竜樹さんとの電話の後、気持ちよく眠ることが出来た。
大好きな声が連れてきた眠りは幾分いつもよりかは身体の疲れを取り去ってた気がする。


早いもので今日で9月も終わり。
9月だからじゃないけれど、何か始めようと思ったことのいくつかは目鼻がつき、いくつかはまだ全然着手できていないけれど、追い立てられるような感覚に捕らわれてないだけマシなのかなとも思う。

業務の関係で月末はいつもにも増して朝から殺気立つのだけど、その感覚がないのは親会社がらみの業務の一部が今日まで止まるからだけではきっとない。
雁字搦めに縛り上げる鎖のひとつひとつをきちんと外していけばいいやと居直りなおしたことが幾分殺気立つのを抑えてるのだろうとも思う。

「ちゃんと寝て、ちゃんと食べて、健やかでいましょう」なんて使い古したような文句を思い返しながら、社屋に入る。


親会社絡みの業務がないと、ここまで気持ちよく仕事が片付いていくのかと感心するほどに仕事がどんどん片付いていく。
物理的な仕事量が多少穏やかなのもあるのかもしれないけれど、それだけ親会社が絡む仕事は瑣末なことでまで時間を食いつぶしてるのだと再確認。
殺気立たない上に体力の消耗も少ないというのは社内にいてる間においては年間数日程度でしかないから、今日はとことん伸びやかに仕事をしようと思う。

午前中スムースに仕事が進んでも午後から覆ることは往々にしてあるので、昼休みも半分ほど食いつぶして仕事を片付けてみたけれど、午後からも緩やかな流れは変わりなくすることを探す方が大変な状態に。
ちょこちょこっとやってくる、気分をあまり害さない内容の仕事をぽつぽつ片付けて、事務所を後にした。


昼休みを食いつぶして仕事をした関係で、竜樹さんに送ったメールはとてつもなく簡素なものだったので、駅についてから電話を入れる。


「お疲れ〜♪」


電話の向こうから聞こえる竜樹さんの声は妙に明るい。


「今日は元気なんですね」
「昨日の晩は眠れへんかってんけど、ちょこっと寝たらなんだか調子がええねん(*^-^*)」


竜樹さんの明るい声を聞いていると、何となく会いに行きたくなるけれど、今日奇妙なまでに穏やかだった仕事は明日から親会社の業務が被ってくる関係で大荒れが予想される。
それを思うと、ひとまず体力を温存するほうが堅いような気もしてくる。
心の温かさを手にするのか、体力温存を優先するのか。
一旦は「明日からの業務が恐ろしいから、今日は直帰しようかと思うんです」と答えてはみたけれど…


「俺、今日は元気やで?」


竜樹さんは私の手を借りなくても大丈夫そうな状態の時は、「今日は元気だから、来なくても大丈夫やで」とはっきり言い切る。
私が会社に行くとあまり体力的に余力を残せなくてよれよれになってるということもあるし、会社から竜樹邸、竜樹邸から私の自宅までの移動のことを考えると大変だからというのが理由らしい。

言葉尻を穿って捉えがちな精神状態の時は頭を抱えてしまうのだけど、逆に手が要る時もまたはっきり「手が要る」と言ってくれるのでシンプルに考えていられるうちは楽に構えていられるだけありがたいと思う。

けれど、今日は「手が要るからおいで」とも「家に帰ってゆっくり休み?」とは仰らない。
「来なくてもちゃんとやれるよ、大丈夫」と明言もしないあたりのことを考えると、何となく「今日は家でゆっくりしますね♪」と言う気になれない。


「これからそっちに行きますね」


そう言って電話を切り、ホームに滑り込んできた電車に乗る。
竜樹邸に向かう電車は私の自宅方面の電車に比べたら、人口密度が高い。
体調悪いと人いきれ起こしそうな濁った空気は体力の消耗を加速させる気がするけれど、その空気の向こうに竜樹さんがいると思うと何とはなしに気持ちが上向きになる。
人口密度の多い車輌から乗り換えるためにホームを駆け抜けて、また人口密度の多い電車に乗り換える。
電車を降りてバスに乗る前に差し入れの品をいくつか買って、これまた人口密度の高いバスに乗って竜樹邸を目指した。


