのタイミングの悪さに泣きそうになった。
それでも、トイショップの待ち時間ほどには待たされずにケーキを調達して、いよいよ竜樹邸を目指したけれど、またしてもタイミング悪くてバスが行ったところ。


…今度は15分のロス?(>へ<)


時間がふんだんにあるなら15分のロスなど大した問題でもないのだろうけど、いっしょに過ごせる時間は限られてるのだからこんなところでぐずぐずしてる場合じゃないのに…
ちょうどタクシーも出払ってる時間なのか、タクシー乗り場も長蛇の列。
イライラを通り越して、本当に泣きそうになってしまった。

ようやっと来たバスに飛び乗り、竜樹低を目指す。


「お疲れー、よう来てくれたなぁ」


よれよれの状態で竜樹邸に入ると、竜樹さんは笑顔で迎えてくれる。
体調はそれほどよくなさそうなのに、柔らかい笑顔で迎えてくれる竜樹さんの空気に触れて、やっと緊張が解けた感じがして、キッチンの床にへたり込む。


「本当は迎えに行ってやりたかってんけど、チキンが来るのを待ってたから…」


机の上にはデリバリーのチキンパックの箱がある。
多分ケーキが調達できてるよという電話の時にまだ会社にいたから、ここへ来てからチキンを焼くのは無理と判断されたんだろう。
昨日用意したスープとサラダを盛り、チキンパックを開けて遅い夕飯を食べる。
すべて自分で作りたかったという思いはあるけれど、2人で食べる夕食はどんなものでも美味しいのだと思えるから、これはこれでよかったのだろう。


…しかし、つけっぱなしにしてるテレビから流れてるのが何かの物まね大会だったのには腰砕けだったけれど


物まね大会に暫し笑いながら、竜樹さんが調達してくれたかわいらしいケーキを食べ、小さなプレゼントを渡す。


「…え?これ、売ってるとこあるの?」
「ええ、まだあるんですよ。私も最近になって気づいたんですよ」
「遊んでみてもええか?」
「どうぞどうぞ、そのために持ってきたんだから(*^_^*)」


箱から取り出したおもちゃで遊び始める竜樹さん。
最近では殆ど見られなくなった子供みたいな表情を眺めてると、段取り悪くてずっこけまくったような経過も笑って流してしまえそうな感じがする。


「これを引っ張る時に背筋を使うから、リハビリにもなるねん(*^_^*)」


すっかりご機嫌さんな竜樹さんを傍で見つめてて、やっと幸福感が身体中を包み込むような感じがする。
ふと目が合うと、自然と零れる笑顔にほっとしながら、残り少ないイブの時間を過ごした。


自力で帰るならそれほど長くは一緒にいられないからと、寂しく思いながらも少しずつ帰る用意を始めていると、

「今日は送っていけそうやから、もう少しゆっくりしとき」と竜樹さん。


その言葉に甘えて、竜樹さんと暫くくっついて過ごし、竜樹さんに家まで送ってもらい、これまた珍しくキスして別れた。


世間にいる人々のイブの過ごし方とは程遠い、週末の延長のような時間かもしれない。
それでも、今まで一緒に過ごすことの叶わなかったクリスマスイブを二人で過ごせたことがただ嬉しい。
誰と比べることも何と比べることも必要のない、暖かくて柔らかな時間が過ごせたことが私には宝物だから。


8年目にしてやってきた初めてのイブはとても暖かなもの。
これから何度一緒にイブを過ごすことができても、きっと今日のことは忘れない。


「大切な時間を割いてくれてありがとう。

沢山待たせた挙げ句に送らせてしまってごめんなさい。

穏やかな時間を一緒に過ごせて嬉しかったです。

ありがとう」


心の底から生まれる言葉をそっと文字に置き換えて、夜空に飛ばした。



今年最後の連休最終日。

冷え込みはするけれど、天気はまずまず。
いつもよりもこころもち早めに家を出る。

何かの折につけ贈物を届けてくれる友達がいて、何か返そうと思いながらぴんと来るものに出会えずにぐずぐずとしていたのだけれど、クリスマスも近いし何か掘り出し物がありそうな気がして竜樹邸に行く前に少し寄り道を企てることにした。


