苦手なんだけど好き。

私は関心があっても苦手だと感じるものには意図的には近づこうとしないから、
その感情を理解することが出来ない。
理解する努力はしてみるのだけど、理解というところに到達する前に伴う痛みでずたぼろになるから理解しきれないとこで降りちゃうのが原因かもしれない。
「傷負うのがヤなんだね」と指摘する友達もいるのだけれど、特にここ数年必要以上に傷負って歩けるだけの余力が見出せないせいもあって、苦手だと思うものには相当意図的に近づかないようにしてる。

だから、余計に判らないままなんだ。

一生懸命話し掛けてくる人が本当は私のことを苦手だと思ってるってことには気づいてた。
どちらかというと好意よりも苦手意識の方をよくキャッチできる私は常にどうしていいのか判断に惑う。

自分が好意を抱く人が自分の好意を迷惑だと思ってると判れば、そっと背を向ければいい。
そうすれば双方共に不快に思うことが少なくて済む。
悲しい思いも少なくて済む。
好意を持ってくれてる人に対して苦手意識しか持てなかったとしたら、申し訳ないとは思うけれど背を向けてしまえばいい。
好意を持ってくれた人には痛みを与え、自らには痛みを与えてしまったという自責の念だけが残ることをよいことだとは思わないけれど、それはそれで仕方がないと無理矢理飲み込んで進めばいい。
好意の全てを受け入れられるほどに、人の間口は広いと思わないから。

けれど、自分に対する苦手意識と好意が混在してる時はどうしたらいい?
苦手意識に目を瞑ればいいのか、それとも好意そのものに目を瞑ればいいのか。

判らなくなった。

相手の中にある私に対する苦手意識に目を瞑りつづけ、出来る限り好意を寄せてくれてありがとうという気持ちを差し出せたならと思って言葉を紡ぎだしても。
好意と混在する苦手意識が消えていく様が見えない。
その度にどうしていいか判らなくて、対応に窮しながらまた言葉を紡ぐ。
それの繰り返し。
「苦手だけど、好きって気持ちはあるんだよ?」といくら人に言われても、自分が体感できなきゃ知ることは出来ない。
その間に自分の身の回りに起こる様々な出来事の洪水を乗り切る過程の中で、その繰り返しそのものに目を瞑ることが出来なくなって、
自ら背を向ける形になった。

嫌いだというわけじゃない。
決定的に背をむけなきゃならない理由があったわけじゃない。
ただ判らなくなっただけ。
私に向けられる好意の中に間違いなく存在する苦手意識に目を瞑れなくなっただけ。

それを話して理解なんてされるのか?
説明してもしなくても人でなしに変わりないなら、もういいじゃないか。
必要以上の痛みを与えてしまうくらいなら、黙って背を向ければいい。
そう思って背を向けた。
今もまだ心は痛むけれど、それ以上の対処方法は今も私の中には見つからない。

もう互いの想いを語り合うことがないと判ってる状態になった今、こんな形で総括する自分自身を卑怯だなと思うけれど。
好意と苦手意識の狭間で揺れ続けながら私に触れる必要のない世界で、
私に対して意識を割く必要性のない世界で。

ただ幸せでいてくれたらそれでいいなと思う。

好意を寄せてくれてたことはありがとう。
苦手意識を掃ってあげられなくてごめんなさい。
いつか「苦手だけど、好き」っていう気持ちを理解できるようになった時、
そういう想いで私を見つめる誰かにもう少し上手な対応が出来ればと思う。
想いを込め過ぎず、でも腫れ物に触るような扱いでもない。
ただふんわりと苦手意識を払えるような、そんな力を持てたらって思う。

暖かな日差しと轟音巻き上げる強い風とが混在する風景を窓越しに眺めながら、そんなことを思ってた。
時効なんてある訳のない話にそんな注釈挿してみたところで、言い訳でしかないってわかってはいても、考えてしまう、口にしてしまう、そんな想いが私の中にはまだ確かにある。

…とうに終わってしまってることに捕まりつづけるのは、心身ともに万全じゃないからかな?

そう思うと不意に聞きたくなって、手にする携帯。
風強い屋上に出る気にはなれなくて、階段の踊場から竜樹さんに電話。
日差しが暖かな感じがする割に妙に冷えるからきっと調子悪いんだろうなぁと思いながらも、大好きな声は穏やかに聞こえてくる。

「調子は悪いけれど、昨日よりはマシやねん。
 明日も来てくれるんやから、今日はまっすぐ帰ってゆっくり休んでや?
一昨日、昨日と出ずっぱりでしんどいやろ?」

「うん、ちょっとだけね。
今日はちゃあんと休んで、明日は元気に行くよ?」

「元気な状態できてなぁ」

本当に数分だけだったけれど、心は随分落ち着いた。
しんどい息の中から生まれてくる声は、間違いなく私を必要としてるものだったから。
機械越しにでもその温みをきちんと感じられるから。
だから、私は行かなきゃならない場所へ行く。

受けた痛みも与えてしまった痛みも消えることはないなら、その痛みに纏わる幾許かの想いと記憶だけを連れて、一生共にすると決めたたったひとりの人と共に行くべき場所へ向けてまた迷いなく歩き出そう。
目には見えなくてもはっきり感じられるようになった、ある場所へ向けての流れを受けて。
私は私の大切な想いを抱え、大切な人を抱き締めそこに行こう。
あなたはあなたの大切な想いを抱え、大切な人を抱き締め暖かな場所へ向かって。

私が暖かな愛情をずっと手にしていられますように。
そして暖かな場所にきちんと辿り着けますように。

あなたが暖かな愛情をずっと手にしていられますように。
そして暖かな場所にちゃんと辿り着けますように。

心に残る痛みを忘れずに、
でも私は私の行くべき場所へ向かって歩く。
振り返ることなく、私を待つべき場所へと向かう。

Wish me Love,Wish you Love.

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2004年2月18日
つかの間過去を旅しながら、未来への旅支度を始める。

ようやくそんな状態に辿り着いた。


もうすぐ新しい年齢になり、新しい旅に出る。
何年か前に海衣に問い掛けられてから、毎年新しい年齢になる前に今の年齢の自分を振り返る作業をする。
尤も、不意に過去の自分を旅することなど思考がぼんぼん飛び回る私には取り立てて珍しい作業でもないけれど。

振り返ると、しんどいことばかり思い出す1年だった。
詳しいことをいちいち列挙すると嫌な感情ばかり蒸し返すから今はその作業に手をつけるのは控えるけれど、
はじめっから終わりまでなんだか妙にしんどい1年だった。

それは新しい年を迎えたら終わるかと思っていたけれど、
新年早々堰を切ったように溢れ出た言葉。
それによってそれまで築き上げたものをすべて取り壊すことになるだろうことは予測できたけれど、自分自身を縛り上げていた何かは間違いなく捨て去れた。
結局は心を縛り上げてた何かだけが落ちていって、築き上げたものは現状何一つ失うことなく明日を迎える。


過去の自分をさまよう旅を終え、新しい未来の自分を探す旅に出る。


日記を放棄してる間、ちょろちょろ出入りしてるコミュニティでここ数日話題になっていたこと。

それは「嫉妬」。

竜樹さんと出会う前にはまったく感じることのなかった感情。
そこまで他人に執着しないようコントロールしながら歩いていくスタイルに魅力を感じていた私には、理解できなかった感情。
そのくせここ数年否応なく対峙させられた感情。
他人を過度に入れぬようにしてた自分の中にやってきた未知なる感情の洪水。

正直、随分それにも悩まされたなぁと今は冷静にその時の自分の姿を見つめられる。

それは、今年に入ってから感じることの出来るある流れの所為なのかも知れないけれど…

想う故にひとりじめしたくなる感情。
想う故に不安になる感情。
走る想いを持て余して、ともすると暴走しかねない幾許かの危うさ。
少しばかり赤面してしまいそうな甘やかな感情の羅列。

そこに集う人の感情はその性質はさまざまであっても、生きてるものには違いなく、肉薄して実感するに叶わなくてもそれらがすべて生きてる証しのように感じられて愛しく思える。
それは自分自身のことではないからだと言われればそれまでだけど、
つんと来るような痛みを伴う感情の底に、在りし日の自分を見てまた過去を旅してみる瞬間。

ただ、今夜の話題の進行の仕方は胸を締め上げるような痛みが伴った。

在りし日の自分の痛みが増幅して還ってくるような感じ。

不安を抱くのは仕方ない。
見えない何かに怯えるのも仕方がない。
それを本人の事情を知りもしない他人が断罪してしまう方が傲慢ってもんだろう?
自分をカッコよく見せるために他人に言葉を吐くなんざ、お門違いってもん。
それすら判らぬ人にはなりたくないから、言葉を閉ざす。
ここから少し距離を置いたのは、そんな想いもあったからだったのだけど…

ただ伝えたくなった。
生き死にがかかるほど切迫してる嵐のような想いに、幾許かの凪を渡せるなら。
それは過去の自分に対する手紙のような想いでもあるのかもしれないけれど…



「かつての想いに勝てるのはこれからの想い、
 在りし日の記憶に勝つのはこれから作り上げる記憶」


それが100正しいとは思わないし、そう言い切ってしまうことがその人にとってよかったかどうかは判らないけれど。

少なくとも私はそう思わなければ今日まで生きることは出来なかった。

それまでの想いはそれまでの想い。
勝負するのはその想いの根っこにいてるよく知りもしない人物じゃない。
本当に大事なのは大好きな人の胸の中にいる在りし日の誰かを打ち負かすことじゃない。
その想いとはまったく異なる自分自身に向けられる想い。
自分と大事な人とが築き上げる記憶。
「今」そこにいてる自分と愛する人が築き上げるものが自らが得られるすべて。
もうそれでいいじゃない?

まるでそれはこないだまでの自分に言い聞かせるような言葉。
多分、その言葉の宛先は自分自身。
「身勝手もいいとこだな」と苦笑しながら最後に結ぶ。

「あまり結論を早く出そうとしないで下さいね。
 長く不安な状態のままいたくないっていうのは当然なんだけれど、
 急ぐことで失いたくないものを失うこともあるから。
 大切なものは適度にゆっくりと育てるのも大事なのかなと、
 長いこと生きてる中で思ったので…」

あと数時間で新しい年齢へと旅に出る。
苦しみに膝つきそうになった昨日を旅することもあるだろうけれど、
それは原点を取り戻すのと同じことだと思ってる。

新しい時を旅しながら、いつでも原点に立ち戻れる。
いつかは心締め上げたもののすべてを静かに眺められる日を手に入れるために、

新しい年齢に旅に出よう。


ずっと長いこと好きだった。


自分の夢だけを追っていてもよかった頃にあなたと出会ってからずっと。
あなたの声に心を握り締められたような気持ちのなったあの夜からずっと、あなたの生み出す音と紡ぎだす言の葉のすべてが私の中にあり続けた。

そんな状態がもう何年続いただろう?
多分ずっと続くと思っていた。
嬉しい時も悲しい時も、辛い時も震えるように闇の中を歩いていた時もずっと。
あなたの声と言の葉が私を支え続けたから。
終わりが来る日などありえないと思っていた。


あなたに会える時は何を置いても会いに行った。
すべての予定を空けて会いに行った。
そうすることで勝手に強くなれるような気がしたから。
勝手に指針を見出す力を分けてもらえるような気がしてたから。


でも、今年は会いに行かない。
「会いに行けない」ではなく、「会いに行かない」。


今でもあなたが紡ぎだすものに心酔する部分はあるけれど、
あなたに会いに行くことと引き換えにすごく嫌な気分になることも数年前から気になってて、
現状ではそれに目を瞑っても会いに行きたいという気持ちにはなれなかった。
会いに行きたいと思う気持ちと会いに行きたくないと思う気持ちがずっと綱引きをしてたけれど…


数日前、不思議なくらい絶妙なタイミングであなたに会いに行くチャンスは廻ってきた。
「今年は行かないんだ」って言いながら、すんごい迷ったんだ。
「私、行きます」って言いたかった私は間違いなくいたんだ。


あなたの紡ぐもののすべては今でも大好きだけど。
あなたに会いに行く以上に私の心の中で重要なことがあるんだ。


あなたは私を待ちはしないけれど、
私が来るのをずっと待ってる人がいるんだ。
その人のために私が使える可能な限りの時間を使いたいと、今の私は思うから。


今私がいてる家庭や会社の事情があれば、彼が私の手を必要としててもすぐに飛んでいけないことだってあるのだから、3連休初日の3時間くらいあなたに会いに行ったって問題ないだろうって思う部分はあるよ?

