…ひとりになんてするものか
2003年10月4日朝、階下の方からばたばたした空気が伝わってきて目が覚める。
ごそごそと起き上がってリビングへ向かうと、そこはもぬけの殻。
プードルさんすらいないので「何かあったのかな?」と思いながら、台所の洗い物を片付けてから竜樹さんに確認の電話を入れると「今日は坊さんの都合で法事は流れてん。あんまり眠れなくて調子が悪いから、来てくれるならすごいありがたいねんけど」と竜樹さん。
竜樹さんの親戚の方々はみんなこの日のために予定の都合をつけて集まるというのに、土壇場になって「都合」という二文字だけであっさり予定を覆す。
そんなルーズチックで仕事として成立するのか?お坊さんって?とびっくりしたけれど、何はともあれ竜樹さんと会えるならドタキャン坊さんに感謝しなければ♪
勢い勇んで用意を始める。
今日は妙に蒸し暑い。
このところ涼しい日が続いていたので、余計にそう感じるのかもしれない。
そのくせ薄着で出かけようものなら、夜には涼しくなりすぎて寒いくらいになるからとちょっと厚着かなと思うような格好にしてちょろちょろしてると暑く感じてならない。
「すべての用意が整ってから着替えるべきだったな」と自分の段取りの悪さを恨めしく感じているところに、金岡母とぽたぽたと力なく歩くプードルさんが帰ってきた。
「あれ、どうしたの?」
「今朝ひどく吐いて元気がないから病院に連れて行ってみたら、すごい熱を出してるらしいのよ」
この家に来る前も咳がなかなか治まらなくて気を揉んだけれど、ここまで弱ったプードルさんは見たことがない。
おまけにプードルさん最愛の金岡父は今日から旅行に出ている。
出かけるかどうか迷ったけれど、金岡母はひとこと。
「このカレー、早く彼氏のとこに持っていってね?
食パンが入らなくて困るから」
………………(゜д゜)!
今年に入ってからあるレストランから不定期にカレーを買っている。
ここのカレーは外食系の食べ物をなかなか美味しいと言わない金岡父が「美味い♪」と言い、辛いものがダメであまりカレーが好きでない竜樹さんも「美味い♪」と言うので、ストックが切れるとがばっと買うのだけど、どうやら今回は数が纏まりすぎて届いたらしく、冷凍庫にストックしていた金岡母お気に入りの食パンを押し出してしまったらしい。
彼女にとってはあくまで大量のカレーが冷凍庫を占領してることが問題なんであって、竜樹さんに渡すことが重要なんじゃないのだと思うとがっくりくるけれど「プードルさんが重篤なのに、何で出かけるのよー」と怒りまくらないだけマシだと思おう。
紙袋の内側にナイロン袋を入れに保冷剤をばかばかと積め、小分けになったカレー袋とシチューとハヤシライス(推定重量3kg)を提げて家を出る。
家の中だから蒸し暑いのだと思っていたら、外まで蒸し暑かった。
坂道を下る時も複数の交通機関の移動にもずっしりとカレーがのしかかる感じがする。
涼しいのに慣れた身体に3kgのカレーセットは少々堪えて、ちゃんと運べるかどうか珍しく不安になったけれど、どうにか竜樹邸まで辿り着いた。
竜樹邸の鍵を開け、中に入ると竜樹さんは横になっておられた。
「よう来てくれたなぁ」という声もどこか力なくて心配してしまう。
何でも連日朝早くから夕方までお向かいの家の改築工事の音がけたたましく響き渡るらしく、きちんと眠れてないらしい。
元々眠りの浅い竜樹さんは夜になればぐっすり眠れるタイプでもなく、うつらうつらしてるうちに工事のけたたましい音で意識を引きずり起こされる毎日だとか。
「もう、こんなんたまらへんわぁ」
弱い声はますます弱まる。
ご飯を食べたかどうか聞いてみると、朝からまだ何も食べれていないとのことなので冷蔵庫を物色。
うどんと少しばかりの野菜くらいしかなくて、ありあわせのうどんを作る。
うどんが出来上がっても暫く起きられないとのことだったので私だけ一足先に頂き、ようやっと食べれそうになるまで、竜樹さんの傍にぺたんと座って寝顔を眺めていた。
「…そらちゃぁん、うどん食べるわぁ」
ようやっと食べれるような状態になったようなので、うどんをさっとお湯に通し、スープを温めてうどんとあわせて竜樹さんに食べてもらう。
食べてひと心地つくと、今度は身体に鈍痛が走るからと横になられる竜樹さん。
その横でくっついて横になる私。
ほどなく竜樹さんの抱っこモードが働いたのかおふとんの中で抱き締めようと私の身体に回した手が一瞬止まる。
「…なんでこんなに冷たい身体してるん?そらぁ?」
きょとんとしていると、「寒くないんか?」とか「ちゃんと食べたか?」と竜樹さんは聞いてくるけれど、私もうどんは食べたし寒くもない。
「どっか悪くないか?」と聞いてくる彼に何気なく、ここ1,2週間感じていたことをぽつっと溢した。
別段大したことはないと思ってたので、さらと笑い混じりで答えたけれど、私の言葉に竜樹さんは閉じていた目を開き、ごろんとこちらに向きを変える。
「…それって、大丈夫やないやろ?」
「や、時々しか起こらないから、大丈夫でしょ?」
そんな言葉じゃ竜樹さんのびっくりは納まらないらしく、まだ起き上がったままじっと私の方を見てる。
「…なぁ、そらぁ。もう会社辞め?