連休最終日だからという以前に、明日・明後日がクリスマスだからか、ショッピングモールはどこも込み合っている。
お目当ての店も人でごった返してる。
人ごみをかき分けて「これがいいかな」と思うものを見つけ、他にいいのがないかとその一角を1周して戻ってきたら、さっき見つけたアイテムは姿を消していた。


……………(ノ゜ο゜)ノ オオオオォォォォォォ-


アイテムそのものは他にもごまんとあるのだけれど、色も形もそれ以上にいいと思えるものがない。
忙しくてばたばたしている店員さんには申し訳ないとは思ったけれど、在庫があるならそれでいいのだからと店員さんを捕まえて在庫の確認をしてもらった。
幸い全数在庫があったので、それをプレゼント用に包装してもらって送ってもらうことにした。

送り状に友達の住所を書いてると、「メッセージカード書かれますか?」と店員さん。
咄嗟に「はい」と言ったものの、メッセージなんて準備できてない。

ふと横を見ると、レジはめちゃ混み。
頭の中は真っ白、メッセージは出てこない。

あぁでもないこうでもないと焦る姿は、したたか酔ってるところにいきなりスピーチのマイクを回された間抜けなおっさんとよく似てる気が…
焦れば焦るほど言葉が出てこなくなる。


「一足先に食卓に春が来ますように」


なんだかすっとぼけたことをちっさなカードに書いて、店員さんに返す。
「もっといい言葉はないのかよ?」と自分に問い返したけれど、それ以上混んでるレジをつかえさせるのもどうかと思ったから諦めた。
頭の回転が鈍い上に、肝心な時にばかり上がり性が出るなぁと思いながら、駅まで移動して電車に乗る。


電車の中にいる人も、気のせいかどことなくクリスマスに向けて華やいでる感じがする。

本当は明日も休みにして竜樹邸で過ごそうかと思っていたのだけど、連休明けは仕事の量が尋常じゃないので休むとどえらいことになる。
それが怖かったので、放課後竜樹邸に寄ってひととき一緒に過ごすということにして、今日は明日の夕飯の下拵えをメインに進める予定。

竜樹邸に向かうバスの乗り場の駅まで行き、いつものスーパーで食材を買い込んでよろよろとバスに乗る。

寒くても日差しが暖かいと不思議と気持ちが和らぐのは気のせいなのだろうか。
別に今日は出かけられなくてもいいけれど、せめて竜樹さんが元気でいてくれればと思いながら、車窓を流れる景色をぼんやりと眺めていた。


竜樹邸の鍵を開けて中に入ると、竜樹さんはどこか調子悪そうにしておられた。
こちらに向ける表情は決して尖ったものではないけれど、明らかに体の具合の悪いのが判る感じ。
竜樹さんとくっついて横になりながら少し話をして、また竜樹さんは眠りにつく。

竜樹さんの傍にいたいけれど、眠りが浅いのか落ち着きなくしておられる様子。


…あ、一人になりたいのかな?


一人が好きというよりも一人でいないと落ち着かないことも彼にはあるようなので、鞄を持ってそっと2階に上がる。

竜樹さんが眠っている間、友達から借りて見れずじまいで放っていたビデオを見る。
1時間半ばかりぼんやりとテレビの画面を眺めていたけれど、階下で眠る竜樹さんのことが気がかり。


…あともう少し見たら、竜樹さんの様子を見に行ってみようか?


「…霄、ヒーターくらいつけや?風邪ひくで?」


まだちょっと眠そうな竜樹さんが2階まで探しに来てくれた。


「ちゃんと眠れました?」
「うん、霄が一人にしてくれてたからちゃんと眠れたわ」


そのままビデオを見つづけてると終わるまで寒い部屋に竜樹さんも残っていそうなので、ビデオを止めて一緒に階下に降りる。

どことなく甘えたそうにしてる竜樹さんをお布団の上で抱き締めて、そのまま抱き枕兼湯たんぽ代わりの状態に入る。
ただくっついてると安心するのか、ちょっと落ち着いてこられたので夕飯の下拵えに入ることにする。


明日はチキンを焼くだけにしたいので、今日はチキンにかけるソースとスープ、サラダを作る。
その結果、今日のメインが竜樹邸の冷蔵庫の掃除料理になりそうなのは難だけれど(-_-;)