自らの夢が苦しみの中で屈したのだと初めて認めたあなたの声を、あなたの胸の内を聞いてみたいとも思うけれど…


…でもね、約束してしまったんだ。


「この3連休は可能な限り、あなたの傍にいるからね」


あなたの紡ぎだすものを支えにしながら、生命の灯火消えるまで共に歩き続けたいと願ったたった一人に約束してしまったから。


彼との約束は違えない。
いや、これからも違えるつもりはないんだ。


思うことを綴ってみたところで誰に届く訳でない。
あなたに届く訳でもない。
届けるつもりもない。
敢えて言うなら、何をおいてもあなたの許へ行くことを最優先に考えていられた在りし日の自分に、暫く別れを告げるために。


竜樹さんが元気になれる日まで。
竜樹さんが屈託なく「大丈夫やし、行っといで」と送り出してくれる日まで…


今日はあなたがこちらにいる時間、私はいっちゃん大切な人の傍にいます。
ご盛会を願いながら、大切な人の傍にいます。


これが今の私が選んだ、私なりの答です。




窓越しの空はすっかり夜の色に染まりつつある。
薄暗い中時計を見ると、そろそろ買出しに行かないとならない時間になってきた。
抱っこしつづけると手が痺れてくるのか、抱き締める腕の力がちょっと緩んできたので、そっと起き上がり竜樹さんに声をかける。


「…そろそろ夕飯の買出しに行かないとならないんですけど、何か買ってきましょうか?」

「………ん、2人で食べれる甘いものを………(p_-) …………」


いつもの竜樹さんなら口にしなさそうな台詞にびっくりしながらも「2人で食べれる甘いものですね?」と聞き返したら「…ゆっくり行っておいでぇ……(p_-) …………」とお返事が返ってきたので、静かに起き上がり着替えて竜樹邸を出る。


先にコンビニに出向いて2人で食べれる甘いものを買い、その足でスーパーに行こうと思ったけれど、不意に探し物を思い出して竜樹邸の近くにある模型屋さんへ行く。

あいにくそこにも私が探してるものはなかったけれど、次の週に入荷の予定があるということで取り置きのお願いをして暫くいつものように話し込む。
おかみさんの旦那さんが後片付けを手伝いに来られたので随分長いこと話し込んだんだなぁとは思っていたけれど、時計を見てびっくり。

1時間近く話し込んでいた。

おかみさんと旦那さんに謝り倒して、慌てて自転車に飛び乗りスーパーまでかっ飛ばす。
お昼に「きのこ鍋が食べたい」と話しておられたので、いろんな種類のきのこを買い込み、会計を済ませて竜樹邸にダッシュ。

竜樹邸の前まで戻ってくると、台所の電気が晧々とついている。
鍵を開けようと鞄をごそごそしてると、中から鍵を開けてくれる。


「…あ、起きてはったんですか?遅くなってごめんなさい」

「何時に出てったん?あんまり遅かったから模型屋さんに行ってるんやろうとは思ってたけど、もしかしたら事故にあったんちゃうかって思って心配しててん」


本当に心配そうな表情に食材片すのも忘れてひたすら謝りつづける。
「…いや、無事に戻ってきてんからええよぉ」とほっとしたように笑いかける竜樹さんの表情を見てほっとして食材を片付け始める。


「…そのキャミソール、かわいいなぁ」

「なかなかいいでしょー?(*^-^*)」

「でもその上にジャケットだけやったら寒かったんちゃうん?」

「結構寒かったですよー。寒くなるのも早いですよね?」


竜樹さんが私の着ていたキャミソールをかわいいと誉めてくれるのでジャケット半脱ぎ状態で食材を片しながら話をしてたけれど、しゃがんで作業をしてる私の腕をさするようにして話を聞いてる竜樹さん。
食材を片し終え、隣の部屋に移り暫く竜樹さんとくっついて話を続ける。


自転車走行で冷えた私の腕をさすり続ける竜樹さんの感じが何となく嬉しくて、そのままされるままになってる。
腕をさすりながら時折首筋やら鎖骨やらにキスをする竜樹さんの頭を抱え込むようにして抱き締める時間が続く。
何時の間にか熱を受け渡し、暫くくっついて横になっていた。


時計を見ると夕飯を作らないといけない時間になっていて、また慌てて起き上がり台所に立つ。
「おなか空いたー」と仰る竜樹さんに買ってきたチーズケーキを渡すと、きょとんとしておられる。


「霄が自分から甘いものを買ってくるなんて珍しいなぁ」

「何言うてはるんですか?甘いものを買ってきてって頼んだの竜樹さんやないですか?」

「えー、俺、そんなん言うたぁ?」

「ええ。出かける前に『何か買う物ないですか?』って聞いたら『ふたりで食べれる甘いものを』って言わはったん、竜樹さんやないですか」

「…俺、言うた覚えないで」


竜樹さんは寝ぼけて甘いものを買ってきてと仰ったのかと思ったら、寝てる時見た夢は前の会社でぼっこぼこに詰られいじめられてる夢だったという。
すごく嫌な夢で目が覚めたら、隣にいるはずの私がいなくて慌てたとのこと。


…なるほど。


それならあの心配ぶりも合点がいく。
よしよしとばかりにちょっと抱き締めて台所に戻り、きのこ鍋の用意をする。

鍋にだしを入れてありったけのきのこと豚肉を放り込み、ただただ煮込むだけの簡単料理。
煮込んでる間にお風呂を掃除してお湯を沸かす。

きのこ鍋はあっさり出来上がったものの、チーズケーキが思った以上におなかに溜まってしまったらしく、暫くテレビを見ながらまたくっついてお話。
暖かくて柔らかい時間はそっと流れていく。


ようやく竜樹さんがごはんを食べられるようになってきのこ鍋を食べ始めたけれど、気がつくと帰らなきゃならない時間まであと1時間半ほどしかなかった。


「…なぁ、そらちゃん帰るん?」

「うん。決して家に帰りたい訳じゃないんですけどね」

「帰ったらいややー "(ノ_・、)"」

「私も帰りたくはないんだけど、今日はお母さん一人になるから帰らんと…」

「…それやったら、しゃあないなぁ。
ホントはおって欲しいねんけど…」


今日から金岡父が旅行に出てる上にプードルさんも体調不良。
朝からてんてこまいだった金岡母をひとりにするのはさすがに具合が悪い気がしてそう言ったけれど…


…本当は私もここにいたいんですよ?


そんな気持ちをそっとこめて、竜樹邸を出るまで思う存分竜樹さんを甘やかした。
バスの時間が迫ってきたので帰る用意をしてる間もずっと竜樹さんが甘えてきてて、それをそっと解いて帰るのは相当勇気がいった。


「…また来るから、ね?」

「うん。気をつけて帰りやぁ」


玄関どころか門のところまで出て見送ってくれる竜樹さんの方を何度も何度も振り返りながら竜樹邸を後にした。


家に帰ると、プードルさんはひんやりしたフローリングの上にぐったりとして横になっていて、その傍で金岡母が座り込んでいる。
その姿を見ると帰ってきたのは間違いなく正しいのだとは思いながらも、竜樹さんをひとりにして帰ってきたことが気になって、本当にこれでよかったのかな?と考えてしまう。

この家を出るまでは間違いなくこうせざるを得ないのだということは承知してるけれど、それでも自分が帰る場所はずっと竜樹さんの許でありたいと思ってる。


…身体はどこにあっても、私はずっと竜樹さんの傍におるねんからね


そう思うことがどれほどの実を成すのかと問われたら、その想いそのものが何をか成すとは思わないけれど。
いつかそう遠くないうちにきっと、ずっと竜樹さんの傍にいれるようにしよう。
そのために出来ることを、現状で何が出来るのかを考えながら探りながら、残りの時間を過ごそう。


竜樹さんとふたりでいられることこそが、私の日常となるように…
ひとりになることを考えて怯えなくてもいいくらい、暖かな時間を育めるように…



朝、階下の方からばたばたした空気が伝わってきて目が覚める。

ごそごそと起き上がってリビングへ向かうと、そこはもぬけの殻。
プードルさんすらいないので「何かあったのかな?」と思いながら、台所の洗い物を片付けてから竜樹さんに確認の電話を入れると「今日は坊さんの都合で法事は流れてん。あんまり眠れなくて調子が悪いから、来てくれるならすごいありがたいねんけど」と竜樹さん。

竜樹さんの親戚の方々はみんなこの日のために予定の都合をつけて集まるというのに、土壇場になって「都合」という二文字だけであっさり予定を覆す。
そんなルーズチックで仕事として成立するのか?お坊さんって?とびっくりしたけれど、何はともあれ竜樹さんと会えるならドタキャン坊さんに感謝しなければ♪
勢い勇んで用意を始める。


今日は妙に蒸し暑い。
このところ涼しい日が続いていたので、余計にそう感じるのかもしれない。
そのくせ薄着で出かけようものなら、夜には涼しくなりすぎて寒いくらいになるからとちょっと厚着かなと思うような格好にしてちょろちょろしてると暑く感じてならない。

「すべての用意が整ってから着替えるべきだったな」と自分の段取りの悪さを恨めしく感じているところに、金岡母とぽたぽたと力なく歩くプードルさんが帰ってきた。


「あれ、どうしたの?」
「今朝ひどく吐いて元気がないから病院に連れて行ってみたら、すごい熱を出してるらしいのよ」


この家に来る前も咳がなかなか治まらなくて気を揉んだけれど、ここまで弱ったプードルさんは見たことがない。
おまけにプードルさん最愛の金岡父は今日から旅行に出ている。
出かけるかどうか迷ったけれど、金岡母はひとこと。


「このカレー、早く彼氏のとこに持っていってね?
食パンが入らなくて困るから」


………………(゜д゜)!


今年に入ってからあるレストランから不定期にカレーを買っている。
ここのカレーは外食系の食べ物をなかなか美味しいと言わない金岡父が「美味い♪」と言い、辛いものがダメであまりカレーが好きでない竜樹さんも「美味い♪」と言うので、ストックが切れるとがばっと買うのだけど、どうやら今回は数が纏まりすぎて届いたらしく、冷凍庫にストックしていた金岡母お気に入りの食パンを押し出してしまったらしい。

彼女にとってはあくまで大量のカレーが冷凍庫を占領してることが問題なんであって、竜樹さんに渡すことが重要なんじゃないのだと思うとがっくりくるけれど「プードルさんが重篤なのに、何で出かけるのよー」と怒りまくらないだけマシだと思おう。
紙袋の内側にナイロン袋を入れに保冷剤をばかばかと積め、小分けになったカレー袋とシチューとハヤシライス(推定重量3kg)を提げて家を出る。


家の中だから蒸し暑いのだと思っていたら、外まで蒸し暑かった。
坂道を下る時も複数の交通機関の移動にもずっしりとカレーがのしかかる感じがする。
涼しいのに慣れた身体に3kgのカレーセットは少々堪えて、ちゃんと運べるかどうか珍しく不安になったけれど、どうにか竜樹邸まで辿り着いた。


竜樹邸の鍵を開け、中に入ると竜樹さんは横になっておられた。
「よう来てくれたなぁ」という声もどこか力なくて心配してしまう。

何でも連日朝早くから夕方までお向かいの家の改築工事の音がけたたましく響き渡るらしく、きちんと眠れてないらしい。
元々眠りの浅い竜樹さんは夜になればぐっすり眠れるタイプでもなく、うつらうつらしてるうちに工事のけたたましい音で意識を引きずり起こされる毎日だとか。


「もう、こんなんたまらへんわぁ」


弱い声はますます弱まる。
ご飯を食べたかどうか聞いてみると、朝からまだ何も食べれていないとのことなので冷蔵庫を物色。
うどんと少しばかりの野菜くらいしかなくて、ありあわせのうどんを作る。
うどんが出来上がっても暫く起きられないとのことだったので私だけ一足先に頂き、ようやっと食べれそうになるまで、竜樹さんの傍にぺたんと座って寝顔を眺めていた。


「…そらちゃぁん、うどん食べるわぁ」


ようやっと食べれるような状態になったようなので、うどんをさっとお湯に通し、スープを温めてうどんとあわせて竜樹さんに食べてもらう。
食べてひと心地つくと、今度は身体に鈍痛が走るからと横になられる竜樹さん。
その横でくっついて横になる私。
ほどなく竜樹さんの抱っこモードが働いたのかおふとんの中で抱き締めようと私の身体に回した手が一瞬止まる。


「…なんでこんなに冷たい身体してるん?そらぁ?」


きょとんとしていると、「寒くないんか?」とか「ちゃんと食べたか?」と竜樹さんは聞いてくるけれど、私もうどんは食べたし寒くもない。
「どっか悪くないか?」と聞いてくる彼に何気なく、ここ1,2週間感じていたことをぽつっと溢した。

別段大したことはないと思ってたので、さらと笑い混じりで答えたけれど、私の言葉に竜樹さんは閉じていた目を開き、ごろんとこちらに向きを変える。


「…それって、大丈夫やないやろ?」

「や、時々しか起こらないから、大丈夫でしょ?」


そんな言葉じゃ竜樹さんのびっくりは納まらないらしく、まだ起き上がったままじっと私の方を見てる。


「…なぁ、そらぁ。もう会社辞め?
その症状が出るようになったん、どう考えてもあの会社入ってからやろ?」

「そんなこと言ったって、『ほな辞めまっさ』って訳にもいかないでしょ?今後のこともあるんやし」

「身体壊したら何にもなれへんねんで?」

「や、私は壊れませんって。今までかってよろよろとでもやってこれたんやし」


「…何か、霄は急に俺の傍からいぃへんようになる気がする。
無理がたたって急におれへんようになるような気がする。
俺、そんなんいややぁ」


そう言ってぎゅーっと抱き締める。
私が不安には感じてないことでも、彼には十分不安になりえるんだ。
元気そうな瞳で嘘をつくこともできず、心からの安心を手渡すことも出来ず。
出来ることといえば竜樹さんと同じくらいの力でぎゅっと抱き締め返すことくらい。


「大丈夫ですよ。症状がひどくなる前にはちゃんと手を引くから。
私は何処にもいかへんから…」


そのままキスをする。
それは何らかの思考が働いたというより身体が勝手にそうしたという感じで、それで彼に安心を与えられるとも思わなかったけれど。


「どっこも行かんとってやぁ」と呟いて彼が寝付くまでずっと隣にいた。
夕飯の買出しにも行かなきゃならなかったけれど、竜樹さんにしては珍しくぎゅっと私を抱え込んだまま眠ってしまったので、暫くそのままの格好で私も横になっていた。

横になって台所の窓を見ていると、空は夕焼け色に染まってきてる。
買出しに行かなきゃならないなと思いながら、それでも抱き締める手も右手を握り締める手も解く気になれなくてそのままの状態でいてる。


「どっこも行かんとってやぁ」という言葉だけが深く心に落ちていく。
他人に自らを預けることを知らなかった竜樹さんに「預けてもいいんだよ」と言い続け、ようやっと自身を預けるようになった人を置いてなんていくものか。


…ひとりになんてするものか


竜樹さんの寝息を聞きながら、体温を感じながら、日が落ちていくのを眺めていた。
日が落ちるのを見ながら、ゆっくりと自分自身のことを考えた。
買出しに行かなきゃならないぎりぎりの時間までゆっくりと考えた。


(5日の日記に続きます)