バスを降りて外灯の少ない道を歩いていると、竜樹邸の灯りが見えてくる。
灯りを見るとほっとすると誰かが言ってた気がしたけれど、本当にそんな気がする。
ドアを開けて竜樹邸に入ると、お風呂場近くで竜樹さんがうろうろしておられた。


「お風呂沸かしてるねん。いい温度になったら言うから、入り?」


お風呂が沸くのを待ってる間に、竜樹母さんが来られたので暫くお話。
ひとしきりお話が終わる頃にはいい湯加減になったらしく、お風呂に入った。

のぼせやすい私でも長く入ってられるようにあれこれと配慮をしてくれてる所為か、いつもよりものんびりぼんやりお湯に浸かっている。
明日もまだ仕事があることや家に帰る時間を考えるとあんまりのんびりしてもいられないのだけど、何となくきりきりする気分になれなくて、ぼんやりお湯に浸かってる。

のぼせそうになる手前で上がって部屋着を着てると「いい匂いしてるやん♪(^-^)」と竜樹さん。
ボディシャンプーの匂いに何か気をよくしたのか「俺も入ってくるわぁ」と早々にお風呂場へ。

竜樹さんを待ってる間、買ってきたお惣菜をつまみながらついてたテレビを眺めていた。


竜樹さんがお風呂からあがってきてからも、別に取り立てて甘い雰囲気になるわけでもなく、テレビに映ってる物まね大会を眺めては時折笑ったり話したり。
座ってるのがしんどくなってきたり寒くなってくると、横になってくっついてまたテレビを見て笑って…

ここに来るまで「あまあまなことがしたくて来て欲しいと思ったのかな?」と思ってて、実際ちょっとあまあまモードに移行しつつある場面もあったけれど、耳に飛び込んだ歌に二人して噴き出して笑いこける。
結局熱を帯びた甘さよりも柔らかな暖かさの中でずっとくっついて過ごした。
のんびりとシンプルな時間を楽しんでるように見える竜樹さんの身体にだるさや痛みは、依然として居座っているのだろうけれど、しんどくなった時や不安に包まれてる時のような強張った表情はそこにない。


自然と会話が生まれ、自然とそれが育まれ、そこに暖かさがあることを感じる。
さも当たり前のようにあるようなものが、実はとても心に優しく愛しいものであることを思い出せるような感じがする。
そんなシンプルなふたりの時間は流れていくのが早くて、気がついたら竜樹邸を後にしなきゃならないような時間になっていた。


「外は寒いでぇ。そらちゃん、帰るの大変やなぁ」
「大丈夫です。ちゃんとバス乗って電車乗って帰りますから」
「もうちょっと待っててくれたら、俺、送ってったんねんけどなぁ(*^-^*)」


そう言ってそっと抱きかかえる竜樹さんを振り払ってまで出て行く気にはなれず、また暫く暖かさに身を委ねる。


…帰らなくても済めばいいのになぁ


自分を縛る鎖にちょっと手をつけただけに過ぎないのに、欲求だけはどんどん飛躍していく気がする。
まだあの家を出てないのだから、竜樹邸が私の帰る場所ではない。
それは判ってるのだけど…


…や、竜樹さんがいてるところに帰るために、敢えて歩を進めるんでしょ?


気を抜くといつまでも居着いてしまいそうな気持ちを振り払って、竜樹さんの用意が整うのを待つ。
竜樹さんが用意をしてる間も、車で移動してる間もずっと。
悪い意味での緊張感のない、ふんわりと暖かな時間はさもそこにあるのが当然のように二人の間を流れていく。


そんな時間を重ねることに対して常にありがたみを覚えるようなことがなくなってしまうような位に、当たり前のようにそんな時間を共有できるようになっても。
その暖かさを大切に重ねていけたらと思う。

シンプルだけど、暖かくて愛しい、ふたりの時間を過ごせたらと思う。

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