スープは鍋でベーコンを炒め、ミックスベジタブルを投入の後、お湯を入れて煮立ってきたらコンソメキューブとカットトマトの缶詰を投入しておしまい。

サラダは、色とりどりのマカロニを茹で、お湯をきった後器に入れ、角切りにしたブロッコリー、トマト、ゆで卵を混ぜ、マヨネーズで味付けして完成。


大量にできたスープとサラダ、そして竜樹邸の冷蔵庫に細々残っている惣菜をあわせると結構な量になる。
竜樹さんがご飯を食べれそうな状態になるまで、再び抱き枕兼湯たんぽ代わりになり、竜樹さんが食事を摂れる体勢になってようやく夕食。


「これ、美味しいわ♪(*^_^*)」


簡単そうに見える、クリスマス仕様のサラダが竜樹さんのお気に召したらしい。
あと、カットトマトがスープに入っていたのもご機嫌だった気がする。


「これは沢山あるから、明日チキンと一緒にもう一回食べることになりますよ」
「そうか、それはよかった」


竜樹さんの表情からしんどそうな色よりも柔らかな感じが強く出てるのにほっとしながら、明日は竜樹さんの体調がいいといいなと思う。
ご飯を食べて後片付けして、またじゃれっこしそうになるけれど、明日は会社なのでいつもよりは早めに撤収することに。


…本当はもう少し一緒にいたいんだけどね


明日のことを考えずに、仕事のことを考えずに、ただいたいだけいられたらどれほどいいかと思うけれど、自分たちの立地基盤を確立するのは普段の生活なのだからと自分に言い聞かせて、買える用意をして竜樹邸をあとにする。


「では、また明日」
「おー、楽しみにしてるなぁ」


2人でいる時間を日常のサイクルが別ってしまうのはやるせなくてならないけれど、明日は8年目にして初めて迎える2人だけのクリスマスイブ。
竜樹さんからのクリスマスプレゼントは既に貰ってしまってるし、特別に何かを起こすには放課後の数時間じゃ足りないような気もするけれど…

クリスマスイブだから特別な何がある訳でなく、一緒にいられることがただ嬉しいのは昨日も今日も変わりないことと同じように、きっと明日も変わらない。


竜樹さんがしんどそうにしてる様子を見て、竜樹さんが辛そうにしてることがやるせなくて、本当にただ会いに来るだけでよかったのだろうかと考えてしまう部分は今でもあるのだけれど。

ただ一緒にいられることが嬉しいと思うこと。

会う度に都度確認して、そんな小さな暖かさを糧にしてまた歩いていくための、そんな力のかけらを生み出す時間。


それが竜樹さんと会う時間なんだと思ってる。


心を開ける場所

2002年12月22日
今日は金岡本家で法事。
祖母が亡くなった後、こうしてちょこちょこと法事は続く。
今回もまた親レベルまでの親戚が参加すればいいということで、寂しがりのプードルさんのために私は金岡家で留守番。

こうして何かがある度に自宅に軟禁されるような状態は正直言うと勘弁して欲しいのだけれど、ここの家にいてる間は仕方がないのだろうか。


ゆっくりと時間が進む中、ガスストーブの前でぼんやりと窓の外に映る空を見上げてる。
「かまえー、かまえー、構えったら、かーまーえーーー」とばかりにじゃれついてきてたプードルさんは構えコールに疲れたのか、時折場所を変えては昼寝三昧。
目に見えて散らかってるところは片付けたりしたけれど、リビングにいてるとネットもできないので、することもなく引き続きぼんやり三昧。


ふと、床に転がってた携帯を拾い上げて触る。


金曜の夜に友達とメールを何通かやりとりしていて、話の流れからふと最近の竜樹さんの私への態度を見て感じたことを教えてくれたのだけど。


「竜樹さんにとって、霄さんは家族なんですね」


…家族ってほどいいもんなんだろうか?(--;)


そもそも自分の中にある家族って何なんだろうと思うと、考え込んでしまった。


家族という言葉を聞いて受ける印象や自分が身を置く家族の実像っていうのは人それぞれ違うから一概にこれと決定付けられるものでもないのだろうけれど。

家族という名の許にある関係が「ある程度心許せる場所」なのだと言えば聞こえはいいけれど、ともすると甘えや我儘も出やすくなる場所でもあるのかもしれない。
血が繋がってるからこそ許せないことも確かに存在するけれど、血が繋がっているが故に許容される物事も確かにある。

自分自身が弱ってきた時に家庭の温かさみたいなものに触れて一瞬でもほっとすることだってあるから、いろいろありはしても私にとっての家族というのは、心に小さな暖かさや気安さのあるものなのかもしれない。


…にしちゃあ、ここの家族は互いが互いを便利屋扱いしてる部分ないか?


