抉じ開けてやる
2004年3月12日ゆったりと食事を取り、後片付けをしてひと息。
私が洗い物をしてる間、竜樹さんはちょこちょこと部屋の片づけをしている。
ふと気づくと背後から物音がしないので奥の部屋を覗いてみると、竜樹さんは横になってうつらうつらしておられる。
「竜樹さぁん。今眠ったら、また眠れなくなりますよ」
「…う、ん。
わかってんねんけど、昨日も夜中眠れんでなぁ……今、すごく眠いのよ」
「そしたら、少ししたら起こしてあげるから」
「うん、そうしてぇ…」
後片付けも済んだことだし、他にすることがある訳でもなし。
竜樹さんの隣で横になり、寝顔を眺めてる。
時々意識をふっと戻して私と目が合うと、「…テレビ見ててもええんやで?」とか「プラモデル作ってもええんやで?」と声を掛けてくれる。
「…ううん、寝顔見てるのがいいから、竜樹さんがイヤじゃなかったらこうしてるよ」と返すと「嫌なことはないけど、つまらんやろ…」と呟きながら、また夢に還る。
そうしてるうちに、何時の間にか私も眠ってしまってた。
昨日寝付きが悪かった上に眠りが浅かったのもあって、疲れてはいたんだろう。
竜樹さんの隣で眠ってる時に夢なんて見たことないのに、初めて夢を見た。
それもとても嫌な感じの夢。
正方形の木枠の外観の中は、黒くて温度も湿度も感じられない闇が広がる。
そこへ身体を横たえた状態でどんどん沈んでいく。
何か言葉が聞こえたような気もした。
落ちていく感覚だけが妙にリアルである反面、それが夢だということはちゃんと認識できていて「目さえ開ければ、私がいる場所に戻れる」と心の中で呟く。
でも目を開けることが出来ず、ずっと静かに沈んでいく。
隣にいるはずの竜樹さんを探すけれど、闇の中に竜樹さんを感じられずひとりでもがく。
もがいてもがいてしてようやく目を開いてふと頭を動かすと、くすーっと眠る竜樹さんの寝顔。
涙こそ出なかったけれど、安心半分不安半分でそっと竜樹さんに触れてみる。
暖かい熱は肌越しにちゃんと感じられる。
「…ん?どないしたん?」
まだ眠そうな表情でこちらを見つめる竜樹さん。
「…や、ヘンな夢見たんですよ」
「電気つけっぱなしで寝ると、ヘンな夢見やすいよなぁ。
どんな夢やったん?」
あまりに現実味のない夢だから、きっと話してもヘンがられるだけ。
でも静かなる怖さがまだ体の中に残ってるような気がして話してみる。
「霄は不安やねんなぁ」
「…や、そんな切迫したもんはないですよ?」
「そこに俺はいぃへんかったん?」
「うん。いはらへんかった」
「霄は俺がいつか消えてなくなると思てるやろ?」
言葉に詰まる。
幸せな気持ちで一杯な時でも、心の内にある小さな闇。
それがいつ表に出て来てもおかしくはないものだということの自覚もある。
けれど、よりにもよって竜樹さんといる時に出てこなくてもいいじゃないか?
不安になるのはひとりでいてる時だけで十分なんだから。
竜樹さんの掌が私の頬に触れる。
そのままいつものように腕枕するように左の腕をこちらに寄せてこられる。
「いなくなる訳ないやんか?」
それ以上の言葉はなく、また眠る竜樹さん。
その寝顔を眺めて、体に残る静かなる怖さを払い落としていく。
今体の内にある不安は落とせても、それによって根本的な解決策が生まれる訳でもなく、道がいきなり開けるわけでもない。
そんなことは判ってる。
それでも、大切に想うが故に生まれてくる不安を少しずつ掃いながら進みたいと思う未来に竜樹さんがいないなんてことは考えられない。
私よりも先にいなくなる人だと知りながら、それでもこの人に同じ痛みを与えたくはない。
その気持ちだけは私の中で確かなるものとして生き続けてる。
この先に待ち受けることが互いにどれほどの痛みを与えるとしても、それは変わらないんだよ?
