今年最後の桜
2004年4月10日やたら背中が熱くて目が覚める。
起き上がってみて背中を触ると、昨晩竜樹さんに貼ってもらった背中の湿布が熱を持っていた。
湿布を剥がして時計を見ると、出勤する時に起きる時間と変わりない。
このまま寝なおすとまた立ち上がりが遅くなるからとそのまま出かけるまでにしなければならない作業を始める。
窓の外は青空が広がっている。
これで竜樹さんの体調がよければ、お花見の仕切り直しが出来るだろう。
そう思うと嬉しくなってくる。
作業を終えて竜樹さんに連絡を入れるけれど、出られない。
いつもは連絡がつくまで家で時間を潰すけれど、今日はそんな気になれずそのまま家を出た。
今日の竜樹さんは少し疲れの色は見えるものの、その表情にはまだ辛さの色はない。
ただ明確に出かけようという感じでもなく、「どうするのかな?」という感じ。
持ってきたおにぎりを食べ、ひと心地ついてから外出する。
竜樹邸を出てすぐに、犬と散歩してるおじさんと出会った。
犬が竜樹さんにやたら懐いてそこから動くに忍びないような状態になってしまった。
「新婚さんかい?」
そう聞かれてどう答えたらいいのか返事に困っていると、「ええ、そうです」と竜樹さん。
「これからお出かけかい?」
「花見に行こうと思ってるんです」
「○○公園はもう桜散ってるから、少し遠くへ出た方がええよ。
造幣局はいろんな種類の桜があるから、まだ見れるのもあると思うよ?」
「ありがとうございます」
そんな会話を交わして、お別れ。
「…どこに行きます?いつも行く公園はもう桜散ってるらしいですよ?」
「今日は別のとこに行こうと思ってんねん。造幣局まで運転できるかどうか難しいから」
「…行ったとしてもあの辺に車を停めるとこってありましたっけ?」
「さぁ…」
もう一ヶ所、竜樹さんのお気に入りの公園がある。
私も行ったことがあると竜樹さんは言うけれど、実のところ記憶が朧気でどんなところだったか覚えてない。
そんな私を他所に車は目的地へと走っていく。
その公園の近くについてみても、ここに来たことがあるかどうか思い出せない。
「…あー、いつもと車を停める場所が違うからなぁ」
フェンスに囲まれた小さな広場は桜がひしめき合ってて、大きな木の下ではレジャーシートを広げてお弁当を食べたり寝転んだりしてる人達がいる。
先週行った公園よりも人はまばらで、どこか静かな印象がある。
「ちょっと歩いてみるか?」
小さな広場を通過して、径を歩く。
桜並木のすぐ傍は住宅街。
風が吹く度に桜の花びらがばーっと散って、文字通り桜吹雪のよう。
無意識のうちに左手を空に広げ、そっと握り締める。
掌に桜の花びらが1枚、そっと留まっていた。
白い中にほんのりと薄紅色した花びらをそっと鞄の中の指輪入れにしまい、また竜樹さんと歩き出す。
「ここから抜けてみようか?」
そう言って径から少し逸れようとした時、桜の木の根に桜の花が咲いてるのを見つける。
「竜樹さん、こんなところから花が咲いてますよ?」
「なんか珍しいなぁ。幹から花が飛び出してるのはたまに見るけど」
「生命って強いなぁって感じますよね」
「そやなぁ」
その力強さを何かの形に残しておきたくて、携帯を取り出す。
そしてまた、ふたりで携帯を握り締めてファインダーを一緒に眺めてあぁでもないこうでもないと言いながら画像に残し、また奥へと歩いていく。
公園の奥まで歩いていって、ようやく思い出した。
ここは3年前の春に別れ話の決着をつけにきた場所。
あの時は公園の表から入り、そのまま中をくるっと回って帰っただけだったからその一番奥に小さな広場があることもすぐ傍に住宅街が広がってることにも気づかなかった。
正確には、竜樹さんとの話の行方のことばかり気になってて、ろくすっぽ周りの風景を見てなかったからかもしれないけれど…
ベンチで休んだり、歩いたりを繰り返し、今年最後になるだろう桜を眺める。
あの時の竜樹さんの表情は厳しい中に少しだけ穏やかな部分を残していたような気がする。
ふたりで話して決めたことを、この3年でどこまで達成できただろう?
あの時ふたりの関係を留めることを決めたこと、竜樹さんは後悔したことなかったんだろうか?