私と金岡両親との関係の表層を切り取ってみるとそんな風に感じないわけではないけれど、何かあった時の互いの言動の中には便利屋扱いとは違うものが確かに存在してる。

いろいろありはしても、心のどこかではここが家族の戻る場所であること。
そして互いが互いのことを気にかけて生きているということ。
それは、互いの放つ空気に触れればちゃんと感じられてはいるんだ。

互いの狭量に甘えて依存しすぎてしまうならよろしくないけれど、気を許せるからこそ頼ることのできる部分は確かにあるんだ。


どこまで言っても感情の置き方のさじ加減というのは難しいのだろう。
それが家族という枠組みの中にある人間同士のことであっても、それとは違う人間関係であっても…


友達の言う、「竜樹さんにとって霄さんは家族なんでしょうね」という言葉は、甘えと信頼の境界線が究めて曖昧な状態の私たちの姿をそのまま表してるのかな?って気がした。


竜樹さんの具合が悪くなった時、かつての自分の残像が心を掠めることで苛立ちが生まれ、やがてそれが不安に変わっていく光景には何度となく出会ったけれど。

竜樹さんが不安に心も身体も包み込まれたみたいになった時、間違いなく私は必要とされてるみたいだけど、私が感じてることが本当に正しいのかどうかは判らない。


判らないけど…


やるせなさと甘え、その他諸々の要素が混ざりあった結果、心を貫くような鋭い言葉が生まれることがある。
それは間違いなく心に切り傷を残すのだけど、不安が和らいだ時に間違いなくその事実に心を痛める竜樹さんはそこにいる。

私の心は間違いなくそれによって痛むことはあるし、できるならそんな場面に出くわしたくはないけれど。
いろんな想いを吹き飛ばすほどの体の痛みがどんなものなのか、それは竜樹さんにしかきっと判らない。

竜樹さんの中にあるいろんな想いを吹き飛ばすほどの激烈なる痛みを、そこから生まれる鋭さに触れたくないから全部飲んでくださいなんて言えるはずもなければ言いたくもない。


今までどれほどしんどくても、最後まで弱音を吐かなかった、吐けなかった竜樹さん。
彼がここに来てやっと自分の痛みややるせなさや不安を見せることのできる相手が見つかったのだというのなら。


それが私なのだというのなら。


それは間違いなく嬉しいこと。


数年前の私なら、恋人から家族に移行することにどこか違和感を感じて複雑な気分になったろうけれど。
関係性がどうあれ、位置付けがどうあれ。
竜樹さんが安心して心開ける場所が私とともにある場所なのだと思ってもらえるなら、それが一番嬉しいと今は思う。


今はまだ私の中で家族という言葉に対して複雑な想いが混在してる状態だけど、いつか竜樹さんと築く関係の中で家族というものが純粋に暖かく愛しいものだと実感できたらなぁと思う。


朝、ひどく頭が痛む感覚で目が覚めた。
暫くじっとしてゆっくりと起き上がり、雨戸を開けてびっくり。
外は大雨だった。


どういう訳か、雨降り前は頭が痛くなる。
雨が降らなくても頭痛が勃発しやすい体質のようなのに、それに加えて雨が降ると余計にひどくなるから困りもの。


…今日は竜樹さんちに行く日なのに


少々の頭痛ならおして出かけるのだけど、今日の頭痛は吐き気付。
竜樹さんに電話を入れ、少しばかり様子を見させて欲しいとお願いしてまた横になる。

いつもなら2時間ばかり様子を見れば出かけられるのに、今日はどういう訳か頭痛も吐き気もひどくなる一方。
長時間横になり続けて治る当てがあるなら「待っていて」とお願いはできるけど、治る当てもないままお願いはできないから、結局今日は行けそうにないことだけ電話した。


…今週は会えなくなっちゃったなぁ


電話を切って横になって、ため息ひとつ。
明日は本家の法事の絡みで金岡家に軟禁状態。
平日にイレギュラーのような形で会えたのだし、今年はイブの日にも会えるのだからそう嘆くことはないのだけれど…