昨日は思考がふらふらしてたのと殺気立って仕事を片付けたのに疲れたせいか、やらなきゃならなかったことをすべて放棄してとっとと休んでしまった。
朝起きてもまだ疲れが抜けきってないような感じが恨めしい。
私と同じように毎朝げんなりした様子で会社に向かうという姉さまに励ましメールを飛ばして、会社に向かう。


昨日のようにまた再び殺気立って仕事を片付けなきゃならなかったらどうしようかなどと思いながら事務所に入って、やってくる仕事をきりきりと片付けてみると、今日は昨日ほどしんどくない立ち上がり。
どことなく迷走気味だった思考もよく寝たせいなのか、それともネガティブな方向に物事を捉えることもなく割と気分よく仕事を進めていく。

いつもなら午前中そこそこ緩やかな立ち上がりだと決まって昼からえげつない量の仕事がやってくるのがお約束だけれど、今日は昼からも緩やかな仕事の流れのまま。
昨日怒涛のようにやって来た仕事を今日に積み残さなかったのも結果的にはよかったのだろう。
疲労感をあまり感じることのないまま、今週の仕事は終わった。


明日は竜樹さんのご実家の事情で会えなくなると先週末に聞いていたから、帰りに竜樹邸に寄って帰ろうかなとも思ったけれど。
電話の向こうから聞こえる竜樹さんの声はかなり元気で、別段私の手を必要としてないような感じもした。
「明日来てもらっても大丈夫になるかも知れんし、久しぶりに自分のために時間を使い?」という竜樹さんの申し出に何となく異議を唱える気がしなくてそのまま電話を切り、自宅とは反対方向の電車に乗る。


週末に街に出ると人が多くて異常に疲れるのだけど、何となく遠出したくなった。
いつも寄り道すると言えば乗り慣れた電車で行ける範疇の街にしか出ないのだけど、何となく滅多に乗らない方面に行ってみたくなって、行き慣れた街ではなくその向こうにあるたまにしか行かない街へ出かける。

休日の昼間に来ると大勢の人でごった返してて自分のペースで歩くのですら難しい場所。
平日の夜に来ると休日に比べるとうんと人通りも少なく、買い物もしやすい。
滅多に行くことのない、でも行くと楽しいお店を何軒かはしごしてちまちまと買い物。
買い物をする時うっかりすると予定よりも多く買い込んでしまうので、なるべく必要最低限で留めるよう、買い物したい衝動を宥めながらいろんなアイテムを眺める。
人が少ないと悠長に迷ってても人の邪魔になるような気がしなくて延々と悩みつづけるけれど、閉店までそれほど時間が有り余ってる訳でもないからいいんだか悪いんだか…

迷いに迷った挙句、本当に必要最小限のものだけ買って店を出て、また普段行かないショップへ向かう。


確かに日中に比べると人通りが少なくて歩きやすいけれど、昼間よりもはるかに多いホームレスの人々がそこここでうろうろしてて、何となく怖い感じもする。
別段こちらから何かをしなければ何もしてこないだろうとは思っても、どことなく人数が集まってくると怖いなという感じは否めなくて、否応なく歩くスピードは速くなる。

久しぶりに来てみると、数ヶ月前にあったはずの店が姿を消し、見たことのない店がお目見えしてたりするけれど、そんな様をじっと見入ることなくすたすたすたと歩いて目指していた本屋に入り、また延々と物欲を押さえ押さえ必要最小限の商品だけを買って店を出る。

迷う時間が長かった所為でもう1軒行こうと思っていた店は閉店していて、そのまま今度は家に帰るために乗り慣れない電車の駅を捜し歩く。
ようやく駅に辿り着き、乗りなれない電車に乗って帰宅の途につく。


電車の中で、ちまっとした、でも結構重量のある買い物袋を眺めながらふと思う。

竜樹さんの体調がいい時、ふたりで一緒に買い物に出る。
行った先でうっかり欲しいものを複数見つけると、どちらかひとつにするべく一生懸命商品の前で考え込む私に「もうそれ、両方とも買うてまえや」と言ってさっさとレジに持っていってしまう竜樹さん。
結果的に欲しいと思っていたものは両方とも手には入るけれど、なんだか申し訳ない気がして素直に喜んでいいのか悪いのか迷う場面がある。

…いや、その時は悪いと思いつつも素直に「ありがとう♪」といってにぱっと笑ってるんだけども(-_-;)

自分が買い物をする時は極力最小限度のものにとどめてる印象のある竜樹さんが、私にはあっさり「両方買うてまえや」と仰る。
「私のものを両方買う前にご自分が欲しいと思うものを買ったらいいのに」と思って申し訳なく思ってきたけれど。


…あ、私が迷う姿があまりに辛気臭いからか


自分自身の今日の買い物してる時の姿を思い返すと、我ながらすごい辛気臭いなと思ったから、竜樹さんにはもっと辛気臭く見えてるのかもしれない。
せっかく気晴らしに遠出をして自分の辛気臭さを痛感してたんじゃ世話ないけれど…


…でもね、よほど気心が知れた人の前でなきゃ、悩みながら買い物なんてしないんだけどね。


よっぽど気心が知れた相手でなければ、真剣に考え込むような商品を置いてる店に一緒に行ったりはしない。
私がこんな風に迷うものだと判ってて、「まぁ、それでもつきやってやるか」と明らかにわかっててくれる人でないと、その無駄な時間を共有させるに忍びないと感じるから。
竜樹さんの前でもあまりじーっと考えこまないように気をつけていたつもりだったけれど、何時の間にか気心知れた人にする癖を彼の前でも見せてたんだなぁと思うと、それだけ自然な姿を竜樹さんの前でも晒してるんだなぁと今更ながらに思う。

自分でも延々迷いながら買い物をする姿を「辛気臭いな」とは思うけれど、竜樹さんに「辛気臭い」と言われたことはない。
暫くうんうん悩んでる姿を他のアイテムを眺めながら遠くでじっと見てるみたいで、ある程度の時間が来るまでは放っておいてくれてる竜樹さん。
どんな思いで私を見てるか聞いてみたい気はするけれど、聞いてもきっと適当にはぐらかすんだろう。


…悩む姿を鬱陶しいと思わずに見ててくれるなら、ありがたいな。


今度、欲しいものが2個出てくる場面があって、どっちにするか迷ったら。
真剣に悩みながら、こっそり横目で竜樹さんを探してみよう。
どんな風に竜樹さんが私を見ててくれるのか、その瞳の色を少し覗いてみたら。
案外、私が知りたいと感じたものの答はそこにあるのかもしれない。


久しぶりに遠出をしてみて思ったこと。


Colorless

2003年10月2日

朝から事務所に入ってすぐ殺気立つほどの量の仕事にげんなりしつつも、余計な用事を極力寄せ付けない程度に殺気立って仕事を片していた。
頭の中でぱーんと何かが弾けたよな感覚を覚えた後、仕事の段取りがパズルのピースが填まるみたいにちゃんちゃんと片付き、「あー、どっかの番組でも似たような場面があったよなぁ」なんて程度に脇道にそれる思考回路を残しつつ、多分傍目にはずっと殺気立ってるような状態で仕事に取り組んでいた。

片付きそうになったらまたどかんとやってくる仕事にげんなりするを通り越して理不尽な怒りを覚えながらも、ただ目の前にある仕事をどうしたら片付けられるかだけに意識を割いてるつもりだった。


…ふと、殺気立ってる思考に妙な感情が流れる。
何故そんなことを思ったのか、今となってはもう思い出すことも出来ないけれど、
不意に人の持つ色について思いを廻らしてしまった。


人は人それぞれに色を持っていて。
その色はひとつとして同じ色なんてなくて、なんて書くとどこか使いまわされすぎた表現だなぁとも思うけれど。
その人が持つ色に惹かれて違う誰かがその人の傍にやってきて、
その人の持つ色を好きになって、その想いが重なって、幸せな何かに結びつくのだと。
そんな日常のひとつの場面を思い起こしてた。


…「自分の色ってどんなんだろう?」と考えた時、頭の中に「Colorless」という単語が過ぎった。


強い色を放てば、それなりに強くも見えるしどこかよさげにも見える。
その部分に寄りかかって自分を守ってた時期もあったから、強い色の与える影響がどんなものであるかもそれに寄りかかる楽さ加減も判ってはいる。

ただ強い色を放つことで他の誰かの持つ色を殺すなら、強い色の持つ良さなんてたかだか知れてるだろうと感じる部分があって、人の持つ色をなるべく尊重できる形で自分の色を微妙に変えたり合わせたりするようになって。
別段それを間違ってるとも思わないけれど、ふと本当にこれでいいのかなと思う部分もある。

それは色がないように見えることをいいことにその上に胡座をかいて好き放題のたまう人に出会いすぎたからという訳でもないのだろうけど…


どんなに殺気立ちながら仕事に取り組んでいても、「Colorless」という言葉が頭の中から抜け落ちることはなかった。

殺気立ちモードのおかげで無事に仕事も片付いたというのに、気持ちはどこかすっきりしなくて。
色をもたぬ自分の周囲にあるものに目を向け、少し冷めた気分になる。


寄り道して帰りたい気もしたけれど、身体は疲れてならない。
身体は疲れているけれど、そのまままっすぐ帰りたいわけでもない。

目の前に広がる空の色が微妙に変わるのを眺めながら、友達とメールを交わしていた。
友達の言葉に沿うつもりはなかったけれど、結果的に電車とバスをそれぞれ1台ずつ遅らせてみた。
それぞれの待ち時間の間、色を変えていく空を眺め、肌を通り過ぎる涼やかな風をただじっと感じていた。


自分が選び取ったそれが間違ってるわけでないと知っていても。
その根拠が自分の中に確固たる物として存在していたとしても。
時々「これでいいのかな?」と思う瞬間はある。
ましてや色味の強さに寄りかからずにいてれば、色を持たぬことの持つ別の弱さを垣間見て考えてしまうこともある。


「色を持たない私の何がいいんでしょう?」


不意に竜樹さんに聞いてみたくはなったけれど、そんな馬鹿げたことを聞くのもどうかと思うし、聞かれた方だって迷惑ってもんだろう。
一瞬、冷めた思考が勝手に提示した答を反芻すると悲しくなってもくるけれど。


「そんなもん、どっちでもいいやんか。
色を持たぬなら持たぬなりのよさも強さもあるでしょうよ」


交通機関のダイアグラムに振り回されることなく、ただぼんやりと涼やかな風と微妙に色を変える空に触れてるうちにまた少しずつ居直りの色を挿した元気が戻ってくる。
そこへ携帯メールが飛び込む。


「空気も水も色がないけれど、反射率で青くなりますよね」


その後に続いた言葉がなんだかとても嬉しくて、ようやく重い腰をあげてまた家路につく。
何故人の持つ色について考えたりしたのか、どうして気持ちが沈んでいったのか。
そのはじまりも終わりもはっきりしないけれど、それはそれでいいやって気がした。
ただ迷走した思考がどうにかおとなしくなってくれただけでいいやって気がした。


Colorlessな自分が人からどう見えるかは知らない。
無理やり知りたいとももう思わない。

ただ、強い色の像を掲げて自分の色が一番美しいのだとがならなくても。
そんな風に他人に思い込ませようと躍起にならなくても。
私の傍にいる大切な誰かの色をそっと反映して、その色の持つ暖かさなり優しさなり強さなりをそっと映し返して、大切な誰かのよさをそっと認めて支えられるなら。
そうする過程そのものにそっと自分らしさを添えてそこにいることが出来るのなら。

Colorlessであることもきっと悪くはないんだろうと思う。


今はそう思う。



竜樹邸から戻ってきてから少し用事を片して眠りにつく。
ここ何週間か竜樹邸から戻って用事を片していると、どういう訳か寝つきが悪くて眠りにつくのが明け方頃になることが多かったのだけど、今回は用事が済んだらすぐに眠ってしまった。

朝が来ると身体が重いのは相変わらずだけど、気持ちの部分は割とすっきりしてる。
これが真の竜樹さん効果なら、大変嬉しいことだ。


今日から10月。
9月最初の日よりも外で起こってることに目立った変化はなく、目に見える変化といえばせいぜいがこの数日間止まっていた親会社絡みの業務がどっと動き出すということくらいか。

「あと3ヶ月もしたら正月やでぇ。また年齢とるなぁ」なんて話がちらりほらりと聞こえてくるのがちょっとした憂鬱と物思いを連れてくるけれど。
事務所にいるときにそれに感けていると、ろくなことがないのは言うまでもない話。

階段の踊場の小さな窓から見える青空を眺めながら、軽く気を吐いてどかっとやってくるだろう親会社絡みの仕事に挑む。


先輩のフロアに書類を取りに出向くと、無駄話を甘んじて受けても片付きそうな程度の書類しかなかった。
七転八倒させられることを覚悟して臨んだのに、ちょっと肩透かし。
一見仕事が少ないように見えるからと安心してるとすぐ痛い目に遭わされるのもまたこの会社のお約束だから、無駄話もほどほどに事務所に戻って仕事を片付け始める。


物理的仕事量はそれほど多くないけれど、事務所にかかってくる電話には頭が痛む。

瑣末なことといってもこちらが答えられること、もしくは答える必要のあることならば「それは仕事なんだから仕方ないか」と思うけれど、親会社の人々の多くは自社の中のことまでこちらに聞いてくる傾向が強く、思わず電話口で「はぁ!?」と聞き返したくなるようなことまでさも当然とばかりに聞いてくる。
投げられる質問に答えることについて突き詰めて考え出すとノイローゼになりそうな電話もあるので、電話の呼び出し音が鳴る度にうんざりした気分になる。

書類上の処理は少ないけれど、「自分とこの会社の担当部署に聞きなさいな」と思うよな電話ばかりに時間を取られ、既にぐったりしていた。


…まぁ、書類上の処理の立ち上がりがこの程度なら、楽な方だわね


些細ないいことでも拾っていかないと事務所飛び出したくなるような衝動に駆られるので、無理矢理自分にとって都合の良いことを穿り出してよしよしと自分を宥める。

本当はそうまでしなきゃならないこと自体に相当問題あるとは思ってるけれど…


昼休みになって、昼食を取りボスティをいれて後片付け。
暫く時間があったのでボスたちのお話にお付き合いしようかと思ったけれど、ちょうど話の内容が聞いてて気分が悪くなるような話だったので、携帯を持ってそっと事務所を脱出。

