白と黒
2004年3月7日竜樹邸に行く道程はひとりでいても寂しくないのに、どうして自分の家に帰るのは寂しくてならないんだろう?
理由なんて判りきってるようなこと頭の中で反芻しながら昨夜は泣く泣く自宅へ戻り、両親に挨拶するのもそこそこに竜樹さんに帰りましたコール。
電話の向こうの竜樹さんは私が自宅に戻ったことを知ると安心したようだったけど、その声の裏側に幾許かの寂しさが見え隠れして少し胸が痛くなる。
できるだけ早く竜樹さんが寂しくないようにしようと思うけれど、それが具体的にいつ形にできるかまでは判らない。
心の痛さを抱えたまま、眠りについた。
程なく朝がやってきて起き上がるけれど、頭が痛くて仕方がない。
窓の外を見ると昨日より天気もよさそうだし、体を動かしてみたら頭痛も引くかと思って身支度整え出かけることにしたけれど、金岡母と自宅を出て10分ほどしたら、強い風と共に空から雪が降ってきた。
家を出る前暖かかったから少々薄着にして出たのが仇になったみたいで、二人とも口を開くと「寒い」「もう帰ろう」という言葉しか出ない。
駅まで着いてひとまずすぐ傍にあるレストランに飛び込み、軽い昼食を摂る。
冷え切った体も温まった頃には雪はやんだので、再び目的地を目指すことになる。
電車を乗り継ぎ乗り継ぎして目的地近くまで来たものの、吹く風はとても冷たい。
身を縮めるようにして歩き、ふと顔を上げるとショールームのウインドウに飾られたフォーマルドレスが目に飛び込む。
私が普通に生活する中でフォーマルドレスを着る機会なんて殆どないなぁと思いながら眺めていると、視線の端に映ったドレス。
それは黒いドレス。
「…ねぇ、結婚式のお色直しに黒着たらおかしいかなぁ?」
「はぁ!?あんた、何バカなこと言ってるのよ」
「…や、姉さまによく『一度金岡さんにジバンシーのドレス着てもらいたいねん』って言われるんだけどさ、それが深いブルーだったか黒やったかどっちか思い出せへんくって。
事あるごとにそれを言われるから、ずっと気になってたんよ」
「あー、それやったら結婚式もないんと違う?」
竜樹さん以外の男の人のためにウエディングドレスなんて着る訳がないことをよくご承知の金岡母。
まるで「私の目の黒いうちはそんなもの認めないわよ」と言われたような気がしてちょっとかくりときたのだけど、めげずに「そんなん判らへんもんねー」と小さな声で反論してみた。
目的地に着き、春物の服を物色。
普段から白や黒、色物着ても淡い色の多い私の目に飛び込むのはやっぱり白やら黒、グレー系、ベージュ系だったりする。
そうするといつも同じような格好に見えるので、金岡母はそこに何点か淡いトーンだけど色味のあるものを勧めてくる。
「着るとどんな感じなんだろう?」と思いながら、デザイン等で着てもおかしな感じがしないものはぽこぽこと袋に入れて、精算。
暖かい場所からまた寒い場所に出るのは勇気がいったけれど、早く戻った方が体にはよさそうなので、2人してそうそうに家路につく。
「寒いから早く帰って休みたいね」なんて話しながら視線を上げると、またフォーマルドレスのショールーム。
一番最初に目に飛び込んでくるのは、やっぱり来る時目に飛び込んだ黒いドレスだった。
「黒いドレス着て、式場でお花配ったりするのってヘン?」
「そうねぇ、そのセンスを認めてくれる人はそう多くないんじゃない?」
そんな話をしながら、足早にその場を通り過ぎ電車に乗り込む。
寒さしのぎに食事をした時や電車で移動してる時に金岡母といろんな話をしたのだけど、振り返るとどういう訳か人の生死に纏わる話が多かった気がする。
互いのどちらかがこの世からいなくなった時に残されたものは誰に連絡して貰えばいいのか判らないだの、そういや誰々さんが亡くなっただの。
いつもならそんな辛気臭い話は両者共に嫌がって、もっと軽い話にどちらともなく戻してしまうのに、不思議とそんな話がどちらともなく飛び出していた。
それは今にも落ちてきそうなくらい重く冷たい空気を孕んだ鈍色の空の所為なのか、それとも何かしらあったのか、よく判らないけれど…
うっかりすると、心が日陰に転がり落ちていくような感覚を覚えそうになった。
頭の中には黒いフォーマルドレスが蘇る。
確か姉さまは深いブルーのドレスだと言ってたと思う。
「金岡さんが結婚する時、それを着て欲しいって思ってるんだ」と話してたから、さすがに黒じゃなかった気がする。
でも、何となく黒のドレスが気になるのは何でだろう?