竜樹邸にいる時間が短かったとしても、行くのと行かないのとでは大違い。
どれほど長いこと一緒にいても、いいことも悪いことも相応にあっても。
竜樹さんの顔を見たら違うことがある。
彼と一緒にいることで一瞬でも暖かな何かが心の中に流れ込んできたら、それが明日を歩く力になるのだから。


激しく降り注ぐ雨と鈍い痛みと吐き気を伴う身体を恨めしく思いながら、ふと思う。


贅沢言えばキリがなくて、アルティメットな幸せを突き詰めようとしたら、きっとそれは果てがなくて。
いつまでもいつまでも、その何かを追いかけ続けていくのだろうけれど。


本当に最低限あればいいのは、ささやかでも暖かななにか。
体調崩して会えなくなってやっとこ思い出すようじゃ、まだまだだよなと思いながら。
歩いていく家庭の中で、一瞬でも暖かなものを手にする機会があるのなら、それを見逃さずにきちっと捉えられる心と身体を維持しつづけたい。


きっとそれが今の私が生きてる証しのような気がする。
体調悪いと考えることが大袈裟だよなって、きっと元気になった時には少し笑ってしまうのかもしれないけれど。


それでも今の私はそう思ってる。


寄り道の末に…

2002年12月20日
夕飯を取らずに眠ったので、空腹感で目が覚めるという色気のない1日の始まり。
窓の外は厚い雲に覆われた空が広がる。
昨日竜樹さんから頂いたものに、定期からスペアキーから何から詰め込んでかばんの中に入れる。


…よぉし、これで竜樹さんの言いつけは守れた


喜んで家を出て電車に乗ってふと気づく。

はしゃぎすぎて、通帳ケース一式忘れてきたらしい。
よりにもよって竜樹さんから貰ったものに銀行のキャッシュカードは入れてない。
今日は電話代の引き落としで、微妙に金額が足りなさそうなので入金しておこうと思っていたのに…
どうしようどうしようと思う気持ちを沈めてどうしたらいいかを考える。


…結局、自分の口座にATMから振り込んで事なきを得た。


しかし、どこまで行っても私の忘れ物癖は治らないのだろうかと我ながら悲しくなってくる。
朝から無駄に疲れた状態で社屋に入る。


無駄に疲れてるとはいえ、机の前に座ると俄かに戦闘モードにシフトしていく自分がなんだかヘン。
毎度の如く片付けても片付けても次から次へとやってくる仕事と格闘していた。
ひと暖楽した頃、部内で召集がかかったので会議室に行くと、それまで対応が決まってなかった賞与の話になった。
この時期になっても内示も何もなかったから出ないのだろうと思っていたら、少しだけもらえた。

殆ど寸志のようなものだったから、あまり手放しでは喜べなかったけれど。

ありがたく頂戴して社長にお礼を言いに行き、また仕事を進める。
寸志でも出たからか、心持ちいつもよりきりきりきりきりしないで済んだからなのか。
それとも単に今日の仕事が物理的に少なかったからだろうか。
体力に少しばかりの余力を残す形で、事務所を後にした。


寸志が入ったからか、少し寄り道したくなって自宅とは反対方向に向かう電車に飛び乗る。
たらたらと電車で移動してると、携帯にメールが飛び込む。


「パスケース、持ってるかぁー?
そらちゃんの介護のおかげで、かなり楽になったよぉー!アリガトウ(’v’)/ (^^)/。
そらちゃんをかわいがると、いいことあるのかなぁ!?」


竜樹さんが元気でいてると判って嬉しくなって、すぐさま返事を打つ。


「こんばんは♪
お加減、だいぶよくなったと聞いて嬉しいです(*^_^*)

パスケース、重宝しています。
前のよりはるかに使いやすいので、嬉しいです。
大事に大事に使いますね。

明日も張り切ってごはんを作ります。
かわいがってもらえるよう、頑張ります」


「ヨロシィーイ[^。^]V 」


簡素なタイトルが竜樹さんらしくて、電車の中なのに笑みが出そうになる。


…どこのパスケースだからというよりも、竜樹さんと同じ物を持ってるということに値打ちがあるって思うんだけどね。


竜樹さんのメールの本文を呼んで、思ったことをそのまま打ち返した。

目的地に着いて電車を降りて、目指すは大きなトイショップ。
それほど多くはない賞与を今日一日で使い切る気にはならなかったけれど、どうにかこうにかこの時期まで頑張った自分に少しだけご褒美が欲しくなってやってきた。

