ふと窓の外にやっていた視線を待合室に戻す。
時計を見ると、13時30分だった。


終了予定は14時。
あと30分ほどで終わるはずだけれど、執刀医の先生が遅れて来られてるので、具体的に何時終わるかは判らない。

「…ちょっと俺、飯食ってくるわぁ」


………………( ̄○ ̄;)!


びっくりする竜樹母さんと私を他所に、竜樹父さんは出かけていってしまった。
竜樹母さんは一生懸命話し掛けてこられる。
私は少し気もそぞろだけど、それに精一杯答えてる。


…不安を拭いたいのがよく判るから。


待合で話していると、どうしても竜樹さんの話ばかりになる。
竜樹父さんにはそれがちょっと重たかったのかもしれない。
3人三様の手術に対する想いがある。


…本当は私も少しだけ一人でいたかったけれど。


無駄に泣いたり取り乱したりしないだけよいのかもしれないと言い聞かせながら、竜樹父さんのお帰りを待った。
竜樹母さんと話しているうちに竜樹父さんが戻ってこられて、「飯でも食って来いや」といわれたので、2人で食堂に行く。


食堂の窓から見える景色は光溢れるもので、気分的に何だかそぐわない感じ。
物を口にする心境じゃないけれど、口にしなければ心配をかけるから、ひとまず食べることにした。
黙々と食べ、竜樹母さんが食べ終わるのを待ってコーヒーを運んでもらった時、窓をこつこつ叩く音がする。


…見上げると、竜樹父さんだった。


「終わったで」と言ってはるのが、口元から見て取れる。
慌ててコーヒーを流し込み、竜樹母さんをせかして(ごめんなさい)食堂の外に出る。


「竜樹さんは?」
「集中治療室で寝てよるらしいわ。(執刀医の)先生がお母さん探してたから、見にきたんや」


執刀医の先生はここの先生じゃないから、手術が終わったらすぐに帰ってしまわれる。
ひとまず集中治療室のある階に戻り、看護婦さんに執刀医の先生の居場所を聞く。
ある科の外来にいると判り、竜樹さんのご両親はそちらに向かうことに。


私も会いに行こうか、迷った。

3年前、ばっさりと部外者呼ばわりしたくせに、ご両親には「いつも診察について来られる方は(竜樹さんと)どのようなご関係の方ですか?」などと問い掛ける、訳判らん人。
あの時感じたことは決して私とって愉快なことではなかったから、別にわざわざ会いに行ってその傷口広げる必要なんてなかったのかもしれないけれど。


…私は3年間、逃げずに「ここ」にいたのだと、ただ顔を見せることで知らせられたらそれでよかったのかもしれない。


それが所詮自己満足以外の何物でもなかったとしても…


「霄ちゃんも来る?」


竜樹母さんに聞かれて惑ってると、「霄ちゃんは竜樹の傍にいてやってくれへんか?」と竜樹父さん。


確かにまともに相手にされるかどうか判らない執刀医に会いに行くよりも、手術を終えて眠ってるだろう竜樹さんの傍にいる方が正しい対応だと思ったから、その場に残った。


竜樹さんのご両親が移動されたのを確認して、集中治療室に入る。


青白い顔をして酸素マスクをかけて眠ってる竜樹さん。
手術がどれほど大掛かりだったのか、何となくだけど見て取れる。


「…霄ぁ、親父らどないしたん?」
「執刀医の先生、探しに行ってはるよ?」
「………そっかぁ」


暫くすると、竜樹さんのご両親も戻ってこられた。


「…先生、どうしてはった?」
「…いやぁ、外来のとこにいはる言うんでな、行って来たんや。
身体の中の状態がどうなってたんか教えてもらって、お礼言うたら喜んでくれはってなぁ……」

「親父らだけ、ずるいわ。俺かってお礼言いたかったのに……(-"-;)
先生、俺には『竜樹さん、もう大丈夫ですよ』って言ってくれただけやねんでぇ。
ホンマに愛想も何もない、ブラックジャックみたいな人や……」


青白い顔をしてむくれてる竜樹さんはまるで子供のよう。
途中喋りづらくなったのか、息苦しくなったのか、酸素マスクを外してしまった。


「…竜樹さん、そんなん勝手にはずしたらあかへんやん?」
「…息しずらいねや(-"-;)」

そう言って、暫く酸素マスクを顎の下に持ってきてたけど、入ってきた看護婦さんに見つかって、また口元にかけられた。


様子を見に来た担当医の先生から、竜樹さんの手術のこと、身体の中がどうなってたのかを聞かされる。

…一体、何をどうしたらそんなことになるんよ?と思うようなことが、彼の身体の中で起こっていたんだ。


彼の病気の根本を阻止し、だけど彼の身体に痛みを齎したそれを欲しいなぁと思ったけれど、竜樹さんのご両親がいる手前、お願いするのをやめてしまった。


「……悪い、一人にしてくれへんかぁ」


そう言われたので、集中治療室の外に出る。


…私は一体、何をしに来たのだろう?


病院に着くのは遅れるわ、手術室の前には行けないわ。
無駄に喋りを続けるわ、執刀医には会えないわ。

本当に役に立ったかどうかも判らないまま、ぼんにゃりと竜樹さんのご両親の動向を眺める。
暫くすると、帰ることになったのでひとまず竜樹さんにご挨拶。


「…今日はありがとうなぁ。
これから大変やと思うけど、無理しすぎへんようになぁ。
この後のことは頼んだで」


そう言って、そっと手に触れる。
いつも暖かい竜樹さんの手が冷たくてどきりとしたけれど。


取り敢えず竜樹さんのご両親と一緒に竜樹邸に行って、頼まれていたものを取って来ないとならない。
昨日の晩、殆ど寝ずにいてしんどそうになさってる竜樹さんのご両親が楽に帰れるようにタクシーを手配。

待ち時間の間に会社に電話を入れ、手術が無事に終わったことと締日にもかかわらず休みを取らせてくれたことのお礼を同僚さんに伝える。


「竜樹くんに『おめでとう』って伝えておいてね」


最後の最後までありがたいなぁと思いながら電話を切り、迎えに来たタクシーに乗って竜樹邸へ向かう。


竜樹邸に着いて必要なものを取り出してると、ご両親が集まってまたお話大会。
暫くすると、竜樹父さんは気晴らしに外出、私は後片付けをした後、自宅へ戻った。


長い長い1日が終わった。
今日は区切りであって、これで終わりではない。
竜樹さんが敬愛するBlack Jackには逢えなかったけれど、立ち会えたことはよかったのかもしれない。


…どうして竜樹さんが執刀医の先生を「Brack Jack」と呼び、敬愛するのかも判った気がするから。


「竜樹さんをこちら側に連れて帰ってきてくださって、ありがとうございました」


いつかBlack Jackに会って、きちんと伝えられる日が来ることを楽しみにしながら、また続く道を歩いてく。

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