こそこそこそっと屋上へ向かう階段を上り、重い扉を開いて外に出て竜樹さんに電話してみる。


「はいはーい♪」


やたら明るいのでどうしたのか聞いてみると、こないだ私が竜樹さんの携帯にダウンロードした着メロがとても気に入ってるらしく、それを聞くだけで元気が出てくるような気になるんだとのこと。

ブラインドや書類棚ですっかり窓が塞がって外の天気が判り難い事務所でちゃんちゃんちゃんちゃん鳴り響く電話の呼び出し音を聞いてうんざりしてる私とは大違いだなと苦笑い。

けれど、自分の状態がどうあれ竜樹さんが楽しそうにしてるのは嬉しい。
ただ竜樹さんの声を聞いてたくて、世間話程度の話なのに携帯が折れるかと思うほどぎゅうぎゅう携帯に耳をくっつける。


「竜樹さんはダイエーのセールには行かはるんですか?」
「ダイエーのセールって何か買うものあるかぁ?」


…確かに(-_-;)


食料品だと日持ちがしないし、他に買いたいものは見当たらない。
でもお祭り騒ぎには気持ちだけ乗っかってみたい、そんな感じは私も竜樹さんも同じようで、あぁでもないこうでもないと話しは続く。


「…なぁ、そらちゃん。いっそこないだ見たパソコン買うかぁ?(*^-^*)」


竜樹さんが親しくしてる電気屋さんに性能のいい格安のノートパソコンが何台か入ってたので、景気付けにそれでも買いに行こうかということらしいけれど、一気に6桁の数字を動かせるほどに冷静さがなくなってる訳ではないし、どうせならふたりにとって役立つもののがいいなぁと思ってみたり…


「…や、パソコンもいいですけど、私、乾燥機付洗濯機の方がいいです」
「あ、洗濯機なぁ。
そらちゃんが洗ってくれた洗濯物はいいにおいがするから好きやねん(*^-^*)
乾燥機付洗濯機ならパソコンよりもっと役に立つもんなぁ…」


でも問題は今の竜樹邸に洗濯機の置き場がないということ。

正確には置き場は確保できるけれど、竜樹邸が非常に手狭になるということで、竜樹さんがあまりいい表情をしないというだけのこと。

私が時々竜樹さんの洗濯物を持ち帰って洗って持ってくる以外は専らコインランドリーのお世話になってる竜樹さん。
決して洗濯機が要らないという訳ではないので食指は動くようだけど、やっぱり手狭になるのはイヤみたい。

欲しいけど手狭になるのはイヤやなぁとちょっとお困り気味の竜樹さんに、何気なく言ってしまった。


「私が家を出て一緒に住む時にしましょか?洗濯機買うの。
 竜樹さんが納得できるだけのスペースのあるとこ探して、ね?」
「そやなぁ。そらちゃんといるなら洗濯機はますます必需品やし、そうしよかぁ(*^-^*)」


まだ見ぬ明日の話を穏やかな空気の中で話せるなんて久しぶり。


身体の痛みと別れを告げられない状態、出口の見えない状態にどうしても先の話をするのは躊躇われて、「確約のない話はしたくない」という竜樹さんにはそれのがいいんだと思って敢えて口にしないできたけれど。

何気なく叶えたいなと思ってることをこそっと口にしてみて、それに明るい声で応えてくれること。
それだけで機嫌がよくないものをひっくり返そうという気力を育てられる気がする。

そんな穏やかな空気をずっと感じていたかった。
青い空の下で気分がすっかり晴れ渡るまで話していたかった。


けれど、踊場の方から事務所に戻ってくる人達の声がする。
事務所に戻る時間がきてしまった。


「それじゃ、行きますね」
「うん、昼からも力抜いて頑張って」
「はい(*^-^*)」


携帯を握り締めて重い扉の鍵を閉めて、事務所にこそっと戻る。


昼からもまた事務処理は少ないけれどうんざりするような電話が沢山かかってくること自体は変わりなかったけれど、気持ちが沈み込むことはなかった。


家に帰ると、玄関に小さな箱がひとつ。
よくよく見ると、壊れて修理に出したデジカメだった。


竜樹さんとふたりで買って、竜樹さんと一緒に何度も出かけたデジカメ。
それが突然壊れて、修理の見積もりを取ったら「もうちょっと足したら新しいの買えるよ?」って金額を提示され、「それなら買い換えた方がいいのかな」と諦めようとした時、竜樹さんが奔走してくれて安心して修理に出せるようにしてくれたこと。


竜樹さんとの想い出やいろんな出来事を知っていたカメラは、竜樹さんやいろんな人の尽力でまた今まで通りまた想い出を残してくれる。


カメラの入った箱を見つめ、いろんなことを思い返す。
いろんな想いの根っこの部分に竜樹さんがいてくれてるとはっきり感じられること。
それがますます私の気持ちを上向きにしてくれる。


不意に、今まで止めてた日記を本当に久しぶりに書いてみようかななんて思って、パソコンを開けてみた。
これまで竜樹さんへの想いや2人の出来事を書き綴ってきたゾンビちゃんの前で、今日の想いと向き合う。


きっかけは本当に些細なことで、別段取り立てて特別なものなんかじゃなくても。
いろいろと互いを縛り上げる要素に引き戻されることなく、気兼ねなく明日の話が出来ること。
そこに笑顔があること。
それは「まだやれる」って気持ちを呼び起こす。


まだ見ぬ明日の話を出来るなら。
それを本当に希いながら穏やかな気持ちと笑顔で育めるなら。
まだ大丈夫なんだって思う。
まだ大丈夫なんだって信じてる。
竜樹さんとの電話の後、気持ちよく眠ることが出来た。
大好きな声が連れてきた眠りは幾分いつもよりかは身体の疲れを取り去ってた気がする。


早いもので今日で9月も終わり。
9月だからじゃないけれど、何か始めようと思ったことのいくつかは目鼻がつき、いくつかはまだ全然着手できていないけれど、追い立てられるような感覚に捕らわれてないだけマシなのかなとも思う。

業務の関係で月末はいつもにも増して朝から殺気立つのだけど、その感覚がないのは親会社がらみの業務の一部が今日まで止まるからだけではきっとない。
雁字搦めに縛り上げる鎖のひとつひとつをきちんと外していけばいいやと居直りなおしたことが幾分殺気立つのを抑えてるのだろうとも思う。

「ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、健やかでいましょう」なんて使い古したような文句を思い返しながら、社屋に入る。


親会社絡みの業務がないと、ここまで気持ちよく仕事が片付いていくのかと感心するほどに仕事がどんどん片付いていく。
物理的な仕事量が多少穏やかなのもあるのかもしれないけれど、それだけ親会社が絡む仕事は瑣末なことでまで時間を食いつぶしてるのだと再確認。
殺気立たない上に体力の消耗も少ないというのは社内にいてる間においては年間数日程度でしかないから、今日はとことん伸びやかに仕事をしようと思う。

午前中スムースに仕事が進んでも午後から覆ることは往々にしてあるので、昼休みも半分ほど食いつぶして仕事を片付けてみたけれど、午後からも緩やかな流れは変わりなくすることを探す方が大変な状態に。
ちょこちょこっとやってくる、気分をあまり害さない内容の仕事をぽつぽつ片付けて、事務所を後にした。


昼休みを食いつぶして仕事をした関係で、竜樹さんに送ったメールはとてつもなく簡素なものだったので、駅についてから電話を入れる。


「お疲れ〜♪」


電話の向こうから聞こえる竜樹さんの声は妙に明るい。


「今日は元気なんですね」
「昨日の晩は眠れへんかってんけど、ちょこっと寝たらなんだか調子がええねん(*^-^*)」


竜樹さんの明るい声を聞いていると、何となく会いに行きたくなるけれど、今日奇妙なまでに穏やかだった仕事は明日から親会社の業務が被ってくる関係で大荒れが予想される。
それを思うと、ひとまず体力を温存するほうが堅いような気もしてくる。
心の温かさを手にするのか、体力温存を優先するのか。
一旦は「明日からの業務が恐ろしいから、今日は直帰しようかと思うんです」と答えてはみたけれど…


「俺、今日は元気やで?」


竜樹さんは私の手を借りなくても大丈夫そうな状態の時は、「今日は元気だから、来なくても大丈夫やで」とはっきり言い切る。
私が会社に行くとあまり体力的に余力を残せなくてよれよれになってるということもあるし、会社から竜樹邸、竜樹邸から私の自宅までの移動のことを考えると大変だからというのが理由らしい。

言葉尻を穿って捉えがちな精神状態の時は頭を抱えてしまうのだけど、逆に手が要る時もまたはっきり「手が要る」と言ってくれるのでシンプルに考えていられるうちは楽に構えていられるだけありがたいと思う。

けれど、今日は「手が要るからおいで」とも「家に帰ってゆっくり休み?」とは仰らない。
「来なくてもちゃんとやれるよ、大丈夫」と明言もしないあたりのことを考えると、何となく「今日は家でゆっくりしますね♪」と言う気になれない。


「これからそっちに行きますね」


そう言って電話を切り、ホームに滑り込んできた電車に乗る。
竜樹邸に向かう電車は私の自宅方面の電車に比べたら、人口密度が高い。
体調悪いと人いきれ起こしそうな濁った空気は体力の消耗を加速させる気がするけれど、その空気の向こうに竜樹さんがいると思うと何とはなしに気持ちが上向きになる。
人口密度の多い車輌から乗り換えるためにホームを駆け抜けて、また人口密度の多い電車に乗り換える。
電車を降りてバスに乗る前に差し入れの品をいくつか買って、これまた人口密度の高いバスに乗って竜樹邸を目指した。


バスを降りて外灯の少ない道を歩いていると、竜樹邸の灯りが見えてくる。
灯りを見るとほっとすると誰かが言ってた気がしたけれど、本当にそんな気がする。
ドアを開けて竜樹邸に入ると、お風呂場近くで竜樹さんがうろうろしておられた。


「お風呂沸かしてるねん。いい温度になったら言うから、入り?」


お風呂が沸くのを待ってる間に、竜樹母さんが来られたので暫くお話。
ひとしきりお話が終わる頃にはいい湯加減になったらしく、お風呂に入った。

のぼせやすい私でも長く入ってられるようにあれこれと配慮をしてくれてる所為か、いつもよりものんびりぼんやりお湯に浸かっている。
明日もまだ仕事があることや家に帰る時間を考えるとあんまりのんびりしてもいられないのだけど、何となくきりきりする気分になれなくて、ぼんやりお湯に浸かってる。

のぼせそうになる手前で上がって部屋着を着てると「いい匂いしてるやん♪(^-^)」と竜樹さん。
ボディシャンプーの匂いに何か気をよくしたのか「俺も入ってくるわぁ」と早々にお風呂場へ。

竜樹さんを待ってる間、買ってきたお惣菜をつまみながらついてたテレビを眺めていた。


竜樹さんがお風呂からあがってきてからも、別に取り立てて甘い雰囲気になるわけでもなく、テレビに映ってる物まね大会を眺めては時折笑ったり話したり。
座ってるのがしんどくなってきたり寒くなってくると、横になってくっついてまたテレビを見て笑って…

ここに来るまで「あまあまなことがしたくて来て欲しいと思ったのかな?」と思ってて、実際ちょっとあまあまモードに移行しつつある場面もあったけれど、耳に飛び込んだ歌に二人して噴き出して笑いこける。
結局熱を帯びた甘さよりも柔らかな暖かさの中でずっとくっついて過ごした。
のんびりとシンプルな時間を楽しんでるように見える竜樹さんの身体にだるさや痛みは、依然として居座っているのだろうけれど、しんどくなった時や不安に包まれてる時のような強張った表情はそこにない。


自然と会話が生まれ、自然とそれが育まれ、そこに暖かさがあることを感じる。
さも当たり前のようにあるようなものが、実はとても心に優しく愛しいものであることを思い出せるような感じがする。
そんなシンプルなふたりの時間は流れていくのが早くて、気がついたら竜樹邸を後にしなきゃならないような時間になっていた。


「外は寒いでぇ。そらちゃん、帰るの大変やなぁ」
「大丈夫です。ちゃんとバス乗って電車乗って帰りますから」
「もうちょっと待っててくれたら、俺、送ってったんねんけどなぁ(*^-^*)」


そう言ってそっと抱きかかえる竜樹さんを振り払ってまで出て行く気にはなれず、また暫く暖かさに身を委ねる。


…帰らなくても済めばいいのになぁ


自分を縛る鎖にちょっと手をつけただけに過ぎないのに、欲求だけはどんどん飛躍していく気がする。
まだあの家を出てないのだから、竜樹邸が私の帰る場所ではない。
それは判ってるのだけど…


…や、竜樹さんがいてるところに帰るために、敢えて歩を進めるんでしょ?


気を抜くといつまでも居着いてしまいそうな気持ちを振り払って、竜樹さんの用意が整うのを待つ。
竜樹さんが用意をしてる間も、車で移動してる間もずっと。
悪い意味での緊張感のない、ふんわりと暖かな時間はさもそこにあるのが当然のように二人の間を流れていく。


そんな時間を重ねることに対して常にありがたみを覚えるようなことがなくなってしまうような位に、当たり前のようにそんな時間を共有できるようになっても。
その暖かさを大切に重ねていけたらと思う。

シンプルだけど、暖かくて愛しい、ふたりの時間を過ごせたらと思う。

歩を進めるよ

2003年9月29日
日中不規則な睡眠を取ったせいなのかなかなか寝付けず、結局朝まで一睡もすることが出来なかった。

身体はそれほどしんどくはなかったけれど、注意力散漫で持って出なければならなかったものを幾つも忘れてきてしまった。
週明け必ず感じる出勤に対する嫌悪感が増してくると身体そのものが出社拒否に向けて総力をあげるような症状が出てくるけれど、今日は会社に荷物が届くからと社会人にあるまじき理由付けをして無理矢理移動を繰り返す。


今週は親会社絡みの業務の一部が止まるので、しなければならない物理的な仕事量は減っているはずなのに、ちまちまちまとしなければならないことが多くていつまで経ってもすっきりしない。
きっとそれは極度の寝不足と週明けの登社拒否モードが発動してるからに他ならないとは思うけれど、仕事の進みの悪さが思考の低空飛行を加速させていく。


…一体、いつまでこんなバカみたいなことを繰り返さなあかんねやろ?