その症状が出るようになったん、どう考えてもあの会社入ってからやろ?」
「そんなこと言ったって、『ほな辞めまっさ』って訳にもいかないでしょ?今後のこともあるんやし」
「身体壊したら何にもなれへんねんで?」
「や、私は壊れませんって。今までかってよろよろとでもやってこれたんやし」
「…何か、霄は急に俺の傍からいぃへんようになる気がする。
無理がたたって急におれへんようになるような気がする。
俺、そんなんいややぁ」
そう言ってぎゅーっと抱き締める。
私が不安には感じてないことでも、彼には十分不安になりえるんだ。
元気そうな瞳で嘘をつくこともできず、心からの安心を手渡すことも出来ず。
出来ることといえば竜樹さんと同じくらいの力でぎゅっと抱き締め返すことくらい。
「大丈夫ですよ。症状がひどくなる前にはちゃんと手を引くから。
私は何処にもいかへんから…」
そのままキスをする。
それは何らかの思考が働いたというより身体が勝手にそうしたという感じで、それで彼に安心を与えられるとも思わなかったけれど。
「どっこも行かんとってやぁ」と呟いて彼が寝付くまでずっと隣にいた。
夕飯の買出しにも行かなきゃならなかったけれど、竜樹さんにしては珍しくぎゅっと私を抱え込んだまま眠ってしまったので、暫くそのままの格好で私も横になっていた。
横になって台所の窓を見ていると、空は夕焼け色に染まってきてる。
買出しに行かなきゃならないなと思いながら、それでも抱き締める手も右手を握り締める手も解く気になれなくてそのままの状態でいてる。
「どっこも行かんとってやぁ」という言葉だけが深く心に落ちていく。
他人に自らを預けることを知らなかった竜樹さんに「預けてもいいんだよ」と言い続け、ようやっと自身を預けるようになった人を置いてなんていくものか。
…ひとりになんてするものか
竜樹さんの寝息を聞きながら、体温を感じながら、日が落ちていくのを眺めていた。
日が落ちるのを見ながら、ゆっくりと自分自身のことを考えた。
買出しに行かなきゃならないぎりぎりの時間までゆっくりと考えた。
(5日の日記に続きます)
ごそごそと起き上がってリビングへ向かうと、そこはもぬけの殻。
プードルさんすらいないので「何かあったのかな?」と思いながら、台所の洗い物を片付けてから竜樹さんに確認の電話を入れると「今日は坊さんの都合で法事は流れてん。あんまり眠れなくて調子が悪いから、来てくれるならすごいありがたいねんけど」と竜樹さん。
竜樹さんの親戚の方々はみんなこの日のために予定の都合をつけて集まるというのに、土壇場になって「都合」という二文字だけであっさり予定を覆す。
そんなルーズチックで仕事として成立するのか?お坊さんって?とびっくりしたけれど、何はともあれ竜樹さんと会えるならドタキャン坊さんに感謝しなければ♪
勢い勇んで用意を始める。
今日は妙に蒸し暑い。
このところ涼しい日が続いていたので、余計にそう感じるのかもしれない。
そのくせ薄着で出かけようものなら、夜には涼しくなりすぎて寒いくらいになるからとちょっと厚着かなと思うような格好にしてちょろちょろしてると暑く感じてならない。
「すべての用意が整ってから着替えるべきだったな」と自分の段取りの悪さを恨めしく感じているところに、金岡母とぽたぽたと力なく歩くプードルさんが帰ってきた。
「あれ、どうしたの?」
「今朝ひどく吐いて元気がないから病院に連れて行ってみたら、すごい熱を出してるらしいのよ」
この家に来る前も咳がなかなか治まらなくて気を揉んだけれど、ここまで弱ったプードルさんは見たことがない。
おまけにプードルさん最愛の金岡父は今日から旅行に出ている。
出かけるかどうか迷ったけれど、金岡母はひとこと。
「このカレー、早く彼氏のとこに持っていってね?
食パンが入らなくて困るから」
………………(゜д゜)!