そこでずっと欲しいと思ってたものを見つけた。
しかし、ぽんと買うには勇気が要るし、箱もばかでかい。
作ることはできても、置き場を確保するのが難しい。

売り場内をぐるぐるぐるぐる回って何とか他のもので済ませようかなと思ったけれど、ここより安くで売ってるのをみたことがない。
しかも在庫は(どうやら)あと3つ。

「諦めようかな?」と思ったその時、私が欲しいと思ってるものをがしっと掴んでレジへ行く人が約1名。


…骨髄反射的に私もその箱を掴んでレジに行ってしまった。


ずっと欲しいと思っていたものを買うかどうか迷ってる間に思わぬものを見つけた。
それはリハビリを兼ねて竜樹さんが遊んでるものだった。
あまり売ってるところを見ないので、「壊れたら代わりのはないから」とリハビリ兼ねた遊びを止めてらっしゃるので、クリスマスプレゼントにでも買おうかななんて思ったりしながら店を後にする。

うろうろしてると必要以上に散財しがちだからむやみにうろうろしない方がいいけれど、今日はうろうろしてもよかったのかもしれない。


突然私を喜ばせてくれるようなことを竜樹さんに、いつか私がびっくり箱のような喜びを渡せたらなぁ。


寄り道の末に思ったこと。



笑顔交わせるなら…

2002年12月19日
昨夜プラモデルを組もうかなと思った時、竜樹さんから電話があった。

いつもならかかってくるはずのない時間。
竜樹さんが深夜に電話してくるのは、体調不良が著しすぎる時か精神的に弱りきってる時かのどちらかだから、少々竜樹さんの物言いが心に突き刺さることがあってもある程度は飲もうと覚悟してかかってるのだけど、切れ味は鈍いけれどちくちくと刺されるような感覚を覚えるような会話。

身体の調子が著しく悪くて、自分ではどうとも改善のしようのない状態から発することを私に預けられること自体はありがたいことだと思うけれど、どことなく受け止める体勢が不安定なせいか、朝まですっきりしない状態のまま過ごした。

本意であれ本意でなかれ、よい時代の思い出に嫌な形で触れられたことが、一番ひっかかってるのかもしれない。
「別にそんなことは今に始まったことじゃなかろう」と、引っかかりつづけるということ自体に首を捻りながら出かける用意をする。


窓越しの空は鈍色。
外は雨が降っていた。
気持ちも身体も重いまま家を出る。


…ちょっと暫く距離を置いた方がいいのかもしれない。


竜樹さんと一緒にい始めてから「距離を置く」ということ自体を考えたことがなくて、今頃になってそんな発想が出ること自体に自分でも驚くのだけど。

今の私と竜樹さんは目の前にある木にばかり意識を向けるあまり、自分を取り囲む森そのものを見失ってるのかもしれない。
それは互いの得手勝手じゃなくて、互いが個々に置かれてる状況に少し疲れてきてるからなんだとも思うから。

関係を絶つための元になるものとしてでなく、関係をより強くするために。
敢えてそんな時間も必要になってきたのかなと思うだけ。


さりとて、本当に距離を置くことができるほど私の意思が強いかどうかは首を傾げるところだけれど…


そんなことをぼんやりと考えながら、今日も机の上に山積になってる書類を片付ける作業を始める。

午前中と午後を通して1日穏やかな仕事のままあがれることなんて殆どない。
午前中が緩やかなら昼から窓ガラス蹴破って飛び降りたくなるほど忙しくなるか、午前中早退したくなるほど忙しくて昼からちょっとましかのどちらか。
1日中忙しい日もあるから、穏やかに過ごせることを期待するほうが間違っているのだけれど。

来るものをたったか片付けていると、思ってるよりも厄介な案件は今日はやってこない。


……体力に余力ができるなら…


「余力ができるなら…」の後に続く表現があまりに今朝の決意とは異なるもので、なんだかなって感じだったけれど。

あまり仕事に手を煩わせることなく事務所を後にした。


駅のホームに向かうまでの間に、咄嗟に気になったことがあって竜樹さんにメールを飛ばす。
「手が要るのなら行きます」というひどくシンプルなメールだったのだけど、ホームに上がってどちら向きの電車に乗るかを迷ってる時に電話が鳴る。