聞いてみたいような聞いてみたくないような、そんな想いでゆったりと歩く竜樹さんの背中を見つめる。
「…しっかし、こんなに暖かくなるとは思わへんかったわぁ。
もう暑いくらいやもんなぁ」
私が持ってる飲み物を取るために竜樹さんが振り返ったのにびっくり。
意味もなくにぱと笑って、飲み物を渡す。
飲み物を飲みながら日陰を探し、池のほとりのベンチで休憩。
もの静かな空気の中、池やそのほとりを歩く人達を眺めながら、ぽつぽつと話す。
「…俺、前に行った公園より、ここのが好きやねん。何となく落ち着く感じせぇへんか?」
「そうですよね?同じように人はいてるんだけど、何となくがさがさしてないもんね」
「やろ?散歩してても自然の変化が見られて面白いねん」
静かな風が桜の花びらを静かに散らしていく。
3年前に見た桜の花と同じ花はもうここにはなくて、今年の桜の花は今年限りの花を散らす。
それぞれの想いを抱いて咲き、散っていく。
あの時、すべての終わりを見るような気持ちで眺めた桜。
今年は、大切な人と共に手に入れたいものを手にするんだって気持ちを固めて眺める。
竜樹さんにしては多く歩いただろうのに、その横顔にあまり疲れは見られない。
ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、疲れが出てしまう前に戻ろうということで池のほとりをくるっと歩いて車を停めている場所へ戻る。
日が少し落ちてきた公園。
それでもまた新たにやってきた人が桜の下にレジャーシートを広げ、思い思いに春を楽しんでいる。
「来年はお弁当作ろうか?」
「それもいいけど、バーベキューとかできたらなぁ」
「まずは、来年もお花見できるように元気になりましょう?」
「そうや、元気にならななぁ」
「…連れてきてくれて、ありがとう」
「喜んでもらえたら、俺も嬉しいわ」
3年前に眺めた桜とは違う桜。
今年の花は今年限りのもの。
今年の桜の下で感じたことや今年の春に定めた想い。
それを握り締めて次の春を迎えよう。
竜樹さんとまた一緒にその年の桜を眺めよう。
今年最後の桜に別れを告げて、竜樹さんの車に乗り込んだ。
起き上がってみて背中を触ると、昨晩竜樹さんに貼ってもらった背中の湿布が熱を持っていた。
湿布を剥がして時計を見ると、出勤する時に起きる時間と変わりない。
このまま寝なおすとまた立ち上がりが遅くなるからとそのまま出かけるまでにしなければならない作業を始める。
窓の外は青空が広がっている。
これで竜樹さんの体調がよければ、お花見の仕切り直しが出来るだろう。
そう思うと嬉しくなってくる。
作業を終えて竜樹さんに連絡を入れるけれど、出られない。
いつもは連絡がつくまで家で時間を潰すけれど、今日はそんな気になれずそのまま家を出た。
今日の竜樹さんは少し疲れの色は見えるものの、その表情にはまだ辛さの色はない。
ただ明確に出かけようという感じでもなく、「どうするのかな?」という感じ。
持ってきたおにぎりを食べ、ひと心地ついてから外出する。
竜樹邸を出てすぐに、犬と散歩してるおじさんと出会った。
犬が竜樹さんにやたら懐いてそこから動くに忍びないような状態になってしまった。
「新婚さんかい?」
そう聞かれてどう答えたらいいのか返事に困っていると、「ええ、そうです」と竜樹さん。
「これからお出かけかい?」
「花見に行こうと思ってるんです」
「○○公園はもう桜散ってるから、少し遠くへ出た方がええよ。
造幣局はいろんな種類の桜があるから、まだ見れるのもあると思うよ?」
「ありがとうございます」
そんな会話を交わして、お別れ。
「…どこに行きます?いつも行く公園はもう桜散ってるらしいですよ?」
「今日は別のとこに行こうと思ってんねん。造幣局まで運転できるかどうか難しいから」
「…行ったとしてもあの辺に車を停めるとこってありましたっけ?」
「さぁ…」
もう一ヶ所、竜樹さんのお気に入りの公園がある。
私も行ったことがあると竜樹さんは言うけれど、実のところ記憶が朧気でどんなところだったか覚えてない。
そんな私を他所に車は目的地へと走っていく。
その公園の近くについてみても、ここに来たことがあるかどうか思い出せない。
「…あー、いつもと車を停める場所が違うからなぁ」
