笑顔交わせるなら…
2002年12月19日昨夜プラモデルを組もうかなと思った時、竜樹さんから電話があった。
いつもならかかってくるはずのない時間。
竜樹さんが深夜に電話してくるのは、体調不良が著しすぎる時か精神的に弱りきってる時かのどちらかだから、少々竜樹さんの物言いが心に突き刺さることがあってもある程度は飲もうと覚悟してかかってるのだけど、切れ味は鈍いけれどちくちくと刺されるような感覚を覚えるような会話。
身体の調子が著しく悪くて、自分ではどうとも改善のしようのない状態から発することを私に預けられること自体はありがたいことだと思うけれど、どことなく受け止める体勢が不安定なせいか、朝まですっきりしない状態のまま過ごした。
本意であれ本意でなかれ、よい時代の思い出に嫌な形で触れられたことが、一番ひっかかってるのかもしれない。
「別にそんなことは今に始まったことじゃなかろう」と、引っかかりつづけるということ自体に首を捻りながら出かける用意をする。
窓越しの空は鈍色。
外は雨が降っていた。
気持ちも身体も重いまま家を出る。
…ちょっと暫く距離を置いた方がいいのかもしれない。
竜樹さんと一緒にい始めてから「距離を置く」ということ自体を考えたことがなくて、今頃になってそんな発想が出ること自体に自分でも驚くのだけど。
今の私と竜樹さんは目の前にある木にばかり意識を向けるあまり、自分を取り囲む森そのものを見失ってるのかもしれない。
それは互いの得手勝手じゃなくて、互いが個々に置かれてる状況に少し疲れてきてるからなんだとも思うから。
関係を絶つための元になるものとしてでなく、関係をより強くするために。
敢えてそんな時間も必要になってきたのかなと思うだけ。
さりとて、本当に距離を置くことができるほど私の意思が強いかどうかは首を傾げるところだけれど…
そんなことをぼんやりと考えながら、今日も机の上に山積になってる書類を片付ける作業を始める。
午前中と午後を通して1日穏やかな仕事のままあがれることなんて殆どない。
午前中が緩やかなら昼から窓ガラス蹴破って飛び降りたくなるほど忙しくなるか、午前中早退したくなるほど忙しくて昼からちょっとましかのどちらか。
1日中忙しい日もあるから、穏やかに過ごせることを期待するほうが間違っているのだけれど。
来るものをたったか片付けていると、思ってるよりも厄介な案件は今日はやってこない。
……体力に余力ができるなら…
「余力ができるなら…」の後に続く表現があまりに今朝の決意とは異なるもので、なんだかなって感じだったけれど。
あまり仕事に手を煩わせることなく事務所を後にした。
駅のホームに向かうまでの間に、咄嗟に気になったことがあって竜樹さんにメールを飛ばす。
「手が要るのなら行きます」というひどくシンプルなメールだったのだけど、ホームに上がってどちら向きの電車に乗るかを迷ってる時に電話が鳴る。
…結局、家に向かう方とは反対方向の電車に飛び乗った。
竜樹さんが引いた風邪は思った以上にきついらしくて、相当身体に堪えてるらしい。
聞くと、ごはんもちゃんと食べてれないという。
乗り換えの駅に着いたら走って移動して、また次の電車に乗る。
バスに乗る前に最低限度の食材を買い足して、ラッシュ時のバスに乗る。
食材を提げてよろよろとバスを降り、竜樹邸に急ぐ。
竜樹邸の鍵を開けると、起き上がってぼんやりと振り返る竜樹さんがいた。
「…大丈夫ですか?何か作ったら食べられそうですか?」
「うん、多分食べれると思う。自分で作って食べるのがキツかってん"(ノ_・、)"」
なるべくお隣の実家に頼らないようにと体調が優れなくてもご実家にも連絡されないから、放っておくととんでもないことになる。
