帰宅後、何となく寝つきが悪くてごそごそと作りかけのキットを取り出す。
竜樹邸で不調だった鼻の調子はまた俄かに悪くなりつつあったけれど、空気清浄機をつけるほどのことはないだろうと時折鼻をかみかみ作業を続ける。


どれくらい作業をした頃だったかは記憶にないのだけど、突然部屋の電話が鳴った。
ナンバーディスプレイを見ると、竜樹邸の電話番号。
慌てて電話を取る。


「…まだ起きてたんか?」

「ええ、何となく寝付き悪くて…
どうかしはったんですか?」

「もしかして、泣いて眠られへんのと違うかって思って」


…やっぱり、竜樹さんから見ても、私はおかしかったのかな?


「いえ?大丈夫ですよ、私は」

「今も鼻声やんか?」

「作業してたら、また鼻の調子が悪くなっただけです。
泣いてなんていませんよ?」

「こないだ『涙が出て眠れへんかった』って言ってたやろ?
こっちでも涙目やったり鼻がおかしかったりしたから、気になってたんや。
電話してくるやろうって思って待ってたけど電話ないから、泣いて眠れへんねやって思って。
…何かあったんか?」


恒常的に情緒不安定の種はそこここに散らばってる状態であることに特に変化はなく、そんなのは別に今に始まったことではない。

強いて言うのなら、大切な人の悲しみが心の中で広がって深層部を鷲掴みにしてることくらいで、それは時間が経って悲しみの波が去るのを待つより解決はしないことはよく判ってるし、その波が去るまでの間に情緒の部分を乱していくのはある意味仕方のないことだから。


「…や、今晩は寝付けないだけで泣いてはいないですよ。
だから、大丈夫です」

「…俺なぁ、霄が泣いて眠れてへんのと違うかって思ったら、心配で心配でだんだん眠れへんようになってくるねん。
霄が泣いたら俺も悲しくなってくるんや。
だから、何かあるんやったら話してくれたらええねんで?
一体、何があってん?
俺、何か霄が傷つくほどきついこと言ったか?」


自分の思考回路は自分にしか理解できないものだから、それこそ竜樹さんにすら話す必要はないって思ってたし、話すことで竜樹さんの負担を増やしたくないのも事実だったから、よほどのことがなかったら話さなかったのだけど。


…話さないことで竜樹さんの心配を増やすなら、少しだけ話してみてもいいのかもしれない。


極めて根拠レスな情緒の部分について、少しずつ話し出す。


心の中に流れ込んできてる悲しみと自分の思考の流れと。
別に判ってもらえなくてもよかった。
ただ、「こんな思考に陥るのは茶飯事だから、心配しなくても大丈夫なんだよ」って気持ちだけを伝えられたらよかった。

ひとしきり話を聞き終えて、竜樹さんが話し出す。


「霄は俺に元気でいて欲しいって思うやろ?」

「そんなん、当たり前ですやん」

「俺は霄が笑顔でいてくれたら、元気でいられるんや。
俺が指摘することについては、もう『自分が悪いんや』って思わなくてええねん。
『あー、おっさん、またぶつぶつ小言言うとうわ』で流してたらええねん」

「…それでは、ダメでしょう?
改善すべき点だから、指摘してくれはるんやし…」

「出来へんかっても、そんなんかまへんねん。
そらちゃんが落ち込んで考え込んでまう方がいやや」


時折冗談を交えながら一生懸命話し掛けてくれる竜樹さん。
私がぽつぽつと溢す思考のかけらを一生懸命拾い集めて、また話し掛けてくれる。


「…なぁ、霄ぁ。
俺は霄が俺から離れたいと望まない限り、放り出したりはせぇへんで?
俺は他の誰とも違うから、他の誰かのことに重ねて見ることはないねんから、な」


今までずっと自分が抱えきれるだけ抱え込んで溢れ返させてしまうまではじっと黙りつづけていた。
竜樹さんの置かれた状況を考えれば、それは非常に当たり前のことのように思ってたし、多少自分がしんどくてもそれで竜樹さんの負担にならないならその方がよかったから。


…でも、相手の負担になりたくないって思ってしとうことが、竜樹さんに不安を抱かせるなら意味ないじゃないか?


「私は自分が大切に思う人に大切にされて、竜樹さんからきちんと愛されて、幸せやって思ってますよ。
思考の流れ方が自分に近しいものにシンクロしやすい傾向はあるけれど、それでも私は不幸じゃないですよ」

「そらちゃんは俺といてて、幸せやろ?」

「そんなん当たり前ですやん」

「やろー?
だったら、泣かなくてもええねんで。
泣いてもええけど、嬉しい時にせぇへんか?泣くの。
そらちゃんが泣くのを見るのは、俺も辛いねんから」

「ですね」

「一人で背負わんでええねんで」

「…はい」


そうして長電話苦手な竜樹さんにしては異常に長い電話になってしまった。


「明日は天気になるし、晴れたら花見に行っておいで。
ええ気分転換になるから」

「はい。ゆっくり休んでくださいね」

「そうするわ」

「ありがとう。私はちゃんと竜樹さんのこと、大好きですから、ね」

「うんうん」


電話を切ってからもまだ竜樹さんの声が聞こえてるようで、暫くずっと子機を握り締めていた。
その姿があまりにもヘンかも?と思ったので、子機を置いて眠りにつく。


目が覚めた時、目に飛び込んできた空は快晴だった。
お花見にはいい天気。
散歩にでも出かけようと思ってると…


「これから出かけるから、プードルちゃんとお留守番しててね♪」


…………………Σ(゜д゜ )


快晴で喜んだ後には、こんなオチ。
本当にここいらが潮時なんだろうなとぐるぐる奥歯をかみ締めながら、プードルさんと陽の差し込むリビングでぼんやり空を眺めていた。


いろんな思いがぐっちゃまぜになった鈍色の感情は、竜樹さんに包み込まれて姿を隠してしまった。
太陽が思い雨雲を押しのけて、陽の光を地面に届けてくれるように…


竜樹さんが届けてくれた青空を見上げながら、ほっと一息。


私以外の誰かから見て、それが根拠レスなものでしかなかったとしても。
間違いなく手に入れられたような気がする。
もう何かが足りないと思いつづけて走る必要はない。

本当に欲しかったものは間違いなくその手にあるのだと。
互いを包む雨雲をいつか互いの手で払い除けることはきっとできるのだと。


竜樹さんが闇夜を掃って連れてきてくれた桜日和の空を見つめて、そんな確信を得た気がした。

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