幸せになるべきその場で着る物の姿に思いを馳せた時、白いドレスの後ろにそっと黒いドレスが見えるのは…
…寒さで頭がヤられちゃったかな?
自分でもどうかしてると思うけれど。
白い光のすぐ傍に黒い影を見るのは、光が常に自分の傍にありつづける訳でないと身をもって知ったから。
手放しで白い光を当たり前のものとして受けつづけられる立場でなくなったから。
いつか見たドラマの中の台詞のように、「ウエディングドレスは戦闘服」だと言うのなら、私にとっては白はそぐわない気がしてる。
白も黒も併せ持つ、そんなものの方が自分自身の決意を表すような気がしてならない。
けれどそんなデザインしてもらって見てもらった途端に、周囲は「そんなんおかしい」と口を揃え、竜樹さんはその意味を知りたがるだろう。
竜樹さんに知らせて決して機嫌よく過ごせてもらえる訳じゃないのだから、言える筈もない。
だからきっとそんなドレスを着る機会があるなら、ひとまず「普通」の姿を体現するに留まるのだろう。
…今度姉さまに逢ったら、姉さまが言うてるドレスが何色なのか聞いておかなきゃね。
それが黒だと言われたら、別に黒を着て出ても傍目にはおかしくないのだろうし、黒じゃないなら、それはそれでいい。
ジバンシーのドレスの話は竜樹さんにもしてるし、具体的にどんな形のものなのかは私も竜樹さんも知りたいと思ってる。
そして、もしそのドレスを着る機会に出会えるのなら。
その時は今よりもっと迷いなく、白の中にいることを喜び、黒を過度に恐れぬ自分でありたい。
生命の肩越しに見える白と黒。
それは時折いきなり鋭い切っ先向けて心突き刺してくるのだけれど、
どれほどの傷を負っても、それによってどれほどの痛みを伴おうとも、竜樹さんといることで負うことになる黒と白の痛みと喜びからせ中を向けずにいたいと思う。
手にしてる春色の服の向こうにある記憶の中の黒いドレスを思い返しながら、そんなことを考えた。
理由なんて判りきってるようなこと頭の中で反芻しながら昨夜は泣く泣く自宅へ戻り、両親に挨拶するのもそこそこに竜樹さんに帰りましたコール。
電話の向こうの竜樹さんは私が自宅に戻ったことを知ると安心したようだったけど、その声の裏側に幾許かの寂しさが見え隠れして少し胸が痛くなる。
できるだけ早く竜樹さんが寂しくないようにしようと思うけれど、それが具体的にいつ形にできるかまでは判らない。
心の痛さを抱えたまま、眠りについた。
程なく朝がやってきて起き上がるけれど、頭が痛くて仕方がない。
窓の外を見ると昨日より天気もよさそうだし、体を動かしてみたら頭痛も引くかと思って身支度整え出かけることにしたけれど、金岡母と自宅を出て10分ほどしたら、強い風と共に空から雪が降ってきた。
家を出る前暖かかったから少々薄着にして出たのが仇になったみたいで、二人とも口を開くと「寒い」「もう帰ろう」という言葉しか出ない。
駅まで着いてひとまずすぐ傍にあるレストランに飛び込み、軽い昼食を摂る。
冷え切った体も温まった頃には雪はやんだので、再び目的地を目指すことになる。
電車を乗り継ぎ乗り継ぎして目的地近くまで来たものの、吹く風はとても冷たい。
身を縮めるようにして歩き、ふと顔を上げるとショールームのウインドウに飾られたフォーマルドレスが目に飛び込む。
私が普通に生活する中でフォーマルドレスを着る機会なんて殆どないなぁと思いながら眺めていると、視線の端に映ったドレス。
それは黒いドレス。
「…ねぇ、結婚式のお色直しに黒着たらおかしいかなぁ?」
「はぁ!?あんた、何バカなこと言ってるのよ」
「…や、姉さまによく『一度金岡さんにジバンシーのドレス着てもらいたいねん』って言われるんだけどさ、それが深いブルーだったか黒やったかどっちか思い出せへんくって。
事あるごとにそれを言われるから、ずっと気になってたんよ」
「あー、それやったら結婚式もないんと違う?」
竜樹さん以外の男の人のためにウエディングドレスなんて着る訳がないことをよくご承知の金岡母。
まるで「私の目の黒いうちはそんなもの認めないわよ」と言われたような気がしてちょっとかくりときたのだけど、めげずに「そんなん判らへんもんねー」と小さな声で反論してみた。