…結局、家に向かう方とは反対方向の電車に飛び乗った。


竜樹さんが引いた風邪は思った以上にきついらしくて、相当身体に堪えてるらしい。
聞くと、ごはんもちゃんと食べてれないという。
乗り換えの駅に着いたら走って移動して、また次の電車に乗る。
バスに乗る前に最低限度の食材を買い足して、ラッシュ時のバスに乗る。


食材を提げてよろよろとバスを降り、竜樹邸に急ぐ。
竜樹邸の鍵を開けると、起き上がってぼんやりと振り返る竜樹さんがいた。


「…大丈夫ですか?何か作ったら食べられそうですか?」
「うん、多分食べれると思う。自分で作って食べるのがキツかってん"(ノ_・、)"」


なるべくお隣の実家に頼らないようにと体調が優れなくてもご実家にも連絡されないから、放っておくととんでもないことになる。
竜樹さんは料理ができない人ではないので、台所で料理できるだけの体力が残っていたら問題ないのだけれど、こういうことも確かにあるから気を配っておく必要はある。


「いつまでこんなん続くんやろ?こないだやっとマシになったとこやったのに…」


手術した年の最初の冬は身体には堪えるというのは前回の手術の時にも経験済みではあるけれど、ここまでひどかったように記憶はしてない。

それは単に今年の風邪がきついからなのか、それとも他に原因があるのか。

不安そうにしてる竜樹さんを少しの間抱き締める。
それで不安が拭える訳でないと知りながら…


竜樹さんに横になってもらって、私はそのまま台所へ向かう。


今日の夕飯は、具沢山豚汁と白菜とエビの中華スープ煮。

豚汁にはいつも入れ忘れるごぼうをプラス。
食欲がなくても、それ一杯食べれば小さな食事代わりになるほどの具沢山の豚汁。

白菜とエビの中華スープ煮は、金岡定番のひとつ。
白菜をザク切りにし、少量のごま油で炒めしんなりしてきたらエビを入れ、中華スープを足してただ煮るだけ。
どちらも鍋一杯に作り、上手に保存をすれば2、3日は食べられそうな量を作り、台所の片づけをする。


まだ明日1日会社に行かなきゃならないから、あまり長居はしないでおこうと時計をちらちらと見ながら竜樹さんの傍にいたけれど。


「霄ぁ、寒いねん」


そう仰る竜樹さんのお隣にもぐりこみ、暫くくっついて横になっていた。

最近の竜樹さんは横になって私の背中をだっこするようにして抱き締めつづける。
どことなく不安そうに、何か暖かなものに身を委ねてたいような感じが背中から伝わってくる感じ。
切ないけれどそうすることで安心できるなら安心して欲しくて、ついゆっくりしてしまう。

ゆっくりとくっつきながら、心の中で少しだけ引っかかってたことについて竜樹さんに話してみる。
なるべく心が漣立たないように気を配りながら、言葉を選んで伝えてみる。

私の心にひっかかる小さな刺を竜樹さんは静かに抜いてくれた。
そして私もまた安心したように抱き締める竜樹さんの腕をそっと握り返す。


「…あ、そうや。霄に渡そうと思ってたものがあるねん」


ゆっくりと竜樹さんは起き上がり、クローゼットの中から小さな袋を取り出す。


「だいぶ早いけど、これが霄への誕生日プレゼント(*^-^*)」


包みを開けてみてびっくりした。
竜樹さんが十年近くずっと大切に使っておられるものとまるっきり同じもの。


「俺はこれに大切なものを入れて、肌身離さへんようにしてるねん。
霄もこれに忘れたらあかんものを入れて持って歩いたらええと思って…」

「でも、これ竜樹さんのが壊れた時のために買ったんでしょ?」

「元々はそうやったけど、使い慣れたものの方が愛着があってええからさ。
霄が大事に使ってくれるなら、その方がええし」


そんなやり取りの後、どんな風に使うといいかあれこれ説明してくれる竜樹さん。
時折それを使い始めた頃の話を交えながら話してくれる竜樹さんの表情は柔らかい。


「出かける時は必ず一番最初に持ったかどうか確かめるんやで?」


まるで小学生相手に話してるみたいやなって思うとちょっと複雑な気がするけれど、嬉しそうに話し掛ける竜樹さんをみたらそんな意識はどこかへいく。
そうして言葉を交わして、笑顔が生まれる。