竜樹さんは料理ができない人ではないので、台所で料理できるだけの体力が残っていたら問題ないのだけれど、こういうことも確かにあるから気を配っておく必要はある。
「いつまでこんなん続くんやろ?こないだやっとマシになったとこやったのに…」
手術した年の最初の冬は身体には堪えるというのは前回の手術の時にも経験済みではあるけれど、ここまでひどかったように記憶はしてない。
それは単に今年の風邪がきついからなのか、それとも他に原因があるのか。
不安そうにしてる竜樹さんを少しの間抱き締める。
それで不安が拭える訳でないと知りながら…
竜樹さんに横になってもらって、私はそのまま台所へ向かう。
今日の夕飯は、具沢山豚汁と白菜とエビの中華スープ煮。
豚汁にはいつも入れ忘れるごぼうをプラス。
食欲がなくても、それ一杯食べれば小さな食事代わりになるほどの具沢山の豚汁。
白菜とエビの中華スープ煮は、金岡定番のひとつ。
白菜をザク切りにし、少量のごま油で炒めしんなりしてきたらエビを入れ、中華スープを足してただ煮るだけ。
どちらも鍋一杯に作り、上手に保存をすれば2、3日は食べられそうな量を作り、台所の片づけをする。
まだ明日1日会社に行かなきゃならないから、あまり長居はしないでおこうと時計をちらちらと見ながら竜樹さんの傍にいたけれど。
「霄ぁ、寒いねん」
そう仰る竜樹さんのお隣にもぐりこみ、暫くくっついて横になっていた。
最近の竜樹さんは横になって私の背中をだっこするようにして抱き締めつづける。
どことなく不安そうに、何か暖かなものに身を委ねてたいような感じが背中から伝わってくる感じ。
切ないけれどそうすることで安心できるなら安心して欲しくて、ついゆっくりしてしまう。
ゆっくりとくっつきながら、心の中で少しだけ引っかかってたことについて竜樹さんに話してみる。
なるべく心が漣立たないように気を配りながら、言葉を選んで伝えてみる。
私の心にひっかかる小さな刺を竜樹さんは静かに抜いてくれた。
そして私もまた安心したように抱き締める竜樹さんの腕をそっと握り返す。
「…あ、そうや。霄に渡そうと思ってたものがあるねん」
ゆっくりと竜樹さんは起き上がり、クローゼットの中から小さな袋を取り出す。
「だいぶ早いけど、これが霄への誕生日プレゼント(*^-^*)」
包みを開けてみてびっくりした。
竜樹さんが十年近くずっと大切に使っておられるものとまるっきり同じもの。
「俺はこれに大切なものを入れて、肌身離さへんようにしてるねん。
霄もこれに忘れたらあかんものを入れて持って歩いたらええと思って…」
「でも、これ竜樹さんのが壊れた時のために買ったんでしょ?」
「元々はそうやったけど、使い慣れたものの方が愛着があってええからさ。
霄が大事に使ってくれるなら、その方がええし」
そんなやり取りの後、どんな風に使うといいかあれこれ説明してくれる竜樹さん。
時折それを使い始めた頃の話を交えながら話してくれる竜樹さんの表情は柔らかい。
「出かける時は必ず一番最初に持ったかどうか確かめるんやで?」
まるで小学生相手に話してるみたいやなって思うとちょっと複雑な気がするけれど、嬉しそうに話し掛ける竜樹さんをみたらそんな意識はどこかへいく。
そうして言葉を交わして、笑顔が生まれる。
ひっかかりは消え、ただそこに笑顔だけが残る。
そんな空気から飛び出したくなくて、ずるずるずるずる長居をして。
結局、帰宅は遅くなるわ夕飯は食べ損ねるわしたけれど。
引っかかっても、どうしようもなくても。
目の前の木しか見えなくても、森の姿を知らなくても。
竜樹さんと一瞬でも笑顔交わせるなら、もうそれでいいのかもしれない。
この先何度でも「距離を置こうかな」と思うことはあるのだろうけど、互いの目を見て笑顔交わせるなら、それでいいのかもしれない。