今年に入ってからあるレストランから不定期にカレーを買っている。
ここのカレーは外食系の食べ物をなかなか美味しいと言わない金岡父が「美味い♪」と言い、辛いものがダメであまりカレーが好きでない竜樹さんも「美味い♪」と言うので、ストックが切れるとがばっと買うのだけど、どうやら今回は数が纏まりすぎて届いたらしく、冷凍庫にストックしていた金岡母お気に入りの食パンを押し出してしまったらしい。
彼女にとってはあくまで大量のカレーが冷凍庫を占領してることが問題なんであって、竜樹さんに渡すことが重要なんじゃないのだと思うとがっくりくるけれど「プードルさんが重篤なのに、何で出かけるのよー」と怒りまくらないだけマシだと思おう。
紙袋の内側にナイロン袋を入れに保冷剤をばかばかと積め、小分けになったカレー袋とシチューとハヤシライス(推定重量3kg)を提げて家を出る。
家の中だから蒸し暑いのだと思っていたら、外まで蒸し暑かった。
坂道を下る時も複数の交通機関の移動にもずっしりとカレーがのしかかる感じがする。
涼しいのに慣れた身体に3kgのカレーセットは少々堪えて、ちゃんと運べるかどうか珍しく不安になったけれど、どうにか竜樹邸まで辿り着いた。
竜樹邸の鍵を開け、中に入ると竜樹さんは横になっておられた。
「よう来てくれたなぁ」という声もどこか力なくて心配してしまう。
何でも連日朝早くから夕方までお向かいの家の改築工事の音がけたたましく響き渡るらしく、きちんと眠れてないらしい。
元々眠りの浅い竜樹さんは夜になればぐっすり眠れるタイプでもなく、うつらうつらしてるうちに工事のけたたましい音で意識を引きずり起こされる毎日だとか。
「もう、こんなんたまらへんわぁ」
弱い声はますます弱まる。
ご飯を食べたかどうか聞いてみると、朝からまだ何も食べれていないとのことなので冷蔵庫を物色。
うどんと少しばかりの野菜くらいしかなくて、ありあわせのうどんを作る。
うどんが出来上がっても暫く起きられないとのことだったので私だけ一足先に頂き、ようやっと食べれそうになるまで、竜樹さんの傍にぺたんと座って寝顔を眺めていた。
「…そらちゃぁん、うどん食べるわぁ」
ようやっと食べれるような状態になったようなので、うどんをさっとお湯に通し、スープを温めてうどんとあわせて竜樹さんに食べてもらう。
食べてひと心地つくと、今度は身体に鈍痛が走るからと横になられる竜樹さん。
その横でくっついて横になる私。
ほどなく竜樹さんの抱っこモードが働いたのかおふとんの中で抱き締めようと私の身体に回した手が一瞬止まる。
「…なんでこんなに冷たい身体してるん?そらぁ?」
きょとんとしていると、「寒くないんか?」とか「ちゃんと食べたか?」と竜樹さんは聞いてくるけれど、私もうどんは食べたし寒くもない。
「どっか悪くないか?」と聞いてくる彼に何気なく、ここ1,2週間感じていたことをぽつっと溢した。
別段大したことはないと思ってたので、さらと笑い混じりで答えたけれど、私の言葉に竜樹さんは閉じていた目を開き、ごろんとこちらに向きを変える。
「…それって、大丈夫やないやろ?」
「や、時々しか起こらないから、大丈夫でしょ?」
そんな言葉じゃ竜樹さんのびっくりは納まらないらしく、まだ起き上がったままじっと私の方を見てる。
「…なぁ、そらぁ。もう会社辞め?
その症状が出るようになったん、どう考えてもあの会社入ってからやろ?」
「そんなこと言ったって、『ほな辞めまっさ』って訳にもいかないでしょ?今後のこともあるんやし」
「身体壊したら何にもなれへんねんで?」
「や、私は壊れませんって。今までかってよろよろとでもやってこれたんやし」
「…何か、霄は急に俺の傍からいぃへんようになる気がする。
無理がたたって急におれへんようになるような気がする。
俺、そんなんいややぁ」
そう言ってぎゅーっと抱き締める。
私が不安には感じてないことでも、彼には十分不安になりえるんだ。
元気そうな瞳で嘘をつくこともできず、心からの安心を手渡すことも出来ず。
出来ることといえば竜樹さんと同じくらいの力でぎゅっと抱き締め返すことくらい。
「大丈夫ですよ。症状がひどくなる前にはちゃんと手を引くから。
私は何処にもいかへんから…」
そのままキスをする。
それは何らかの思考が働いたというより身体が勝手にそうしたという感じで、それで彼に安心を与えられるとも思わなかったけれど。
「どっこも行かんとってやぁ」と呟いて彼が寝付くまでずっと隣にいた。
夕飯の買出しにも行かなきゃならなかったけれど、竜樹さんにしては珍しくぎゅっと私を抱え込んだまま眠ってしまったので、暫くそのままの格好で私も横になっていた。
横になって台所の窓を見ていると、空は夕焼け色に染まってきてる。
買出しに行かなきゃならないなと思いながら、それでも抱き締める手も右手を握り締める手も解く気になれなくてそのままの状態でいてる。
「どっこも行かんとってやぁ」という言葉だけが深く心に落ちていく。
他人に自らを預けることを知らなかった竜樹さんに「預けてもいいんだよ」と言い続け、ようやっと自身を預けるようになった人を置いてなんていくものか。
…ひとりになんてするものか
竜樹さんの寝息を聞きながら、体温を感じながら、日が落ちていくのを眺めていた。
日が落ちるのを見ながら、ゆっくりと自分自身のことを考えた。
買出しに行かなきゃならないぎりぎりの時間までゆっくりと考えた。
(5日の日記に続きます)
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