ひっかかりは消え、ただそこに笑顔だけが残る。
そんな空気から飛び出したくなくて、ずるずるずるずる長居をして。
結局、帰宅は遅くなるわ夕飯は食べ損ねるわしたけれど。


引っかかっても、どうしようもなくても。
目の前の木しか見えなくても、森の姿を知らなくても。
竜樹さんと一瞬でも笑顔交わせるなら、もうそれでいいのかもしれない。


この先何度でも「距離を置こうかな」と思うことはあるのだろうけど、互いの目を見て笑顔交わせるなら、それでいいのかもしれない。

昨夜もまたプラモデルを作っていた。
ニッパーで切っては組み、切っては組みを繰り返す。
夜中に作ってるせいもあるのだろうけど、音のない世界で作業をしてるような感じ。
うっかりしてると夜通しやってしまいそう。
「早くやらなきゃ、早くやらなきゃ」って思いながら何かをすることが多いのに、「早くやめなきゃ、早くやめなきゃ」って思いながら何かを続けてるってこと自体珍しい。
ようやっと自分を宥めすかして、横になって少しばかりの仮眠を取った。


窓の外に見えたのは、鈍色の空。
空の色に心を引きずられるような感じが抜けないのは、単なる寝不足なんだろうか。
重たい心を引きずって家を出る。


最近、何故か何かをするぞと心に決めれば決めるほどブレーキかかるような感じする。
その引っかかり感を引きずり倒してでも進みたいと思う気持ちばかりが空回りしてるような気がする。
その引っかかり感は12月に入ってから少しずつ感じていたことではあるけれど、今の状態のままで荒れ狂う状況が凪ぐのを待つのにすら気力がいることに対しかなりじれてる自分がいる。


じっと嵐が過ぎるのを待ちさえしたら、小さな願いはきっと叶うのに。

今まで効かせていられた待てがどうしてここまで効かないのだろう?


友達に「最近の霄さんはどこか不安定だ」という指摘は受けていたけれど、もしかしたらこんなあたりに不安定さの根っこがあるのかもしれない。

どうしたら現状を打開できるのか、どうしたらこの不安定さを宥めることが出来るのか。
何をすればいいのか、何もしなければいいのか。
それすら判らなくて、ただ目の前にやってくる仕事をひたすら片付けつづけた。

ところがひたすら片付けつづけてるうちに、気持ち悪いくらいにきれいに仕事が片付いてしまった。

ぼんやりと想いを眺めながら、ぽつぽつとやってくる仕事を片付けつづけた。
仕事が立て込もうが緩やかだろうが、私の心の中にある引っかかり感みたいなものがぽろりと落ちるわけではないけれど。


終始、すっきりしないまま仕事を終え、帰宅した。
部屋には昨日の作業の続きが待っている。
一通りしなければならないことを終え、昨晩と同じくニッパーとドライバー片手に黙々と作業をする。
作業をしてる間はつけっぱなしにしてるパソコンの放熱ファンの音が頭の中でかすかに聞こえる程度。
すっきりしない気持ちも竜樹さんとのことも。
黙々と組む作業をしてる間はどこかに形を潜めるようで、何もない世界にとぷんと身を浸していられる。


…うっかり、金岡母が呼んでるのを聞き落としてしまって怒られてしまったけれど


金岡母に怒られて、我に返ってふと友達の言葉を思い出す。


何かが自分の心につかえていてもいいのだと。
没頭できることがあるのなら、存分にすればいいのだと。
それが何になってもならなくても、大切なことだと。


互いの想いがどうあれ、取り巻く環境が決して本人たちにとっては面白くないものであって、それを甘んじて受けることも徹底的に抗うことも叶わなくて、じりじりと焦燥感と消耗感が身体を包み込むような感覚にここんとこずっと捕らわれてるような気がしてるけれど。

全然関係のないことにひととき意識を沈めて、神経を休ませることも必要なのかもしれない。
この作業に没頭しすぎると、気がついたときには竜樹さんに連絡するには遅すぎる時間になってしまってるっていうのが難だけど。


ひととき意識を現状から切り離すことで2人で歩く道を拓く力を生むのなら。
遠慮なく沈めばいいか。
沈み切ったら、もうあがるしかないのだから。


そんな風に思いながら、机の上に放りっぱなしにしてる材料を手にとって、また意識を沈める。


それが何の解決にもならなかったとしても…



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