そんな風に思いながら、竜樹さんの腕に寄り添いながら私もまた少しだけ眠る。
次に目が覚めた時、竜樹さんはディレクターズチェアに座って煙草を吸っていた。
「…霄、お父さんやお母さん、結婚のことどう言うてはる?」
また言葉に詰まる。
「依然変わらず、か」
無言の空気の中に私の家族に流れるものを見つけてそう答える竜樹さん。
「事態によほど劇的な変化がなければ、これはずっと続いていくことだと思います」
「そやろなぁ。霄のご両親が望む姿は現状では掴み取ることできへんもんなぁ」
「だからって、このままにしとくつもりはないです。
少なくともこの件があるからと言って、一緒にいることを終わりにするつもりないです」
竜樹さんにではなく、自分に投げかけた言葉。
不安にさざめく胸の中に少し違った震えがくる。
それは否定的な意味合いのものでないと判ってはいるけれど、竜樹さんの傍にちょこちょこっと寄って行ってそっと抱き締める。
これ以上言葉にしても、自分を取り巻く流れも飛び込む流れも変わらない。
変わらないから、腹を括ったんだ。
竜樹さんを抱き締める私を抱き締め返す竜樹さん。
互いの手を離す方がいいのか、握り締めつづける方がいいのか。
それは一緒にい始めた頃からずっと互いの胸の中にある命題。
それに対する明確な答が出ないから迷走しつづけた。
それに対する明確な答はないから自ら答えを生み出すのだと。
抱き締めればそれが伝わる訳でなく、言葉を尽くせばそれが伝わるわけでもない。
そんなことも確かにある。
ただ少しずつ目指す場所へ流れていく僅かばかりの風を頼りに歩くだけ。
そんなことを考えながら、暫く黙って抱き締めあっていた。
そうしていることで互いが互いの存在を確かめ合える。
そうして得た何かを手にして、見えない明日を抉じ開けていく。
抉じ開けてやる。
感じ取れる熱を頼りにしてまた歩き出す。
竜樹さんと歩き出す。
あなたの前から私はいなくなったりはしないから。
あなたも私の前からいなくなったりしないでね?
私が洗い物をしてる間、竜樹さんはちょこちょこと部屋の片づけをしている。
ふと気づくと背後から物音がしないので奥の部屋を覗いてみると、竜樹さんは横になってうつらうつらしておられる。
「竜樹さぁん。今眠ったら、また眠れなくなりますよ」
「…う、ん。
わかってんねんけど、昨日も夜中眠れんでなぁ……今、すごく眠いのよ」
「そしたら、少ししたら起こしてあげるから」
「うん、そうしてぇ…」
後片付けも済んだことだし、他にすることがある訳でもなし。
竜樹さんの隣で横になり、寝顔を眺めてる。
時々意識をふっと戻して私と目が合うと、「…テレビ見ててもええんやで?」とか「プラモデル作ってもええんやで?」と声を掛けてくれる。
「…ううん、寝顔見てるのがいいから、竜樹さんがイヤじゃなかったらこうしてるよ」と返すと「嫌なことはないけど、つまらんやろ…」と呟きながら、また夢に還る。
そうしてるうちに、何時の間にか私も眠ってしまってた。
昨日寝付きが悪かった上に眠りが浅かったのもあって、疲れてはいたんだろう。
竜樹さんの隣で眠ってる時に夢なんて見たことないのに、初めて夢を見た。
それもとても嫌な感じの夢。
正方形の木枠の外観の中は、黒くて温度も湿度も感じられない闇が広がる。
そこへ身体を横たえた状態でどんどん沈んでいく。
何か言葉が聞こえたような気もした。
落ちていく感覚だけが妙にリアルである反面、それが夢だということはちゃんと認識できていて「目さえ開ければ、私がいる場所に戻れる」と心の中で呟く。
でも目を開けることが出来ず、ずっと静かに沈んでいく。
隣にいるはずの竜樹さんを探すけれど、闇の中に竜樹さんを感じられずひとりでもがく。
もがいてもがいてしてようやく目を開いてふと頭を動かすと、くすーっと眠る竜樹さんの寝顔。
涙こそ出なかったけれど、安心半分不安半分でそっと竜樹さんに触れてみる。
暖かい熱は肌越しにちゃんと感じられる。
「…ん?どないしたん?」
まだ眠そうな表情でこちらを見つめる竜樹さん。
「…や、ヘンな夢見たんですよ」
「電気つけっぱなしで寝ると、ヘンな夢見やすいよなぁ。
どんな夢やったん?」
あまりに現実味のない夢だから、きっと話してもヘンがられるだけ。
でも静かなる怖さがまだ体の中に残ってるような気がして話してみる。
「霄は不安やねんなぁ」
「…や、そんな切迫したもんはないですよ?」
「そこに俺はいぃへんかったん?」
「うん。いはらへんかった」
「霄は俺がいつか消えてなくなると思てるやろ?」
言葉に詰まる。
幸せな気持ちで一杯な時でも、心の内にある小さな闇。
それがいつ表に出て来てもおかしくはないものだということの自覚もある。
けれど、よりにもよって竜樹さんといる時に出てこなくてもいいじゃないか?
