たおやかな強さ

2004年5月13日
「明日は雨が降るらしいで」

昨夜竜樹さんが苦しそうな息でそう言ってたのが的中した朝。
毎年この時期は雨が多いと言い募ってるような気がするけれど、今年に入ってからやたら雨降りの日が多い気がする。

…いい加減にしてくれよ

いい加減にして欲しいと思うのは別に雨が降ることに対してだけでなく、気温の変化が激しすぎることにも思うのだけど…

去年のこの時期も竜樹さんの調子はよくなかったのかもしれないけれど、今年はとりわけよろしくない気がする。
不調の原因について概ね見当はついているのだけれど、判っていれば即対処できるという代物でもないのが憎らしい。
毎日毎日似たようなことにやるせなさを覚えたり、自然現象にやり場のない怒りを覚えたり。
それそのものが竜樹さんと一緒にいることをやめようと考える原因になどなりはしないけれど、(無力であろうがなかろうが)機嫌のよくない要因を排除することが出来ないことに苛立たしさを覚えるばかりの状態に少し疲れているのかもしれない。

魔境へ赴く電車に乗り込む前に竜樹さんに電話を入れる。
昨日「明日は午前中しか病院が開いてないから、何が何でも起きなければ…」と話していたから、早めに起きてもらって早めに病院に行ってもらえたらと思って。

「……んー?」

本当に眠そうな声で出た竜樹さん。
この状態で何を話したところで話したこと自体覚えてないだろうなと思いつつ、「寝直したらダメですよ。ゆっくり準備してちゃんと病院行ってくださいね」と連呼して電話を切る。

魔境に近づいていくにつれて雨脚は強まってくる。
ずぶぬれになってまで魔境に行かなきゃならないことにも頭にくるし、天候の悪さが竜樹さんの体調の悪さに及ぼす影響を思っても頭にくる。
行き場のない怒りなど持ってみたところでどうしようもないと知りながら、怒りが生まれるのを放棄できるほどに今は肝要にもなれなくて、心の中でぐるぐるいいながら移動を繰り返す。

魔境の最寄り駅で降りて、傘を片手に自転車を飛ばす。
毎朝その道で40代から50代くらいの夫婦連れとすれ違う。
旦那さんと奥さんが連れ立って歩を合わせて歩く姿がいつも気になって、すれ違う場所の近辺に来るとつい探してしまう。

今日も傘を差しながら歩を合わせて歩いている。

いつも奥さんがにこやかに何かを語りかけ、それに応える旦那さん。
時折立ち止まっては風景を眺めたり、道沿いにある家の庭を走りまわってる犬に視線を向けたり。
すれ違うといつもその光景を目にして、少しほわんとした気持ちになって魔境に行く。

尤もそのほわんとした気持ちを魔境での出来事や人々が打ち壊していくのもお約束なのだけど…

雨が降っても風が強くても、日差しが強くても鈍色の空の下でも。
シチュエーションは微妙に違えど寄り添って歩く姿と二人の柔らかな笑顔が心に残る。

行く道は多分楽な道でないだろうこと。
すれ違う数秒の間に目に入ってくる情報から垣間見られたことだけでの判断だから、実際どうかなんて知る由もないし知る必要もないのだろうけれど。
跳ね除けていくことの出来ない荷物を背負わなければならない、そんな誰かの隣から離れようという気持ちが起きないのなら共に背負って歩くしかない。

歩幅を合わせて共に歩き、目にするものを共有し、心を繋いで進んでいく。
それを気負うことなく笑顔を以って続けていく。

本当は理不尽なものと形容してもいいような斤量を背負わされることにやり場のない怒りだって抱えもするし、その状態に疲れてしまう時だってあるには違いないのだろうけど、大切に想う人の隣を歩く時歩を合わせたり共に共有できる何かをそっと差し出したり、背負うものの重さを感じさせない笑顔を向けられたりする、そんなたおやかな強さが欲しいと希う。

魔境に着いたら4日連続予告なく出没しているモルボルの姿にげんなりし、魔境の人々の些細なことにかちんときたりで笑顔もへったくれもなかったのだけど。
魔境にいる時の私は魔境にいる時だけのもの。
それを引き連れて竜樹さんや家族の下に帰らなければ今はそれでいい。
無理矢理居直り気を吐きゃなきゃならない状況もさっさと打開はしたいには違いないけれど、諸事情の絡みで今すぐに出来ないならそれはそれで仕方ないのだろう。
今出来ることを放棄してみたところで、道が開けよう筈はないのだから…

日々すっきりしない竜樹さんの体調。
竜樹さんが背負わなきゃならないものが恒久的なものなのか、いつかは降ろしてしまえるものなのかは今のところ判らない。
こんな荷物を恒久的に背負えなんて言われたら竜樹さんはまいってしまうだろうし、私だって辛いには違いないけれど。

たとえ恒久的に背負いつづけなければならないものとなってしまったとしても、その痛みを直接的に肩代わりすることが出来なくても、歩を合わせて寄り添って歩いていけばいい。
傍にいることで自らの無力感を鏡映しにして見つめ続けなければならないのだとしても、竜樹さんの傍から離れるつもりがないのなら出来ることをしていくしかないのだから。

目に映るもの、心に映るもの。
すべてを共有することは適わなくても笑顔を引き出す何かを送り出せればいい。
無力な自分を超える努力は必要であるには違いない。
けれどそっと笑顔を送り出せる、そんな力だけを今は求めればいいのかもしれない。

毎朝出逢う、見知らぬ誰かから貰ったちいさな力を自分の中で温めつづけよう。
それが根本的な物事を変える力にはならなかったとしても、ふたりが共に歩く中では間違いなく必要なものだと思うから。

今必要なのはきっと、そんなたおやかな強さ。

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