目的地に着き、春物の服を物色。
普段から白や黒、色物着ても淡い色の多い私の目に飛び込むのはやっぱり白やら黒、グレー系、ベージュ系だったりする。
そうするといつも同じような格好に見えるので、金岡母はそこに何点か淡いトーンだけど色味のあるものを勧めてくる。
「着るとどんな感じなんだろう?」と思いながら、デザイン等で着てもおかしな感じがしないものはぽこぽこと袋に入れて、精算。
暖かい場所からまた寒い場所に出るのは勇気がいったけれど、早く戻った方が体にはよさそうなので、2人してそうそうに家路につく。
「寒いから早く帰って休みたいね」なんて話しながら視線を上げると、またフォーマルドレスのショールーム。
一番最初に目に飛び込んでくるのは、やっぱり来る時目に飛び込んだ黒いドレスだった。
「黒いドレス着て、式場でお花配ったりするのってヘン?」
「そうねぇ、そのセンスを認めてくれる人はそう多くないんじゃない?」
そんな話をしながら、足早にその場を通り過ぎ電車に乗り込む。
寒さしのぎに食事をした時や電車で移動してる時に金岡母といろんな話をしたのだけど、振り返るとどういう訳か人の生死に纏わる話が多かった気がする。
互いのどちらかがこの世からいなくなった時に残されたものは誰に連絡して貰えばいいのか判らないだの、そういや誰々さんが亡くなっただの。
いつもならそんな辛気臭い話は両者共に嫌がって、もっと軽い話にどちらともなく戻してしまうのに、不思議とそんな話がどちらともなく飛び出していた。
それは今にも落ちてきそうなくらい重く冷たい空気を孕んだ鈍色の空の所為なのか、それとも何かしらあったのか、よく判らないけれど…
うっかりすると、心が日陰に転がり落ちていくような感覚を覚えそうになった。
頭の中には黒いフォーマルドレスが蘇る。
確か姉さまは深いブルーのドレスだと言ってたと思う。
「金岡さんが結婚する時、それを着て欲しいって思ってるんだ」と話してたから、さすがに黒じゃなかった気がする。
でも、何となく黒のドレスが気になるのは何でだろう?
幸せになるべきその場で着る物の姿に思いを馳せた時、白いドレスの後ろにそっと黒いドレスが見えるのは…
…寒さで頭がヤられちゃったかな?
自分でもどうかしてると思うけれど。
白い光のすぐ傍に黒い影を見るのは、光が常に自分の傍にありつづける訳でないと身をもって知ったから。
手放しで白い光を当たり前のものとして受けつづけられる立場でなくなったから。
いつか見たドラマの中の台詞のように、「ウエディングドレスは戦闘服」だと言うのなら、私にとっては白はそぐわない気がしてる。
白も黒も併せ持つ、そんなものの方が自分自身の決意を表すような気がしてならない。
けれどそんなデザインしてもらって見てもらった途端に、周囲は「そんなんおかしい」と口を揃え、竜樹さんはその意味を知りたがるだろう。
竜樹さんに知らせて決して機嫌よく過ごせてもらえる訳じゃないのだから、言える筈もない。
だからきっとそんなドレスを着る機会があるなら、ひとまず「普通」の姿を体現するに留まるのだろう。
…今度姉さまに逢ったら、姉さまが言うてるドレスが何色なのか聞いておかなきゃね。
それが黒だと言われたら、別に黒を着て出ても傍目にはおかしくないのだろうし、黒じゃないなら、それはそれでいい。
ジバンシーのドレスの話は竜樹さんにもしてるし、具体的にどんな形のものなのかは私も竜樹さんも知りたいと思ってる。
そして、もしそのドレスを着る機会に出会えるのなら。
その時は今よりもっと迷いなく、白の中にいることを喜び、黒を過度に恐れぬ自分でありたい。
生命の肩越しに見える白と黒。
それは時折いきなり鋭い切っ先向けて心突き刺してくるのだけれど、
どれほどの傷を負っても、それによってどれほどの痛みを伴おうとも、竜樹さんといることで負うことになる黒と白の痛みと喜びからせ中を向けずにいたいと思う。
手にしてる春色の服の向こうにある記憶の中の黒いドレスを思い返しながら、そんなことを考えた。
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