いつもならかかってくるはずのない時間。
竜樹さんが深夜に電話してくるのは、体調不良が著しすぎる時か精神的に弱りきってる時かのどちらかだから、少々竜樹さんの物言いが心に突き刺さることがあってもある程度は飲もうと覚悟してかかってるのだけど、切れ味は鈍いけれどちくちくと刺されるような感覚を覚えるような会話。
身体の調子が著しく悪くて、自分ではどうとも改善のしようのない状態から発することを私に預けられること自体はありがたいことだと思うけれど、どことなく受け止める体勢が不安定なせいか、朝まですっきりしない状態のまま過ごした。
本意であれ本意でなかれ、よい時代の思い出に嫌な形で触れられたことが、一番ひっかかってるのかもしれない。
「別にそんなことは今に始まったことじゃなかろう」と、引っかかりつづけるということ自体に首を捻りながら出かける用意をする。
窓越しの空は鈍色。
外は雨が降っていた。
気持ちも身体も重いまま家を出る。
…ちょっと暫く距離を置いた方がいいのかもしれない。
竜樹さんと一緒にい始めてから「距離を置く」ということ自体を考えたことがなくて、今頃になってそんな発想が出ること自体に自分でも驚くのだけど。
今の私と竜樹さんは目の前にある木にばかり意識を向けるあまり、自分を取り囲む森そのものを見失ってるのかもしれない。
それは互いの得手勝手じゃなくて、互いが個々に置かれてる状況に少し疲れてきてるからなんだとも思うから。
関係を絶つための元になるものとしてでなく、関係をより強くするために。
敢えてそんな時間も必要になってきたのかなと思うだけ。
さりとて、本当に距離を置くことができるほど私の意思が強いかどうかは首を傾げるところだけれど…
そんなことをぼんやりと考えながら、今日も机の上に山積になってる書類を片付ける作業を始める。
午前中と午後を通して1日穏やかな仕事のままあがれることなんて殆どない。
午前中が緩やかなら昼から窓ガラス蹴破って飛び降りたくなるほど忙しくなるか、午前中早退したくなるほど忙しくて昼からちょっとましかのどちらか。
1日中忙しい日もあるから、穏やかに過ごせることを期待するほうが間違っているのだけれど。
来るものをたったか片付けていると、思ってるよりも厄介な案件は今日はやってこない。
……体力に余力ができるなら…
「余力ができるなら…」の後に続く表現があまりに今朝の決意とは異なるもので、なんだかなって感じだったけれど。
あまり仕事に手を煩わせることなく事務所を後にした。
駅のホームに向かうまでの間に、咄嗟に気になったことがあって竜樹さんにメールを飛ばす。
「手が要るのなら行きます」というひどくシンプルなメールだったのだけど、ホームに上がってどちら向きの電車に乗るかを迷ってる時に電話が鳴る。
…結局、家に向かう方とは反対方向の電車に飛び乗った。
竜樹さんが引いた風邪は思った以上にきついらしくて、相当身体に堪えてるらしい。
聞くと、ごはんもちゃんと食べてれないという。
乗り換えの駅に着いたら走って移動して、また次の電車に乗る。
バスに乗る前に最低限度の食材を買い足して、ラッシュ時のバスに乗る。
食材を提げてよろよろとバスを降り、竜樹邸に急ぐ。
竜樹邸の鍵を開けると、起き上がってぼんやりと振り返る竜樹さんがいた。
「…大丈夫ですか?何か作ったら食べられそうですか?」
「うん、多分食べれると思う。自分で作って食べるのがキツかってん"(ノ_・、)"」
なるべくお隣の実家に頼らないようにと体調が優れなくてもご実家にも連絡されないから、放っておくととんでもないことになる。
竜樹さんは料理ができない人ではないので、台所で料理できるだけの体力が残っていたら問題ないのだけれど、こういうことも確かにあるから気を配っておく必要はある。
