光も影も

2002年11月23日
今日は金岡両親の結婚記念日
外食嫌いの金岡父が珍しく金岡母をランチデートに連れて行くというのだから、驚きだ。
金岡両親が戻ってくるまで家を出られないのは困りものだけど、滅多に夫婦水入らずのデートなんてないのだから、多少の我慢は仕方ないだろう。
極度の寂しがりのプードルさんと一緒にお留守番。


本当は今日は家にいて夕食を作ろうかなって思ってた。
けれど、それで竜樹さんに会えないのはちと悲しかったので、明日の夕飯にスライドしてもらうことで折り合いをつけた。
本当は会社帰りにでも会えるけれど、休みの日にゆっくり会えるのがいいから。
金岡両親の帰りをプードルさんと待ちながら、明日の夕飯の献立と今日の竜樹邸での夕食の付け合せを考えていた。


金岡母は鍋が食べたいと言い、金岡父はポークソテーが食べたいと言っていた。
本来は世帯主のリクエストを優先すべきところだけど、日頃大変な思いをしてる所帯主のリクエストを優先させることで昨日の夜決着していたので、明日の昼にポークソテー、夜に牛スジの変わり鍋を作ることにしようと思う。
冷凍庫から牛スジと豚肉を取り出して冷蔵庫に移し、じんわりと解凍させる段取りを組み、今日の竜樹邸に持っていく食材をいつでも持って出られるように纏めておく。

着替えていつでも出れるようにしてるのに、金岡両親は予定の時間になっても戻ってこない。


仕方なく竜樹さんに電話を入れて、予定より1時間から2時間ほど遅れることを伝えた。
今回は家庭の事情(?)なので、竜樹さんも快くそれを受け止めてくれた。
とはいえ、早く竜樹邸に行きたいので、少々焦れながらリビングでうろうろしながら、金岡両親の戻りを待つ。

金岡両親は予定より1時間半近く遅く帰ってきた。
金岡両親の話も聞かずに出るのもどうかと思って、少しばかり話を聞いて家を出る。


食材を提げて坂道を駆け下り、駅に着いていつものように電車を乗り継ぎ、竜樹邸に急ぐ。


今日はスタートが遅かったから、少々帰りが遅くてもいいかなんて甘いことを考えながら、やっとのことで竜樹邸に着く。


「朝から留守番、ご苦労さん♪(*^-^*)」


予定よりも随分遅く来たのに、竜樹さんは笑顔で迎え入れてくれた。
昨日買ってきた(比較的)安いステーキ肉やら行きつけの店で貰ったラードやらを台所で広げながら、二人で今日の料理の話をする。

金岡母もそうだけれど、どちらかといえば料理は一人でする方が段取りよく進むので2人で料理をするということ自体ちょっと抵抗もあれば、竜樹さん自身が少々指示出し屋さんなんで、苛地の私はたまにかちんと来るのだけれど。
ひとつのことを2人でする機会を作ってくれることが嬉しい。


にこにこしながら食材を冷蔵庫に片付け、あとは料理をする時間になるのを待つだけ。
竜樹さんの入れてくれたコーヒーを飲みながら、他愛もない話をしていた。
そんな柔らかい時間がずっと続くような気がして、ほにゃんとしてしまってるところに、小さいけれど確かに携帯の着信音が聞こえる。


「…霄の携帯ちゃうか?」


竜樹さんの声にごそごそと鞄を探って、携帯を取り出す。


…家からだった。


竜樹邸に来てることを承知で携帯を鳴らすということは、何かあったんだろう。
出てみると、金岡母だった。


「金岡のお祖母さんが亡くなったから、これから本家に帰らないとならないの…」


…………え?


何か詳細について話をしてるのだけど、その話が頭の中にすっと入ってこない。
金岡方の祖母は長いこと臥せっていたから、そうびっくりすることじゃない。
そう遠くない将来、その日はやってくるって数年前にその容態を見てからずっと覚悟はしていた。


…けれど何故、今日?


人の生き死には、傍にいる人間にとってどんな日であろうが、お構いなしにやってくるもの。
ただひとつの例外もなしに、その日はやってくるもの。
誰の身にも、どんな時でも。


とにかく金岡家に戻らないとならないことだけは確かだ。


なのに、電話を切ってからも身体は動かない。
涙も出ない、どやって立ってるのかも判らない。
しなきゃならないことは判ってるのに、身体のどこも機能しない。


「…お母さん、なんて?」
「金岡のお祖母さん、亡くなったんだって…」
「自宅に戻らなアカンの違うんか?」
「…うん、着替えてバスに乗って帰らないと…」


どうやって家に帰ればいいのかは理解できてたらしい。
それが判って、ようやく部屋着から着てきた服に着替えて、竜樹邸を出る用意は出来た。


「ごめんなさい、竜樹さんの夕食、台無しになっちゃったね」
「そんなん、いつでも出来ることや。
それよりバスと電車乗り継いで帰ったら時間かかるやろ?
薬飲んで送ってやるから」


そう言って、薬の袋から痛み止めを取り出し、水で流し込む竜樹さん。
私がしっかりしなきゃならないのに、終始竜樹さんに段取りを組んでもらって家まで帰ることになった。


車の中ではずっと、本家のおばあさんの話をしていた。
私が本家とあまり折り合いがよくないことを竜樹さんは知ってるから、あまり突っ込んだところまでは触れはしないでいてくれてる。
ひと心地ついて涙が落ちそうになったけれど、咄嗟にそれを飲み込んだ。


「どしたんや?霄?」
「…や、私は泣くことを許されない立場やから」
「そんなん関係あれへんやろ?」
「あの家で泣いてもいいのは、おばあさんの面倒をちゃんと看た人だけですよ」
「それはそうかも知れへんけど…」


夕飯はぱぁになり、おまけに竜樹さんに直接関わりのないことをこれ以上聞かせても仕方がない。
そう思って口を閉ざした。
その間ずっと、竜樹さんは今後のことについてアドバイスをくれていた。
それをただ頷いて聞いていた。


竜樹さんの運転する車は随分早く金岡家に着いた。


「ありがとう」
「あんまり気を落とすなよ」


そう言って別れた。


金岡家に戻ると、金岡両親はこれから本家に行く支度をしていた。
私も当然行くものだと思って容易を仕掛けると、明日以降の予定を本家と分家筋で協議したことをあちらこちらに連絡するために残っていて欲しいとのこと。

慌しい雰囲気にすっかり動転してるプードルさんと一緒にまた留守番。


なんて1日だろう?
喜びごとも悲しみごとも背中あわせに存在することなど重々承知してるけれど、こんなにいっぺんにやってくるなんて思いもしなかった。


生命という基盤の上には、常に生きることと死ぬことが隣り合わせにある。
暖かな関係を続けてこれたことを祝う日に生命の終わりを見たことで、それは忘れ得ぬものになる。


光も影も、自分のすぐ傍にあるのだと…



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