仕事に対する意欲は年々低下してて、万が一突然会社に出られなくなるようなことがあった時に最低限滞りなく業務がまわるようにしとかなきゃという意識だけで仕事をしてる状態は、あまりに非建設的だよなと自分でも思う。
「いろんなことに縛られてなければ、とうの昔にこんなところ出てってやれたのに」と、恨みがましいことを考えてしまうのが堪らなくイヤ。
低空飛行の意識が仕事のミスを引き起こすことが往々にしてあるので、あまりにがくんときそうになると踊場に避難して意識を建て直し、また仕事に戻るを繰り返す。


どうにか仕事に支障を来たすことなくよろよろと仕事をしてたけれど、私を含めて数人の社員のちょっとした連携の悪さが仕事に支障をきたしたことが判る。

尤も私が気づいて対処できることといったら、「いつもと数値が違うから、もしかしたら現行の仕様ではダメなんじゃないですか?」ということだけで、差異が判ったところで具体的にどう対処したらいいかなんてことまでは私自身対処法を知らされてはいない。
最初にその物件を対処してたボスがきちんと後任の課員にそれを伝えてなかったのも課員自身に「どこかおかしい?」っていう勘を呼び起こすに足りなかった原因ではあったし、この件について具体的に「誰が悪い」ということなんてなかったんだろうけど。

今担当してる課員は「金岡が気づかなかった所為でこうなった」と謂わんがばかりの口調で後手の対処に奔走してる。


…そこまで言いますか?


元々この人は何かにつけてずっと喧のある態度でやってこられてたから今に始まった話じゃないわと思うけれど、今日は「あー、この人こーいう人だわ」で片付ける気も起こらず、重要案件について何ひとつ引継ぎしてなかったボスに一言言う気も起こらず、自分の業務が終わったらとっとと事務所を後にした。


帰り際、先輩に「ねぇやん、目の下真っ青やでぇ(゜o゜)」と指摘されてた通りだと、随分青い顔をしてるのが電車のドアに映る自分自身の姿から判る。
移動を繰り返し、途中下車して用事を済ませ、もう一度また電車に乗ろうかと思ったけれど、またドア側に立った時窓に映る自分の疲れた姿を見たくなかったのと、少し身体を動かしてみたくなって最寄駅より何駅か手前から自宅まで歩いて帰ることにした。


吹く風が随分涼しく、いくら歩いても汗ばむ感じもなく気持ちよく歩ける。
何気なく空を見上げては「あー、火星ってパパラチアサファイアみたいな色しとうなぁ」とか「今日の月はえらく大きく見えるなぁ」とか思いながら歩を進める。

何時の間にか、たかと会う時いつも歩いてた道までやってきてた。
いろいろ起こることを都度伝えてくれるたかと整理できるまで話さない私。
この道を歩きながらひとしきりたかの話を聞き、いざ自分のことに話を振られると口を閉ざす私にたかはよく怒ってた。


「そらは何も言わなければ誰も心配しないと思ってるんだろうけど、何も言わずにげそっと痩せてる姿を見たら、何があったのか、何を考えてるのか伝えてくれた方がはるかに安心するんだよ?」


そう言ってくれたたかは今は海の向こう。
がくんとやってくる低空飛行の思考回路は手紙に認めてもたかの手元に届く頃には大したことではなくなってるはずだし、たかの手元に届く頃まで解消されてないことは結局誰に話しても解決する訳のないことだと自分自身が判ってるから伝えようとは思わない。


…だからこそ、たったといろんなものを片したいんだよ、自分の手で。


「いつまでもこんなヤツでごめんよぉ、たかぁ(-人-)」と残像のたかにちょっと詫びながら、たかと歩く道を通り過ぎ大きな月とパパラチア色の火星をお供にてくてく歩き続ける。


いろんなものが今すぐに片付かないことも、本当に欲しいものはまだ多分手に入らないだろうことも重々承知してる。
何重にも鎖がかけられてるような感じが否めないまま時間だけが過ぎていくような感覚を覚えることに苛立ちを覚え、多分そんな状態に竜樹さんもまた苛立ちを覚え。
その繰り返しに耐えかねて、重い腰を上げてまず絡まった鎖のうちの1本に手をつけた。


「来年家を出るよ」と父にだけでなく母にも伝えたこと。


本当なら「竜樹さんと一緒に暮らしたいから家を出るよ」と伝えたかったけれど、現時点ではその冠をつけることが出来ない事情が多すぎる。
冠をつけても大丈夫な状態というものに拘りつづけていたら、いつまでも鎖の大元に手をつけることは出来ないから、敢えて冠を外して歩を進める。


勢いよく鎖を引きちぎるには力が足りなくて、さりとて雁字搦めでいることに甘んじる気にもなれなくて、どちらを選んでも楽しいことや満たされることよりも負担やある種の負い目が増えることも理解して。
それでも歩を進めることを選び取る。


…もしも、この先。
歩を進めることを選んだことで自分の生命だけに足らず大切な誰かのことを抱えることにまで負担だと感じるようになるならば、その時はいざよく進路を変えよう。
誰かを抱えることを負担だと感じてしまうほどに愛情や思いやりがなくなるなら、そんな道を歩み続けることが正しいことだとは思えないから。

それは別に今思った訳じゃなく、竜樹さんが病に倒れてからずっと思ってたことではったのだけど、どうしても会社で不機嫌なことばかり続くとつい自分ばかりしんどい思いをしてるような感覚に陥りがちで、このところその傾向が顕著だったと自分でも感じていたから、辛いと感じることについて自分以外の何かのせいにしないために敢えて当たり前なことを思い起こす。

立ち止まることなく歩いてるうちに徐々に思考はフラットな私に返りつつあるのが判ったのは、ちょっと嬉しかった。


他人には「たまには立ち止まってまわりの景色を見てみよう」なんていう私は、ただ家に向かって歩くという行為の中ですら立ち止まることを知らない。
結構な坂道を延々振り返ることなく歩きつづける。
止まれば二度と歩けなくなるんじゃないかと思ってるんじゃなかろうかと自らが感じるほどに…

別に立ち止まれば二度と歩けなくなるなんて訳はない。
周りの景色を見てからの方がはるかに歩きやすくなることだってあることも知ってる。
それでも、今は立ち止まる気にはならない。
流れる景色を眺めながら向かいたい場所にただ意識をおいて歩くのは、辿り着いた場所から振り返る景色がそれまで見つめた景色以上に美しいと感じることを知ってるから。


すべてを振り返るのは、手にしたい場所に辿り着いてからでいい。


たらたらした思考回路は家に辿り着く頃にはいくらかの前向きを取り戻していた。
洗面所で顔を洗って鏡に映った私の顔からは不思議と青さが消えていた。
そして夕飯も美味しいと感じながら食べることが出来て、思わず呟いてしまった。


「…あぁ、私、まだ大丈夫だわ」


金岡母は「どしたの?」という表情をしてたけど、「うん、まだ大丈夫だわ」とだけ呟いてまた平然とごはんを食べつづけた。


「寝も足りないし…」と自室でうつらうつらしてたら部屋電が鳴る。


「そらちゃん、どうしてるかと思って♪(*^-^*)」


その言葉の後に続いた台詞はちょっとばか聞き捨てならないなと思いながらも、心配の裏返しなのかもなと感じる部分もあって突っ込むのを見合わせた。

長電話が苦手な竜樹さんが長電話してくれるのも、今私がいてる場所にはいろんなものがありすぎてい気が詰まりそうだということを暗に知ってくれてるからなんだということも判るから、うにゃうにゃいいながら竜樹さんの声を聞きつづけた。


…一緒に歩くために、私も歩を進めるよ。


その先にあるものが鈍色の景色であっても。
竜樹さんがそこにいれば、きっと透き通る青のような素敵な何かに出会えると思うから。
ようやっと自分の時間が持てたのだから、思う存分自分の時間を謳歌すればよいものの、3週間近く帰宅してから寝るまでを金岡父と共にリビングで過ごす習慣が中途半端についてしまったために、何となくリビングにいなきゃならないような気がして先輩から頂いたキットと接着剤とニッパーを持ってキットを組みながら過ごしてしまった。

自室に戻ってからはこれまでのようにパソコンを開いて遊ぶこともなく、ごとりと眠ってしまった。


朝がしんどいのは金岡母が東上する前も今も変わらないけれど、目が覚めてから動き出すまでの時間はうんと短くなった。

登社拒否気味の身体もいつものことだけれど、思い切っていつもより早く家を出ることが出来たからか、本当に久しぶりに定時前に余裕を持って社屋に入ることが出来た。

時間にしたら何十分と短縮して社屋に入ったという訳ではないのだけれど、事務所に入っていきなりばたばた仕事をしてたことを思うと、かなり余裕を持った立ち上がり。
仕事が捌けるのが早いのはいいけれど、生来この社屋との相性が悪いのとまだ少々身体がついてこない部分があって、少しよろよろとしながらフローを片していく。

8月中が比較的涼しかったからか、例年と変わらない気温だと言われてもそんな気がしない。
空調を入れてるのに、頭が茹りそうな感じが否めない。

頭どころか思考まで茹りそうな感じは消耗を余計に加速させる気がして、昼食を食べてボスティを煎れた後は逃げるように最上階の踊場でぐったりしていた。


昨日の明け方不安混じりのメールを送ってきた竜樹さんのことが気がかりで、メールをひとつ飛ばしてみた。

短いメールを飛ばして、踊場でぐったりしてると返事が返ってくる。


「ちょっとしんどいです(T T)」


このむしむしとした暑さが竜樹さんの体には決して機嫌のよいものではないとは知りながら、その返事を見るとやるせない気持ちになる。

いろんな意味でしんどいことは変わってはあげれないから…


「私の元気を少し送ります」


さして私自身に元気があったという訳ではないけれど、言葉にすることで「取り敢えず元気にはしてるんだな」と判ってもらえたらいいやと思いながら、また事務所に戻る。


午前中緩やかな仕事の流れでも、大抵昼から覆されてひどくしんどい目に遭うのは毎度のことなので、スタートからあまり気を抜いてはかかれない。

きりきりと片付けるべく書類箱に入った書類をひっつかみコピー機に向かう。

私が使う前に大量にコピーを取った形跡があったので設定を元通りにしてコピーを取ろうとすると、コピー機ちゃんは「うーん」という音を立てたまま給紙台から紙を送る気配がない。
大抵紙が送り出されない時は電源を切ってやり直すと問題なくいくというのはお約束だったので、他の課員さんたちがしてたみたいに電源を落としてみた。


…すると、今度はまったく電源が入らない。


取説を読んであれこれ試してみるけれど、うんともすんとも言わず。
「私の左手は必殺シャイニングフィンガーか爆熱ゴッドフィンガーだったのか」と感心してる場合じゃない。

ただでさえコピー機を酷使する部署なので、係長さまにお願いしてコピー機のメンテナンス屋さんを読んでもらうように手配。
通常の仕事をしながら時々コピー機の前であーでもないこーでもないとやってると、ボスと部代がやってくる。


「どないしてん、こわれたんか?」
「すみません。私が壊したらしいです」


ボスもあれこれ触れる人だから方々をいじってみられるけれど、やっぱりうんともすんとも言わない。


「がんがんがんがん!」


とうとうボスはコピー機ちゃんを叩いたり蹴ったりしはじめた。
その横で部代は取説とコピー機の操作ディスプレイを交互に睨んで検証しておられるけれど、やっぱりうんともすんとも言わず。


このところ、私の周りでよく物が壊れたりなくなったりしてる。

先週末は使用してから推定7年目になる計算機の税率が何故か55%になったまま直らず。
何時の間にか使用6年目のシャチハタまで紛失。

…計算機もシャチハタも新調、もしかしてコピー機も?