不安になるのはひとりでいてる時だけで十分なんだから。
竜樹さんの掌が私の頬に触れる。
そのままいつものように腕枕するように左の腕をこちらに寄せてこられる。
「いなくなる訳ないやんか?」
それ以上の言葉はなく、また眠る竜樹さん。
その寝顔を眺めて、体に残る静かなる怖さを払い落としていく。
今体の内にある不安は落とせても、それによって根本的な解決策が生まれる訳でもなく、道がいきなり開けるわけでもない。
そんなことは判ってる。
それでも、大切に想うが故に生まれてくる不安を少しずつ掃いながら進みたいと思う未来に竜樹さんがいないなんてことは考えられない。
私よりも先にいなくなる人だと知りながら、それでもこの人に同じ痛みを与えたくはない。
その気持ちだけは私の中で確かなるものとして生き続けてる。
この先に待ち受けることが互いにどれほどの痛みを与えるとしても、それは変わらないんだよ?
そんな風に思いながら、竜樹さんの腕に寄り添いながら私もまた少しだけ眠る。
次に目が覚めた時、竜樹さんはディレクターズチェアに座って煙草を吸っていた。
「…霄、お父さんやお母さん、結婚のことどう言うてはる?」
また言葉に詰まる。
「依然変わらず、か」
無言の空気の中に私の家族に流れるものを見つけてそう答える竜樹さん。
「事態によほど劇的な変化がなければ、これはずっと続いていくことだと思います」
「そやろなぁ。霄のご両親が望む姿は現状では掴み取ることできへんもんなぁ」
「だからって、このままにしとくつもりはないです。
少なくともこの件があるからと言って、一緒にいることを終わりにするつもりないです」
竜樹さんにではなく、自分に投げかけた言葉。
不安にさざめく胸の中に少し違った震えがくる。
それは否定的な意味合いのものでないと判ってはいるけれど、竜樹さんの傍にちょこちょこっと寄って行ってそっと抱き締める。
これ以上言葉にしても、自分を取り巻く流れも飛び込む流れも変わらない。
変わらないから、腹を括ったんだ。
竜樹さんを抱き締める私を抱き締め返す竜樹さん。
互いの手を離す方がいいのか、握り締めつづける方がいいのか。
それは一緒にい始めた頃からずっと互いの胸の中にある命題。
それに対する明確な答が出ないから迷走しつづけた。
それに対する明確な答はないから自ら答えを生み出すのだと。
抱き締めればそれが伝わる訳でなく、言葉を尽くせばそれが伝わるわけでもない。
そんなことも確かにある。
ただ少しずつ目指す場所へ流れていく僅かばかりの風を頼りに歩くだけ。
そんなことを考えながら、暫く黙って抱き締めあっていた。
そうしていることで互いが互いの存在を確かめ合える。
そうして得た何かを手にして、見えない明日を抉じ開けていく。
抉じ開けてやる。
感じ取れる熱を頼りにしてまた歩き出す。
竜樹さんと歩き出す。
あなたの前から私はいなくなったりはしないから。
あなたも私の前からいなくなったりしないでね?
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