フェンスに囲まれた小さな広場は桜がひしめき合ってて、大きな木の下ではレジャーシートを広げてお弁当を食べたり寝転んだりしてる人達がいる。
先週行った公園よりも人はまばらで、どこか静かな印象がある。
「ちょっと歩いてみるか?」
小さな広場を通過して、径を歩く。
桜並木のすぐ傍は住宅街。
風が吹く度に桜の花びらがばーっと散って、文字通り桜吹雪のよう。
無意識のうちに左手を空に広げ、そっと握り締める。
掌に桜の花びらが1枚、そっと留まっていた。
白い中にほんのりと薄紅色した花びらをそっと鞄の中の指輪入れにしまい、また竜樹さんと歩き出す。
「ここから抜けてみようか?」
そう言って径から少し逸れようとした時、桜の木の根に桜の花が咲いてるのを見つける。
「竜樹さん、こんなところから花が咲いてますよ?」
「なんか珍しいなぁ。幹から花が飛び出してるのはたまに見るけど」
「生命って強いなぁって感じますよね」
「そやなぁ」
その力強さを何かの形に残しておきたくて、携帯を取り出す。
そしてまた、ふたりで携帯を握り締めてファインダーを一緒に眺めてあぁでもないこうでもないと言いながら画像に残し、また奥へと歩いていく。
公園の奥まで歩いていって、ようやく思い出した。
ここは3年前の春に別れ話の決着をつけにきた場所。
あの時は公園の表から入り、そのまま中をくるっと回って帰っただけだったからその一番奥に小さな広場があることもすぐ傍に住宅街が広がってることにも気づかなかった。
正確には、竜樹さんとの話の行方のことばかり気になってて、ろくすっぽ周りの風景を見てなかったからかもしれないけれど…
ベンチで休んだり、歩いたりを繰り返し、今年最後になるだろう桜を眺める。
あの時の竜樹さんの表情は厳しい中に少しだけ穏やかな部分を残していたような気がする。
ふたりで話して決めたことを、この3年でどこまで達成できただろう?
あの時ふたりの関係を留めることを決めたこと、竜樹さんは後悔したことなかったんだろうか?
聞いてみたいような聞いてみたくないような、そんな想いでゆったりと歩く竜樹さんの背中を見つめる。
「…しっかし、こんなに暖かくなるとは思わへんかったわぁ。
もう暑いくらいやもんなぁ」
私が持ってる飲み物を取るために竜樹さんが振り返ったのにびっくり。
意味もなくにぱと笑って、飲み物を渡す。
飲み物を飲みながら日陰を探し、池のほとりのベンチで休憩。
もの静かな空気の中、池やそのほとりを歩く人達を眺めながら、ぽつぽつと話す。
「…俺、前に行った公園より、ここのが好きやねん。何となく落ち着く感じせぇへんか?」
「そうですよね?同じように人はいてるんだけど、何となくがさがさしてないもんね」
「やろ?散歩してても自然の変化が見られて面白いねん」
静かな風が桜の花びらを静かに散らしていく。
3年前に見た桜の花と同じ花はもうここにはなくて、今年の桜の花は今年限りの花を散らす。
それぞれの想いを抱いて咲き、散っていく。
あの時、すべての終わりを見るような気持ちで眺めた桜。
今年は、大切な人と共に手に入れたいものを手にするんだって気持ちを固めて眺める。
竜樹さんにしては多く歩いただろうのに、その横顔にあまり疲れは見られない。
ぽつりぽつりと言葉を交わしながら、疲れが出てしまう前に戻ろうということで池のほとりをくるっと歩いて車を停めている場所へ戻る。
日が少し落ちてきた公園。
それでもまた新たにやってきた人が桜の下にレジャーシートを広げ、思い思いに春を楽しんでいる。
「来年はお弁当作ろうか?」
「それもいいけど、バーベキューとかできたらなぁ」
「まずは、来年もお花見できるように元気になりましょう?」
「そうや、元気にならななぁ」
「…連れてきてくれて、ありがとう」
「喜んでもらえたら、俺も嬉しいわ」
3年前に眺めた桜とは違う桜。
今年の花は今年限りのもの。
今年の桜の下で感じたことや今年の春に定めた想い。
それを握り締めて次の春を迎えよう。
竜樹さんとまた一緒にその年の桜を眺めよう。
今年最後の桜に別れを告げて、竜樹さんの車に乗り込んだ。
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