「俺を信じて」

2002年10月2日
竜樹邸から戻った後、両親との会話もそこそこに自室に戻る。
風邪薬を飲んでぼーっとしてる時に友達とお話することになったのはいいけれど、どうにもこうにも眠くて仕方なくて…


…起きて真っ青になった。


生まれてこのかた一度もやったことのない「寝落ち」をやってしまった。

海衣がまだこの家にいてた頃、旦那であれ友達であれ毛布に包まって受話器片手に寝落ちしてるのを度々目にしたけれど、まさか自分がやるとは思わなかった。
お詫びメールをこちこち打って、朝の空に飛ばす。

昨日竜樹さんから貰った鞄に持っていくものを詰め替えて家を出る。


台風一過、外は快晴。


…今日からボスがお江戸に行くので、台風逃げたかな?


昨日ボス自らが「わしが行く先は台風が逃げる」と仰ってたのは当たってたみたい。
しょうもないことに少しだけ笑ってしまった。


昨日ひどかった風邪の症状は、喉の痛いの以外は殆ど薬で抑えられている。
鼻がやたらひどかったので鼻に効く風邪薬とやらを試してみたら、眠気がひどい。
昨日寝落ちしたのも風邪薬飲んだのが悪かったのかもしれない。
薬に頼るのもよし悪しだ。

風邪の症状も眠気も仕事に触らない程度であってくれよと願いながら、仕事を始める。


仕事のどたばたは昨日に比べたらまだマシな方。
フロアに人がいないと厄介な問題が降って湧くか何もないかのどちらか。
今日はどちらかといえば後者に近い状態。
昨日の今日なのであまりしんどくないのはありがたかった。
ほぼ一日のフローの大部分を片付けて、昼を迎えた。


お弁当を取り出す時、竜樹さんから貰った鞄が目に入る。


「昨日貰ったの、早速使ってます。
あの重たいエピを入れても負担にならないのがいいです(*^_^*)
素敵なプレゼントをありがとうm(__)m
引き続き頑張ります。
お疲れ出てませんか?」


お弁当を食べる前にこちこちと携帯からメールを飛ばす。
ほどなくして、机の上で携帯が踊る。


「快調です。こんな天気になるんやったら、今日、退院したらよかったぁー!プラダ、いいやろ(^○^)v」


後片付けの後、またお返事。


「とてもいいです(*^_^*)
本当に今日みたいな天気の日に退院したかったね。
でも、今日だとお散歩リハビリができそうじゃない?」


そうしてまたメールを飛ばして、昼からの仕事に入る。
午前中よりも昼からの方が忙しかったけれど、やっぱり昨日のことを思えばマシ。
定時に事務所を飛び出して、ぼんやりとしながら自宅へ戻った。


自宅へ戻ると、会社にいる時とはまた別のことで頭が痛くなる。
自分の腹は決まっててどう動くかも見えてても、やっぱりそれが完全な形の最善の策かと言われればそうだとは思えないから、気持ちは嫌でも重くなる。
不完全ではあってもそう動くしかないだろうなと考えてること。
それを成すことですら、足りないものが多すぎる。


あと1年で、どれだけその不足を補えるのか。
どこまで溝を埋めて行けるのか。

冷静に足りないものとそれを得るための方法を考え合わせて動くしかないのだと思いながら、ひとつひとつを整理する作業に入る。


ひとしきり考えがまとまった頃、部屋電が鳴った。


…竜樹さんからだった。


暖かみのある大好きな声は、強張った心を柔らかくしてくれる。
お互いが今日1日どんな風に過ごしたのかを話し、改めて竜樹さんが元気になったのだと思うとそれだけで元気になれる気がする。

互いの今日の行動についての話から、どういう訳か今後の話に移行していく。
ふと、ここ数日の間にあったことが心の中をすっと通り抜ける。
退院して2日しか経ってない人に伝えるべきことだったかどうかは判らないけれど、伝えなきゃならない気がした。


「…あのね、私、来年の何時になるかは判らないけど、うちを出ようと思うんだ」


事の詳細については明らかにできない。
いくらなんでもそれは今するべきことじゃない。
そう思ったから両親と話したことの大まかな概要に留めておいたけれど…


「…なぁ、それやったら俺んち来たらええやん?
2人で暮らしてお金貯めたらええ。
会社かって嫌やったら来年末まで待たんと辞めたらええ。
俺かってこのままではいぃへんし、ゆっくり次の仕事を探したらええやん?」


ただただびっくりしてしまった。
きちんと籍を入れない限りは一緒に暮らすことはないだろうと思ってたから。
竜樹さん自身、同居を急いでた訳でもなかったみたいだし…
暫くぽかんとしてる私に竜樹さんは言葉を続ける。


「年内中にでも2人で話をつめて、ご両親と交えて話し合ってもええやん。
あれから2年間個別に動いてきたけど、それでは物事は進まへんかったやん。
霄の判断が間違ってるとは思わへんけど、もう俺のことを信じてくれてもええんちゃう?」


2年前、竜樹さんが申し出てくれた時、何となく物事を大きく揺らすことができないような気がして、そのままずっと保留をかけることになった。
後々に起こったことを振り返ればその判断が間違ってたとも思わないけれど、保留を掛けたから事態が進展したかといわれたらそうでもない。


竜樹さんの読みを信じなかったわけじゃない。
だけど、すぐには動けなかった。
それが「俺を信じて」と言わせるほどに信用されてないと思われてたのだとしたら、心が痛む。


私が「これから」を手に入れるために自分なりに格闘したこと。
なるべく竜樹さんの手を煩わせない範囲で片付けられることは全部片付けたいと思ってた。
それを傍で見つめながら、どんな想いで待ち続けていてくれたんだろう?
私がどんな想いで歩いてきたのか、竜樹さんがどんな想いで歩いてきたのか。
そのことの一番深い部分も含めて、これから2人で話し合っていくんだろう。


「…竜樹さんは本当にそれでいいんですよね?」
「当たり前や。2年前からずっと待ってたんやから」


まだ片付いてないこと、しなければならないこと。
それは沢山あって、そのすべてをあと1年で片付けることができる自信はないけれど。
1人で手詰まりだったことを預かってくれるという竜樹さん。

竜樹さんの手を煩わせたくなくて何とか一人で片付けようとしたけれど、そうしなくてもいいと言ってくれる。

2人でひとつのものを手に入れるために自らの時間と心をくれるということ。
それに応えるために必要なのは、自分の心だけなのかもしれない。


そんな風に思いながら、熱を帯びた竜樹さんの声に耳を傾けつづけた。


互いが伏せていた2年に少し触れあって、長い長い電話を終える。

水面に投げ入れられた小石はとんでもない波動を連れてきたような気がしてならない。
それが決して機嫌がいいばかりの明日を連れてくる訳でなかったとしても。
一番大事に想うものは、もう手から落ちたりはしないのだろう。
目指す場所が同じであるうちは…


不安にさせたりしなきゃならないと自らを奮い立たせすぎたりさせたくなかったからこそ一人で片付けようとしたことが結果的に「信じてもらえてない」という気持ちを呼び起こすなら、本末転倒なんだ。


強い風が吹いた。
もうすべてのバランスを取りながらは歩けないかもしれない。
それでも互いが互いを想い合って生きていけるのなら。
その風に乗るのもまた悪くはないのかもしれない。


…もう二度と「俺を信じて」なんて言わせないから


この場所を維持できなくなることへの戸惑い以上に、そんな想いだけが強くなった気がした。

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