あまりしょぼくれてばかりいてても具合が悪いのでコピー機の調子を尋ねる人には「私が壊しました♪」と明るく説明してはしょげるを繰り返し。


「コピー機も暑気負けしたんやって♪(^_-)」


ディスプレイ越しに係長さまがそっと顔を見せて笑顔でそう言ってくれるのに救われながらも、「年内中にあと幾つ物を破壊するのかしらこの左手は」とじっと左手見つめる始末。

「私の左手はハカイダーチックな波動を醸し出す爆熱ゴッドフィンガーです♪」などと居直れれば大したものだと思いつつ、居直りきれない小心者。
早くメンテナンス屋さんが来てくれることを祈りながら、仕事を片していく。


結局夕方頃やってきたメンテナンス屋さんもコピー機を直しきれず、完全復帰は明朝以降。
私の左手は思った以上の被害をコピー機に与えたらしい。

…って言ったって、電源切っただけのことなんだけども、この左手(-_-;)


自分がやったことを反省しつつ、ここまで奇特なことが続いてることをかかかと笑い飛ばせるほどの強さがあればと思いながらもそれが出来ない中途半端さが恨めしい。

せめて1日の終わりに竜樹さんにこのことを話すことになったなら、笑顔でネタ話のようにさっと流してしまえるといいなと思う。
些細なことまでずるりずるりと引きずりつづけるのは悪い癖でもあるから。


「私の左手は爆熱ゴッドフィンガーみたいに、いろんなものを破壊していくねん♪」


そう言って取り敢えずちょっとだけ笑って今日の日は終えよう。

笑って片付けられる問題じゃないのだろうとは思うけれど、いいことであれ嫌なことであれ出会った物事に対して去り際にふっと笑顔を残せたらいいなと思う。

               
                
                 
                 
…これ、私の大好きな代打の君が書いたらきっと楽しい文章になるんだろうなぁ。




今日から9月。

遅れてやってきた暑さが9月になればいきなり涼しくなるわけでもなく、9月になったからといって取り立てて何が変わる訳でもないのに、挨拶やメールの冠に「もう9月ですね」なんて書き添えてしまうのは、きっと刷り込みなんだよねと友達に指摘されて「なるほどな」と感じる。


9月になったからという訳ではないけれど、ほんの少しだけ心が揺れる。


金岡母が金岡家に戻り、少しばかり重責から解放されたからだろうか、疲れがどっと出たような気がする。
この3週間ばかり、夜型の私が世界陸上を殆どみることが出来ないまま倒れるように眠る毎日だったし、昨日も100×4リレーのあたりで力尽きてしまったはずなのに、自室に戻ってから妙に寝つきが悪い。


やっと意識が落ちたかなと思った頃、携帯の着信音。


竜樹さんからかかってくる電話やメールの着信音はここ2,3年ずっと変わってない。
電話は殆どの場合部屋の方にかかるので、携帯の方に連絡が入ることは少ない。
だからメールの着信音だけでもと、明るい曲にしてるのだけど…


届いたメールは文体こそ明るいけれど、その底に不安が見え隠れする。
多分週末弟さんが戻ってこられたことで、竜樹ファミリーの中でいろいろ話す機会があったのだろう。

それこそ、いいことも嫌なことも。

以前のように我慢して我慢して我慢したおして、最後にどかーんと不安を爆発させてたことを思うと今回のは軽症だったのかもしれないけれど、少しちゃらけたその文面を額面どおりには受け取ることが出来ない。
明るい文面だったからこそ、その不安はよりシンプルに伝わってきた気がする。

はっきり動かない頭で携帯を触り、ただシンプルに自分の想いを言葉に置き換える。
こんな時だから、推敲したおさない方がより自分が思うことをシンプルな言葉に託す方がいい気がしたから。


暫くして戻ってきた返事は、やっぱり少々ちゃらけた文章だったのだけど、安心して眠れそうだということだけがよく判った。
私が何を言ったところで根本的な問題が解消する訳でないし、その不安を掃うことができるのは直接的な働きでしかないのだろうとは思うけれど、とりあえずいたずらに不安に駆られて眠れずにいるよりかはマシなんだと思う。
そう思って、のこり僅かな時間眠りについた。


新学期が始まり、駅までの道程や移動の車内に学生の姿が増えて。
どことなく賑やかなのはいいけれど、蒸し暑い空気が人口密度が増えることによって余計に温度が上がるような感じがする。
長い休みの後の憂鬱さと少しばかり真新しい空気を思い、自分自身の記憶に刷り込まれたはじまりの時の気持ちが蘇る。


9月になったからといって、いきなり涼しくなる訳ではない。
9月になったからといって、今までの状況ががらりと変わる訳でもない。
だけど、心の中に吹く僅かばかりの新しい風に、不安に揺れる心は少しだけ前向きな方向に行き場を変える、そんな気がする。


今までもそれ相応にいろいろなことがあって、新しい年を迎えてからもさらに「これでもか」とばかりにいろんなことがあって。
それらすべてを打開するために敢えていろんな物事に制約を加えて、戦い抜くことただ一点に意識を傾けつづけて。
一点に意識を傾けることによって確かに楽になれた部分はあったのだけど、笑顔も少しだけ減った気がしてちょっと疲れもこんできてた感じは否めなくて。
物理的な物事は少しずつでも殺ぎ落としていけたような気はしてても、傍目から見ても自分自身から見てもきっと間違いなく余裕なんてなくて、それが竜樹さんを安心させるに足りない何かを生んだかもしれないという気もしてる。

自分がしたいと思うことは、いつでもそこそこ沢山あって、それをすべてこなすには身体も時間も足りないから、最優先にしなければならないこと以外の力を分け分けして日々を過ごし、それに疲れてどんどこ殺ぎ落としを繰り返してきた。
多分、そのやり方で間違ってはいなかったんだとは思うけれど…


物理的な不安材料を解消する力が未だ足りないのだということが事実であるのなら。
出来ないことを嘆いたり闇雲に壁を打ち破ろうと暴れたりする以外の方法に切り替えてみよう。

力を持たぬものは持たぬものなりの戦い方があるのは先刻承知。
物理的な不安材料をただ打ち破るだけが打開策とは限らないこともまた先刻承知。

諦めなきゃならないことも確かにあるけれど、今できることは可能な限りやってやろう。
いつ出来なくなるか、いつ終わりになるかを怖がってても不安はいたずらに増殖していくだけ。
私が今をそれなりに楽しめてると感じられれば、竜樹さんの中にある私に対する負い目なんてなくなるような気もするから…


自分がすることを過剰に評価して欲しい訳ではない。
ふたりでいるために必要なものを手に入れようと奔走することに負い目なんて感じて欲しくはない。
最大限今を楽しみ、好きなことも嫌なことも相応にやるべきことを全うして、その先に少しばかりの笑顔が勝つなら、その笑顔はきっと不安を小さくするんじゃないかと思うから。


それが、物理的に何を変える訳でないとしても、気持ちが軽くなることで動き出す何かもきっとあるはずだから。


9月になったからじゃないけれど、ちょっとだけ戦い方を変えてみよう。
「自分にはこれが足りないから…」と足りないことを恨まずにいられるように。
足りないことで負い目を感じさせずに済むように。
小さな笑顔が大きな不安をいつか鎮めていけるように。


ふたりでいることを掛け値なしに幸せだと喜べるように。


蒸し暑い9月最初の日に想う…





本当は今日逢いに行こうと思ってた。
          
         

金曜日からずっと体調が悪くてどうしようもない状態だって知ってたのもあったけれど、人外魔境でこてんぱんにされて、久しぶりにすごく気が滅入ったから。


身体がどれほどしんどくても、
気持ちがどれほど消耗してても、
あなたのおうちであなたに何か出来るなら、
それを喜んでくれるなら、
身体の疲れも気持ちの痛みもどこかへ行く気がするから…


でも受話器から聞こえるあなたの声に、正直今日は行かない方がいいかもしれないなと思った。
自分が癒されたい気持ちの方があなたの役に立ちたいと思う気持ちよりも強かったから。


ぽつりぽつりと話してるうちに、今朝姉さまに質問していたことの答が判ったこと、
それをあなたが早く知りたがってたこと思い出した。

                 

「姉さまからお返事来てね、詳しく判りましたよ?
 メールでお送りしておきましょうか?」

              

口を開くと泣き言しか出てこなさそうで、
咄嗟に思い出したことを口にしてみた。

「知りたいと思うことは出来るだけ早く知りたい」と常々言ってる竜樹さんにはそれのが嬉しいかなと思ったから…

               
              
「逢った時に話してよ。
 俺は急がないし、その方が楽しいと思うから」

           
            

こんなことは別に特別なことじゃないのかもしれない。
一緒にいる時間を楽しいものにしたいと思うことなんて別にさして特別な感情じゃないかもしれない。


それでもね、嬉しかったんだ。
長いことかかってやっと見つけた互いのこと以外に共有できる何かを、
ただふたりで楽しもうと思ってくれること。

そんな感情があると判れば、まだ何とか乗り切れるかもと思える。


            
「逢った時」に話す時間を大切にしてくれること。


それが今日、明日を歩く私の糧になる。


            

…ありがとう。
          
            
          


1ヶ月休みなしで走ってきて。
終わりの方は殆ど身体の方がブレーキかかってて、
それを無理矢理引きずって、駆け抜けた。

…や、最後はちょっと歩いたかな。


それでも、まだ終わりではない。
すべてまだ終わってなんかいない。
終わるはずなんてありはしない。


              
           
現状、仕事の方も流動的に忙しくて、
心身ともに斤量は嵩んでくる。
別にそれは仕事だけに限らず、
今の私にはどこにいてても相応の斤量を積まれてる状態。

           


おまけに、この湿気孕んだ季節に差し掛かり、
大切な人の身体にも嫌な影が立ちこめる。

               
           

週に1日のオフを取れれば御の字の世界で、
家には殆ど寝に帰ってきてるような状態で、
ちょっと抱えるものが増えすぎて、
別に抱えてきたものと新たに抱えたものをすべて引きずって歩けない訳じゃないけど、

今は全力で片付けたい案件がある。

次のターンで潰れるのか、その次のターンで潰れるのか。


そんなものはいつだって判らない。


心を文字に置き換えることで戦う力を培ってきたけれど、
今はその作業に充てる時間すら惜しい。
寝るのも食べるのも、本当に自らが必要としないことに割く時間すべてが煩わしいと感じるほどに、

今はすべてが足りない気がする。
             
                  
                
              

本当は今週くらいから復帰する予定だったけれど、
完全復帰の予定は未定です。


お返事返さないとならない友達もいます。
ここへ戻ってきた時にしなければならないと思ってたことがあります。
すべてを先延ばしにするのは主義じゃない。
先延ばしにして次に履行できる保障なんてないもの。


けれど、今はまだ「こちら側」ですることに力をかけていたいから。


代打の君が伝えてくれた2週間後の復帰予定という期限は切れてしまっているけれど。
多分もう暫く、ネットの海を離れたところで戦います。


今度何時戻れるってお約束は今はまだ出来ないけれど、
残してる間はまだ戻るかもしれないという可能性も意志もあるから。

「待っててね」なんて言わない。
でも、ここで自らが記さなくても遠いところからちゃんと見てるから。
今はまだ、ちゃんとしたことは出来ないけれど。
今しなきゃならないことをしてきます。

             
            
             
大切な「あなた」の行く手が明るいものでありますように。


私の行く手が今以上に明るいものでありますように。


どこが日記なのだと聞かれたら、観察日記とお答えを。代打です。
 
 
最近の研究班、彼女について貴重な発見を。
前回うっかりご報告し損ねたので、慌てて追記をば。
金岡さんの正体は、やはり人間ではなかったのです。
 

参考文献はこれ。http://www.d-uso.to/animal/index.htm 
 
 
 
 好きなことは「渦を巻いて白き虚空に消えゆくこと」
  
 あらゆる束縛を嫌い、渦を巻いたかと思うと白い虚空に消えてしまい、
 どこに行ったかわからず

 突然フッと白き虚空に消え去っているのです。
 二度と戻ってきませんので、
 お別れの心構えをいつでも持って下さい。
 
 
 
 
そんな馬鹿な。
 
 
そう否定したい気持ちと、「やっぱり…」という気持ちの交錯する21世紀。
アトムは空を飛び回り、金岡さんは白き虚空へ消えるのです。
アトムは十万馬力ですが、金岡さんには基礎体力が無いのに。すごいや!
 
やっぱり金岡さんはひと味ちがう。
 
 
前回、無駄に改行などしてみたにも関わらず、
これを報告し忘れるなんて、代打のばかばか。
金岡さんの気まぐれ復帰と一瞬間違えた方、
(万が一居られましたら)大変申し訳ありません。
  
でももう大丈夫!
  
なかなか帰ってこない金岡さんを呼び出す呪文、
もうみんな分かってるよね☆ レッツ!
  
  
 
ベントラベントラベントラ・・・・・・。
よく考えなくても怖いよね、ライオンに見つめられる毎日。
 
 
 
 
 
祝・60000ヒット。
しかも6月に。あそれ、目出度いなと。
 
 
金岡さんのVAIOをコンタクティーにしたり、
彼女の真の恐ろしさを暴露したりと
此処での悪事に枚挙の暇無い代打でございます。
お久しぶりの方も初めましての方も御機嫌よう。
 
少しは優雅に参らなくてはと、本日は少々殊勝な心持ち。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
無理。
 

 
 
 
 
そして60000ヒットとは何も関係ないのです。
代打が見たら60000を越えていたので。そんだけ? そんだけ。
しかし一応お知らせせねばなるまいと、伝えた電話線の向こうの声は

「そうなん? よーみんな見とるなあー」
 
 
他人事。
 
 
 
 
さて、その金岡さん。
 
幾度壊れようと代打にゾンビと呼ばわれようと頑なにVAIOを使い、
壊れ気味なSONY製携帯を使い続ける星一徹気質の女。
いや、気質どころでなく正に星一徹。
必殺技は卓袱台返し。
 
いかん、混ぜっ返すだけで先に進まぬ。
本題に入らねば。
 
 
 
 
 
指令が入ってきたのは昼下がり。
何の前触れもなく入ってくるのは毎度のこととして。
  
「更新再開の目処が二週間先までつかないの」
「予定が詰まっててしんどいけど、何とかやってるから」
 
・・・書いとけやあ!
 
 
脅されてはいないながらも内容はそういうことで。
ちょっぴり涙目になったんだ、母さん。
てなこと書いてると刺客が送られそうな気分になるんだ、父さん。
そんなこと書いてたら背骨の辺りがゾクゾクしてきたんだ、ばあちゃん。
人気のないところと夜道だけは気をつけようせめて。
 
 
・・・・・フ。
 
 
 
 
そしてセリヌンティウス登場。
今日もメロスの代りに走る。こんな古典文学みたことねぇーッ!
 
しかしてこれが現代における「走れメロス」。
よもやこれがメロスの陰謀であったと誰が知ろうか。
そう、これは散々走らされたメロスの密かな復習劇であった!
 