「いつまでこんなん続くんやろ?こないだやっとマシになったとこやったのに…」
手術した年の最初の冬は身体には堪えるというのは前回の手術の時にも経験済みではあるけれど、ここまでひどかったように記憶はしてない。
それは単に今年の風邪がきついからなのか、それとも他に原因があるのか。
不安そうにしてる竜樹さんを少しの間抱き締める。
それで不安が拭える訳でないと知りながら…
竜樹さんに横になってもらって、私はそのまま台所へ向かう。
今日の夕飯は、具沢山豚汁と白菜とエビの中華スープ煮。
豚汁にはいつも入れ忘れるごぼうをプラス。
食欲がなくても、それ一杯食べれば小さな食事代わりになるほどの具沢山の豚汁。
白菜とエビの中華スープ煮は、金岡定番のひとつ。
白菜をザク切りにし、少量のごま油で炒めしんなりしてきたらエビを入れ、中華スープを足してただ煮るだけ。
どちらも鍋一杯に作り、上手に保存をすれば2、3日は食べられそうな量を作り、台所の片づけをする。
まだ明日1日会社に行かなきゃならないから、あまり長居はしないでおこうと時計をちらちらと見ながら竜樹さんの傍にいたけれど。
「霄ぁ、寒いねん」
そう仰る竜樹さんのお隣にもぐりこみ、暫くくっついて横になっていた。
最近の竜樹さんは横になって私の背中をだっこするようにして抱き締めつづける。
どことなく不安そうに、何か暖かなものに身を委ねてたいような感じが背中から伝わってくる感じ。
切ないけれどそうすることで安心できるなら安心して欲しくて、ついゆっくりしてしまう。
ゆっくりとくっつきながら、心の中で少しだけ引っかかってたことについて竜樹さんに話してみる。
なるべく心が漣立たないように気を配りながら、言葉を選んで伝えてみる。
私の心にひっかかる小さな刺を竜樹さんは静かに抜いてくれた。
そして私もまた安心したように抱き締める竜樹さんの腕をそっと握り返す。
「…あ、そうや。霄に渡そうと思ってたものがあるねん」
ゆっくりと竜樹さんは起き上がり、クローゼットの中から小さな袋を取り出す。
「だいぶ早いけど、これが霄への誕生日プレゼント(*^-^*)」
包みを開けてみてびっくりした。
竜樹さんが十年近くずっと大切に使っておられるものとまるっきり同じもの。
「俺はこれに大切なものを入れて、肌身離さへんようにしてるねん。
霄もこれに忘れたらあかんものを入れて持って歩いたらええと思って…」
「でも、これ竜樹さんのが壊れた時のために買ったんでしょ?」
「元々はそうやったけど、使い慣れたものの方が愛着があってええからさ。
霄が大事に使ってくれるなら、その方がええし」
そんなやり取りの後、どんな風に使うといいかあれこれ説明してくれる竜樹さん。
時折それを使い始めた頃の話を交えながら話してくれる竜樹さんの表情は柔らかい。
「出かける時は必ず一番最初に持ったかどうか確かめるんやで?」
まるで小学生相手に話してるみたいやなって思うとちょっと複雑な気がするけれど、嬉しそうに話し掛ける竜樹さんをみたらそんな意識はどこかへいく。
そうして言葉を交わして、笑顔が生まれる。
ひっかかりは消え、ただそこに笑顔だけが残る。
そんな空気から飛び出したくなくて、ずるずるずるずる長居をして。
結局、帰宅は遅くなるわ夕飯は食べ損ねるわしたけれど。
引っかかっても、どうしようもなくても。
目の前の木しか見えなくても、森の姿を知らなくても。
竜樹さんと一瞬でも笑顔交わせるなら、もうそれでいいのかもしれない。
この先何度でも「距離を置こうかな」と思うことはあるのだろうけど、互いの目を見て笑顔交わせるなら、それでいいのかもしれない。
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