 
 
 
 
 
――― 次 回 予 告 ―――
 
  
何か適当なことを書こうとしてやめた。(適当)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「いきなりなお願いでごめんなさい」
とか言われたような気もするセリヌンティウス。
 
  
兎にも角にもそういうことで。(大雑把)
金岡さん御本人の日記はあと数週間お待ちあれ。
 
 
 
 
VAIOに基礎体力をつけろと進言していた代打、最近つくづく思う。
金岡さんが基礎体力つける方が先じゃなかったかと。
体力不足のメロス。走らせたら死にそうなメロス。
そういえば、レバニラにも負けたんだった。
(2002年5月の日記参照。ここ、テストに出るぞー)
 
 
・・・・・・・・・・・・。 

  
ストレッチだ、金岡 霄。
ラジオ体操だ、金岡 霄。
レオタードにベルトを付けて頑張るんだ金岡 霄。
おたっしゃ倶楽部にはまだ早すぎる。

 
 
サロンパスを握りしめつつ、今日も代打は固唾を呑んで見守っている。
外は抜けるような青空が広がっている。
このところ鈍色の空をうんざりしたような面持ちで眺めたり、じけじけした空気や不安定な気圧に身体のあちこちが不調続きでげんなりしていたのだけど、すっきりとした青空が広がっているならまだ機嫌はいい。

快晴で風が強いとヒノキの花粉がまいまいして、それが目やら鼻やらめろめろにしていくけれど、あと2日仕事をすれば連休後半戦。
昨日おこづかいを頂いたのだから頑張ろうと、ひとつ気を吐き家を出る。


案の定、ヒノキの花粉でめろめろ状態。
それとは関係ないのだろうけれど、今までよろよろと頑張りつづけてた携帯がメールを受信するもそれをセンターから引き取って来れない、メールを打っても飛ばせない状態に陥る。
さりげなく会社に着いてからもメールを飛ばそうと試みるけれど、いつまで経っても打った文字は携帯から離れてはいかない。


…とうとう携帯くんはご臨終ですか(-_-;)


携帯の不調にショックと苛立ちは隠せないけれど、それに引きずられると仕事まで絶不調極めるので、鞄の奥底に携帯をぎゅーと押し込んで、仕事を始める。


身体から休みボケが少し抜けてきたからなのか、物理的に仕事がないからなのかはよく判らないけれど、作業の進みは割といい。
長く続いた鬱っ気もここにきて少しばかり形を潜めてきてるようで、何をするにも蹴躓くような感覚からは解放されつつある。


この会社の人々は誰もが常にマイペース。
それは私もマイペースで仕事を片せばいいんだということの裏返しでもあるとは知りながら、どうもこの人達の間の悪さは性に合わない。

それでも「えへへ、今頃出てきちゃったよ。こんなんが(*^-^)ゞ」って感じで仕事を持ってぷらりとやってくる社員さんを一蹴することもできず「あー、そうですかぁ。調べますね、へへ(もっと早く気づけよとは思うけれど)」と片付ける私もまた随分ヤキが回ったなぁと鼻から息が抜けそうになりはしても、そこから鬱々に転落していかないのは予想してなかったお小遣い効果なのか、それとも鬱々ループの軌道から上手に逸れていけたからなのか。


「ちゃぁんちゃちゃぁんちゃちゃっちゃちゃー、ちゃっちゃっちゃちゃちゃっちゃちゃー♪」


大音量で「教えて」の着メロが事務所に鳴り響く。
そうかと思ったら威風堂々のクラブミックスもどきな着メロに変わり、また「教えて」に戻る。
電話で結構シリアスな話をしてる時に、いきなり「めぇぇぇぇぇっ」とヤギの鳴き声。


「やっぱり、これはあかんかなぁ?」
「やめましょうよー、笑いものになりますよ(-_-)」


昨日機種変かけた電話の着メロを設定するためにボスが音を鳴らしつづける。
おかげで電話口でいきなり笑い出さないように堪えるのが大変。


…ほんっと、よくよく緊迫感ないよなぁ


先月末あたりから事務所のあちらこちらで厄介な案件が勃発してたから、これくらいのガス抜きは必要なんだろう。
どこ吹く風でヤギをめーめー鳴かしてるボスに思わず笑みが零れる。
1年通じての勝負ってやつは、緊迫感Onlyでは持たないのかも知れない。

長期戦を常にテンション高いまま乗り切ることは難しい。

それは今まで歩いてきた道程考えたら十分に理解してたつもりだけど、行き詰まり感を引きずったままでは道を拓くに無理があるんだよなと、めーめーヤギを鳴かしてるボスの姿から改めてそんなことを感じ取りながら、仕事を片していく。


昼休みになっても、ボスの携帯からは大音量でいろんな着メロが流れる。
「教えて」とクラブミックス調威風堂々で迷うボス。

「途中でヤギが鳴くのってかわいくていいですね」と私が素で発した言葉をボスは拾い上げてしまった。
あいたたたな表情してる部代を尻目ににこにこ顔のボス。

数時間後には部代に説き伏せられて別の曲にしておられたけれど、暫くするとヤギがめー。
そんな姿に少しばかり元気を貰う。
私の携帯も昼休みにはどうにか稼動するようになったから、ほっと一安心。
珍しく機嫌よく事務所を後にする。


今週末は海衣がお江戸から戻ってくる関係でいつ竜樹邸に行けるのかちと読めないので、一度竜樹邸に出向いておこうかなと思った。

竜樹邸から帰宅後、一度も連絡が取れないのも気になる。
元気で遊びまわってて連絡するのを忘れてるだけならいいのだけれど、往々にして連絡取れないほどに調子が悪くてということが多いから。
「これからお伺いします」というメールを飛ばし、途中で食材を買い込んで電車を乗り継ぎ竜樹邸を目指す。


竜樹邸の最寄の停留所を降りた時、声をかけられる。
「誰やろ?」と思って顔をあげると、竜樹父さんの笑顔が見える。


「一緒のバスに乗っててんなぁ」
「あ、そうだったんですね。気づきませんでした」


竜樹邸までご一緒することになる。
仕事のことや今度の休みのことなど、いろいろと話しながらおうちを目指す。


「仕事の帰りなんてしんどいやろうに、いつもありがとうなぁ」
「いえ、家に帰ってしてることと殆ど同じようなことを竜樹さんとこでしてるので、あまりしんどくはないんですよ」
「それでも余計な移動をせんなんのはしんどいで」
「そんなことないですよ。竜樹さんとこに寄って帰るといい気分転換になりますから」


ありがたがってもらえるほどのことは本当に何もしてないから、改めてそのことに触れられるとくすぐったい感じはするけれど、さりげなくすることを認めてもらえるのは嬉しい。
その後仕事の話に及んだけれど、このご時世でいい話が聞けるところなんて本当に稀だってことを再認識するだけ。
「しんどくても、今は踏ん張って続けやぁ」と励まされて、別れた。


「こんにちはー」


竜樹邸にあがると、竜樹さんはくたっと横になっておられた。
部屋がやたら暖かいので話を聞いてみると、寒気がするとのこと。
どうやらこないだからの不安定な天候で風邪を召されたのかも知れない。

荷物を置いてそのまま台所に立ち、流しにある洗い物を片付けて簡単なごはんを作り始める。


あっさりしたものでないと身体が受け付けないとのことなので、簡単な肉豆腐と竜樹さんのリクエストで釜揚げうどんを作って食卓に置く。


「霄はごはん食べへんの?」
「冷蔵庫の中にあるものをみて考えてからにします」


竜樹さんが食べておられる間、向かいに座ってその様子を眺める。
一生懸命食べておられるのは相変わらずだけど、食べてる様子からも具合が悪いことが見て取れる。

あまりじっと見つづけても食べられないだろうと思って、冷蔵庫の中のもので日持ちしなさそうなものを選って適当に味付けして調理する。

名前のつけようのないような料理でも竜樹さんに出すものはそれなりのものにするけれど、自分が食べる時は本当に適当に作ってしまう。
竜樹さんを見つめては適当名もなきごはんを食べ、横になってる竜樹さんと少し話をした後、また後片付けを始める。


後片付けを終えて時計を見ると、帰らないといけない時間まではまだ間がある。

徐に油で汚れてるレンジをキレイに磨き始める。
キレイ好きの竜樹さんがレンジにまで手がまわらないところを見ると、相当具合が悪いんだなぁというのがよく判る。

きちっとしてないといーーーってなる竜樹さんがいーーーってなる気持ちすら起きないほどに具合が悪いのだと思うと、胸が痛くなる。

きこきこレンジを磨き、油汚れの面影すら見当たらないところまで徹底的に磨いて、リビングに戻る。


眠りが浅い竜樹さんが珍しくくすーっと眠っておられた。
竜樹さんの隣にちょこんと座り、その寝顔をそっと眺める。


「…そらちゃあん、テレビ見ぃやぁ……」


一瞬起きてるのかと思うような反応に驚きながらも、またくすーっと眠りに還って行く様子を見て痛みと愛しさが同時に心の中を掠めた気がする。


いろんな兼ね合いを考えると、あまり悠長に構えてる訳にはいかない。
さりとて、急激に物事を動かせる状況でもない。
いつまでじっとやり過ごせば大風は凪ぐのか、風の凪ぐタイミングが見えない。
それをやるせなく思ってるのは私だけでなく竜樹さんも同じなのだろうと思うけれど…


劇的な変化を齎すことのできない私を大切に想ってくれる竜樹さん。
竜樹さんの傍で何かの役に立てたらという気持ちしか取り得のない私をかわいがってくれる竜樹さんのご両親。
そして、安心させるに足りるだけの要素を提示できないまま、自分の意志だけを押し通す形を堪えながら黙認してる私の家族。


あとどれだけ頑張れるのかは自分でも判らないけれど。


いつか身体の不調に苛まれることなく、何かしらの不安を両手にいっぱい抱えすぎることなく、竜樹さんがただ安心ひとつを手に入れてぐっすり眠れるように。
不調に苛まれた結果、意識をなくすような眠りではなく、純然と休むために眠れるような、そんな場所を手に入れるまでは、投げることなく出来ることをしていくだけ。


いつか安心感で満たされた寝顔を見つめられるように。
大切に想う人の心に晴れた空を取り戻せるように。


時折気持ちを和らげる何かに触れながら、ただ投げずに出来ることをしていくだけ。


久しぶりに会社に行く日。
一旦は収まっていたものの、夜から再び降り出した雨のせいで再び吐き気付頭痛が勃発。
そのために寝つきが悪く、借りてるビデオを見てもまだ眠れず、薬を使って無理矢理に休む。


目が覚めて、窓の外を見てげんなり。
昨夜からの雨はあがることなく降り続いていた。
しかも、吐き気付の頭痛もまだ身体の中に残っていて、体を起こすのも横になってるのも辛い状態。

咄嗟に休もうかと思ったけれど、今日は4月の最終日だからいろいろとまとめなければならない書類はある。
全体会議は月曜日に済んでいるから会議用の資料は必要ないだけマシだけれど、だから休んで大丈夫という訳じゃないから、気を吐き吐き家を出る。


電車に乗っていつものように携帯をこちこちするけれど、座っていても下を向いても吐き気が治まらず、ろくな言葉に置き換わらない。
不用意な言葉が飛び出す前にその作業をやめ、吐き気と格闘しながらずっと下を向いていた。


事務所に入ったら一体どれくらいの仕事が山積になってるのだろうとどきどきしながら机に向かうと、思ったよりは仕事の山は少なかった。
ただそれは私の机にあるものだけであって、机以外の場所に点在してただけだったのだけど、一気に数を見るよりは精神的にはマシだったのかさほどげんなりすることなく片付けの作業に入る。

ようやっと休んでた間の作業がひと段落して、今日の仕事を取りにフロアを移動すると、ここぞとばかり喋り捲る先輩に捕まる。


そこでかなり体力を消耗したのは否めないけれど、消耗しきってる場合でもないので話がひとしきり終わるまで事務所に戻った時にすぐに作業に着手できるようにたまってる書類を整理して、話し疲れた頃そっと事務所に戻る。
大幅に時間を取られてしまったので、そこから先は余裕のよの字も出ない状態で作業を続ける羽目になってしまった。


「おーい、金ちゃぁん(*^▽^*)」

「はぁい」


作業が佳境に入ってきて戦闘モードがかなり高い状態だったから、きっと文字にするほど愛想のよい返事ではなかったような気もするけれど、「ちょっとおいでヾ(^-^*)」とお呼びになるボスに「少々お待ちを…」とは言えず、立ち上がってボスの許へ行く。


「金ちゃんが休んでた日にな、こんなものが出てん。
金ちゃんもよく頑張ってたからなぁ(*^-^*)」


そう言って手渡されたのは小さく畳まれた紙。
開けてみると、数字がちょこちょこ書いてある。
読んでみると、どうやら臨時でおこづかいが出たらしい。


「毎度毎度少ない額で申し訳ないけれど、決算でちょっと黒が出たからな(*^-^*)」

「ありがとうございますm(__)m」


自分の席に戻り、小さく畳まれた紙に書かれた数字をじっと見つめる。
額面としてはやっぱりおこづかいっぽいのだけど、予想してない臨時収入は嬉しいもの。
社長のところへ行ってお礼を言って、また事務所に戻って仕事を始める。

ひとつ機嫌がいいことがあると、多少いらっとくる案件も前向きに片付けようという気になる勝手者。
だかだかっと仕事の山を一掃しにかかり、飛んでくる案件を可能な限り前向きに片付ける。


「決算期明けのおこづかい」効果はなかなかよい作用を為すようで、久しぶりに鬱々ループと無縁な状態で過ごしていられる。
昼休みにボスや社長と話していると「昔はこんなちまっとした金額じゃなかってんでぇ(-_-;)」という話が飛び交い、「へぇ、そんな時期もあったんですねぇ」と現実味のない数字を聞いて驚いたりしたけれど、別に今のちまっとした金額にがっかりする訳でもなく、引け目を感じることもない。


ちまっとしたおこづかいの使い道を考える。
今やろうと思ってることをするにあたって、私が持ってる機材だと今後対応しにくいのでいっそ機材購入に充ててしまおうかとも思ったけれど、機材を購入したらそれできっとおしまいだろう。
買える時に買っておきたいというのは私の性分ではあるのだけど、1年間頑張ってきて自分だけのご褒美で終わるのもなんだかなって思う。


ふと浮かんだのは竜樹ファミリーと金岡両親、海衣たち。


連休後半に海衣たちも帰ってくる。
竜樹ファミリーと金岡両親が一同に会して食事をするなんてことは今はまだないだろうけれど、別個に
分けて美味しいものでも食べれたらなんて思う。

この1年曲がりなりにも頑張り通してこれたのは、竜樹さんや竜樹さんのご両親、金岡両親の尽力があったからに他ならない。
一緒にいるが故に心曇らす問題を齎すということもまた事実ではあるけれど、心が曇った出来事と笑顔が零れる出来事とを秤にかければ笑顔の方が強いから。
豪勢なものをふんだんに、もう見るのも飽き飽きっていうほどの量を食べさせてあげられるわけじゃないけれど。

別に食事に拘ることなく、楽しい時間を持てる何かに使うのもいいかななんて思う。


竜樹さんと一緒にいるようになる前、正確には自分が目指しているものが一番大事だった頃の私なら、それは考えなかっただろうって思う。
機材を入れることが可能な額なら、迷うことなく機材購入に充てただろうし、それを退けてまでしようと思う何かがあるなんてきっと考えもしなかった。


自分の手で手に出来るものだけが、私のすべてだったから。
私の手に出来るもののすべては、私一人で築き上げたものだと思っていたから。


嬉しいことは自分だけのものではないのだと、嬉しいことの許にあるのは大切な誰かでもあるのだと知れたことは、間違いなく私にとってはよかったのだろうなって思う。

自分の人生を築くのは間違いなく自分自身でしかないけれど、その傍に大切な人の支えがあるから頑張れるということは、きっとたった一人で手にするものとはまた違う充足感も暖かさもあるのだと思うから。


決算期明けのおこづかい効果がどこまで続くか判らないけれど。
自分が生きていくために働いてるには違いないけれど、大切な人と楽しい時間や笑顔を共有できる糧を得てると思えてるうちは、まだ頑張っていけるのだろう。


うん、頑張っていこう。

雨だけじゃない。

2003年4月29日
朝、雨音で目を覚ます。
手を伸ばしても当たるのは、温度を感じさせない読みかけの本や組み立て前のキットの箱。


…あぁ、ここ竜樹さんちじゃないんだぁ


そんな感覚でここが自分の部屋であって竜樹邸じゃないことを思い知る。
竜樹邸なら同じたらりんとした状態であっても、「ごはんしなきゃ」とか「片付けしなきゃ」とかって何かやることを見つけて動くのだけど、自分ひとりだと食べることも片付けることもよほど感覚の部分に障らなければ放り投げてしまう。

それでも、金岡両親やらプードルさんがいるので、そうそう自堕落しきった状態でいられる訳でもなく、昼食を作ったりプードルさんの子守りをしたりするのだけど。


雨がひどいからか、それとも他の要素があるのか。
ちょっと気を抜くと、頭痛が勢力を増してくる。
こうなってくるといよいよ何もすることができず、起きてても寝ていても気持ち悪いような状態が続く。

金岡両親が買い物に出る間、プードルさんの子守りをするためにリビングに降りる。
携帯片手に時々メールを飛ばしたり、頭痛に耐えかねてプードルさんとくっついて横になってみたり。
ずっと頭痛がひどい訳でもないから、借りてるビデオを見たりして過ごす。


雨が降る前後は竜樹さんも具合を悪くされる。
それでも昨日お散歩には出られたのだから、極めてマシな状態だったのだろうとは思う。
ただ、今日もそのマシな状態なままだとは思えない。

私が竜樹邸にいてる時に具合が悪くなっても、病院に連れて行ったりという直接的な手伝いは出来なくても出来る範疇でなら手伝いは出来る。
その場に居合わせてても無力感に苛まれることは避けられないけれど、それでも相手のいないところでどんな状況にあるのかも判らないまま気を揉むよりかはマシだろうと思うと、頭痛圧しても竜樹邸に行くべきだと思うけれど、身体は思うようにならない。

気持ちも身体も鈍い重さを抱えた状態のまま、じっと痛みと気持ち悪さと格闘しつづける。
そんな感じのまま夕方までぐずぐずと過ごしてしまった。


ふと手の中の携帯が鳴って驚く。
思わぬことがあってどうしていいのか判らなくなってる友達からの電話にどう答えたらいいのか迷うけれど、その事態が早く打開できますようにと祈りながら、私自身が似たような状況に陥った時どうだったかを振り返りながら、言葉に置き換え話し掛ける。

友達は幾分落ち着きを取り戻して、また先を急ぐ。
電話を切ってから、話してる間は吐き気がするほどの頭痛が幾分治まってたことを不思議に思う。


…雨だけじゃないのかも


吐き気付の頭痛によって何かをする気力も物理的な力も削がれるのは事実だけど、何か変化があればそれを忘れていられる時間があるのも確か。
そもそもこの吐き気付の頭痛が本当に雨が降るからという自然現象だけが原因だとは考えにくい部分もあって、その他の理由を知りたいなとは思っていた。


ただそれを知ろうとすると、却って心に痛みが走ることもまた事実なのだけど。


雨の降る前後、竜樹邸に身を置いていない週末。
それがどんな風に自分の心と身体に作用してるのか、本当はもうずっと前に気づいてはいたんだろうけど、それを力だけを以って封じようとすればそれに見合うだけの何かが自分に切っ先向けて跳ね返ってくるってことも承知してる。

その痛みの質がどんなものなのかが漠然とでも判っているからこそ、未だに着手できずにいる。


大きな変化が加わるだろう時まで、あと数ヶ月。
その間に自分が身を置く環境が劇的に変わるわけでも、劇的に変えられるわけでもないこともよく判ってる。

それでも、可能な限り自分が納得できる結果を引きずり寄せたいとは思ってる。


吐き気を伴う頭痛に苛まれながら思考はループを描きつづける。
少なくても今の自分の状態からベストの結論なんて導き出せる訳ではないけれど、いつまでも吐き気付の頭痛に苛まれてうめいてる訳にもいかない。


原因は雨だけじゃない。
雨降りが齎す症状を回避できないのは仕方なくても、それ以外の原因があるのなら。
そこは取っ払うか折り合いつけるかして、解決するしかないのだろう。
今更だけど、やっぱりそれは確かなんだろう。


それが確かではあっても、すべてをクリアにするだけの力はまだ十分でない。
想いが足りないというよりも、きっと覚悟が足りない。

吐き気付の頭痛と上手に付き合うことと足りないものを諦めることなく手に入れる努力は続けよう。


雨降りだけが原因じゃないのなら。
自然現象がすべての原因でないのなら、まだ軽減する余地はあるのだろうから。



歩幅をあわせて…

2003年4月28日
2人でお布団を敷く準備をしてて、ふと床を少し掃除したい気分に駆られた。

それは竜樹さんも同じだったようで、簡単に掃除しようということになるけれど、時計を見ると深夜の時間帯。
さすがにこんな時間帯から掃除機をかけるなんてことはできるはずがない。

どうせなら掃除機をかけられる時間帯に気付けよって自分でも思ったのだけど、掃除機をかけれる時間帯は別の片づけをしたりごはんを作ったりしてたからできなくて。

「それでもやっぱり掃除したいんだよね(-_- )」って気持ちは双方にあったので、どこからともなく小さな箒を持って来て、ちょこちょとこと床を掃いてみる。
我ながらすごいレトロな掃除の仕方だよなと思いつつ、結構このちび箒が捨てたものでなくある程度納得いく線まではきれいになる。

そうしてようやっと安心して、また横になる。


明日は有給を取ってるから、朝になったらまた会社だと嘆くこともない。
何らかの用事のために休んでるわけでもないから、ふたりでのんびり過ごせる。

そう思うとさらにまたなかなか寝付くことができずにぽつぽつと言葉を溢す。
竜樹さんもなかなか寝付けないらしく、私の言葉に返事をしながらテレビをつける。


「…あれ?この時間帯ってこんな映像流してるんですね?」

「そやねん。眠れへん時はテレビつけてぼーっと眺めてることあるんや」

「私はこの時間帯はビデオ見る以外でテレビを使うことないから知らなかったです」


画面を流れるアジアのどこかの川の映像を眺めながら、だんだん言葉の数が減ってくる。
竜樹さんの寝息が聞こえてきたので、そっとテレビを消して私もまた眠りにつく。


友達の朝メールの着信音で目を覚ます。
それにすぐさま返事をしようかと思うけれど、眠った時間が時間なだけに頭がどうもしゃんとしない。
どうお返事しようか考えてるうちに、またうとうととしてしまった。

暫くして目が覚めると、窓の外は青空が広がり、眩しいほどの日光が部屋に差し込んでる。
中途半端な寝方をしたせいなのか頭に鈍い痛みが走るけれど、もそっと起き上がり着替えて台所に立ち、昨日の料理の残りを暖めなおし、冷蔵庫の中のトマトを切る。


「…そらぁ、起きてたんかぁ(p_-) ...」

「さっき起きたとこですよ。珍しいですね、いつもは竜樹さんのが早いのに」

「寝た時間遅かったからなぁ…(p_-) ...」

「そうでしたね(^-^; 」


竜樹さんも起きてきて、コンロでちっさな目玉焼きを作り始める。
ごはんもある、おかずも十分ある、取り合わせはちょっとヘンだけれど、品数だけは豊富なブランチ。


「いただきます♪(*^人^*)」


普段の日なら考えられないほど、ゆったりとした暖かな時間。
会社に行ってれば昼食を摂るという作業そのものが煩わしくてならないと感じるのに、一緒に食べる人が違うだけで気分的にこんなに満たされるものなのか。
毎度毎度竜樹さんと食事する度にそれは感じていることだけれど、そんな風に思えること自体ありがたいことなんだろうなって思う。
いつもの日の昼食にしては沢山食べ、後片付けをする。


ひといきつこうかなと思っていると、目が真っ赤になって涙が止まらない。
よい天気だったから、ヒノキの花粉がまいまいしてたのかもしれない。
よりにもよって抗菌目薬も手元になく、目を擦ってはいけないと思いながらもつい擦ってしまう。
竜樹さんの方もあまり調子はよくないらしく、2人してぐずぐずしてしまう。

部屋の中にいても日の光に当たっているとそれだけで随分気分はよくなるけれど、どうせならどこかに出かけたいなぁっていう気もする。
特に竜樹さんはその思いが強いようで、何とかして出かけたいといろいろ工夫しては見るけれど、どうも日差し以外の部分で竜樹さんの身体に思わしくない何かがあるのか、結局部屋でひなたぼっこ状態。


日が翳るまで、何をするでもなくひなたぼっこして過ごした。


日が少し傾いてきて、窓の外の空が少し赤くなってきた頃。


「霄、ちょっと外へ出よ?」

「身体の方は大丈夫ですか?」

「あんまり思わしくないけれど、1日家の中にいてる方が身体に悪そうや」

「…ですね(-_-; 」


そうして、ふたり並んで散歩に出る。


普段どちらかといえば足早に歩く私だけど、竜樹さんと歩く時は努めてゆっくり歩くようにしてる。
それは竜樹さんの身体に負担にならない程度のペースを保ちたいというのもあるけれど、ゆっくり歩くことで見える景色も同じ道を歩いてる時間も楽しみたいと思うから。


「いつもそらちゃんが買い物に行く店とは別の店も教えたるなぁ。
もしかしたら、そっちのが近いかも知れへんから」


そうして今まで殆ど歩いたことのない方向に向かって歩き始める。

竜樹邸の近所は既に探索済みのように思ってた感があって、大体行き着ける場所は決まっていたけれど。
竜樹さんがゆっくりと知らない場所への道を拓いてくれる感じがする。

ゆっくりゆっくりと歩いたので結構歩いた気になったけれど、竜樹邸からそれほど遠くない場所に私の知らないお店はあった
そこで冷凍して保存の利きそうな食材と竜樹さんが足りてないなと思う食材をいくつか買い足して、並んで竜樹邸まで戻る。


竜樹邸に戻って、食材を片付けてると、また竜樹さんが立ち上がる。


「もう少し歩きたいねんけど、そらちゃんも来る?しんどくなかったらやけど…」
「行きます♪」

歩くことは十分リハビリに結びつく。
能動的にそれをしようと思って動いていられる時は徹底的にお付き合いしたいと思うので、またジャケットを羽織って竜樹邸を出る。

竜樹さんはまた私が歩いたことのない道をゆっくりとしたペースで歩いていく。
時折外灯に照らし出される木々の翠に変に驚いたり、竜樹邸の近辺とは少し違う風景をのんびりと感じ取りながら歩く。
私が知らずにいた道はやがてよく走り回る道と合流する。


「一人で歩くのが不安な時は、いつも通ってる道を歩いたらええねんで。
一緒に歩くから、たまには違う道もええかと思って歩いてみただけやから」


まだまだ歩けそうな感じの竜樹さんに驚きながらも、あまり飛ばしすぎると後が大変だからと、また来た道を引き返す。
明るかった空は真っ暗になり、外灯がぽつぽつ点く道をまたゆっくりしたペースで引き返す。
ゆったりとした散歩の間は、目のアレルギー症状も幾分治まってた感じがして、不思議だった。


竜樹邸に帰り、やっと「何か食べたい」と仰った竜樹さん。
お待たせしないことだけを最優先に考えた結果、買出しの時に購入した牛肉を焼いて、何種類かのたれにつけて食べるという、これまたシンプルな夕食。
後片付けをして甘えたがる竜樹さんとくっついて過ごしてるうちに、今度こそ本当に帰らないとならない時間になる。


居心地のいい時間から離れて、またいつもの生活に戻る。
これもまた今に始まったことじゃないけれど、何度やってきても慣れることはない。
それは竜樹さんも同じなんだろうか?
何とか送っていこうと身体が痛むのに無理をしようとする。


「ゆっくり休んでてください。この時間帯ならちゃんと自分で帰れますから」


「あともう1日ここにいます」と言えない自分が嫌でならないけれど、それを言い出したらキリがないから。
重い腰を上げて、柔らかな時間に別れを告げる。


竜樹邸を出て、バスに乗って、電車に乗って…
寂しいという名の痛みは癒えることはないのだけど、竜樹さんと歩幅をあわせて歩いたようにゆっくりとその日を手に入れるためにまた歩こう。


竜樹さんと一緒にいられなくて寂しいという痛みに別れを告げるその日を手に入れるために。

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