急転直下、再手術の具体的な日程が決まったという報告の電話に、一瞬少しばかりの緊張感は走ったけれど、竜樹さん本人からは随分静かな印象を受けた。


「再手術することで、また前に抑えた方の症状が再発する可能性はあるの?」
「それはわからんってさ。確約できへんってことやろ?
けれど、また症状が悪化したらその時考えたらええと思うねん。
今日みたいに少し気温が下がればある程度動けるとは言え、異常に蒸し暑い日が続いたら身体を起こしてられないっていう状態をこれ以上長引かせたくないねん」


前回の手術の規模と同じ規模の手術をもう一度するのだから、かなり大掛かりな手術に臨むことになる。
身体の何処にも不自由のない状態でもう一度戻ってこれるとは限らない。
やらなくて済むのなら、やらないままでいられた方がよかっただろうと今でも思ってる。
けれど、年々彼の身体の具合が悪くなってるのは目に見えて判ってること。
不安やその怖さや悪い意味での可能性を慮って足踏みしてる状態でもないということ。


きっと私以上に、竜樹さんはいろんなことを考えてるんだろうと思う。
けれど、それをおしてでも突き進むというのなら、それをフォローしてくしかないんだと。
前回のように「これが済めばすべてがよくなるんだ」なんて信じることはもう出来そうにないけれど。
それでも、よくなるという可能性があるのなら、そっちに飛び込むしかないのだと。
小さく渦巻いてる自分の気持ちに言い聞かせるように、心の中で呟きつづける。


「本当はなぁ、昨日まで寝込んでて霄にずっと逢いたかってん。
今日も気温が下がって身体もそうしんどくなかったから、逢いたいなぁと思っててん」

「声かけてくれたら、いつでも出向きますよ?」という私に「会社帰りに寄ってもらうのは悪いなぁって思うからさ」と竜樹さん。


「元気になって外で逢える方がええやんか?」


そんな言葉に、竜樹さんの元気になりたいって思いが見え隠れする。
土曜日の淀川の花火か神戸の花火には行きたいんだという竜樹さん。
それが叶いますようにとそっと願いながら、電話を切った。


電話を切って完全に一人になって、頭を掠めるのは小さな不安のかけら。
やる前から考えてみたところで仕方ないとは思っても、前回のことがあるからどうしても思い切って飛び込む気になれない。
竜樹さんの状態が今よりよくなっても悪くなっても、私の置かれる環境はいろんな意味で今とは違うものとなるから。
今の状態に決して満足なんてしてはいないけれど、変わってしまうことに漠然とした不安は付き纏う。


半日近くかかる手術を乗り切るだけの体力は彼の中にまだ残っているのだろうか?
そこへ辿り着くまでの間、彼の中の不安を少しでも小さくするだけの余力が私や竜樹さんのご両親の中に残っているのだろうか?
もう一度絶望がやってきたときに、また生きる気力を繋いでいけるのだろうか?


気がつくと、不安交じりの疑問符ばかりが転がっている。

「こんなんじゃ、あかへんやんか?」


一人で不安に思うならまだしも。
それが度を過ぎれば、当然のように竜樹さんにだって影響を齎す。
大掛かりな手術にリスクが付き纏わないはずはない。

それを越えてでも手に入れたいものがあるんだろ?
2人でそれを手に入れたいって思うんだろ?


「そしたら、答は簡単だよな?」


竜樹さんの傍で何が出来るのかを考えながら、2人で不安を払拭しながらただそこへ向かって歩いていくしかないんだから、今まで以上に自分自身のコンディションをいい方向に保つべく歩いていかなあかんなぁと思いながら、眠りについた。


竜樹さんの置かれる状況が変わるからといって、職場での自分の状況が変わるわけではないし、ストレスフルな状況であるには変わりないけれど。
過剰なストレスを抱えないようにあまり余計なことに意識は割かないようにしようと思いながら、社屋に入る。


降ってくる仕事をキリキリと片付け、時折ちゃちゃを入れてこられるボスのお話相手になりながら、業務時間を過ごす。
お昼になってふと竜樹さんのことが気になってメールを飛ばす。
体調が悪かったら、放課後竜樹邸に出向けばいい。
この会社にいてる中で唯一の恩恵は時間が自由になるということだと思うから。
手が要るならいつでも出向くよ?ということだけ、伝えられたらそれでよかった。


昼から少しばかり仕事が降ってくるペースが落ちてきたせいもあって、余力は残したまま会社を出ることが出来た。
会社を出て自転車をかっとばして駅に向かい、電車に乗る。
竜樹邸に向かうなら反対方向の電車に乗らないとならないけれど、連絡がないからそのまま家に帰る方向の電車に乗る。

暫くすると、携帯にメールが飛び込む。

「連絡、頂戴!」

慌てて乗り換えの駅の手前で降りて、竜樹さんに電話をすると…

「明日来て貰うねんし、今日は早く帰ってゆっくり休み?
先週も出ずっぱりでしんどいやろ?」


…わざわざそれだけのために連絡をくれたんだ。


そんなちょっとした気遣いに気を良くして、本屋で明日の夕飯に役立ちそうな本を物色しようと思い立ち、途中下車。

明日花火大会に行くなら豪勢な夕飯は出来ないけれど、たとえ行けないなら行けないで夕飯くらいは楽しいものにしたいから。
「これだったら喜んでもらえるかな?」と思うようなレシピの載った本を見つけ、レジに向かおうと思った時、身体が震えるような怒りの元がひとつ、鞄を揺らした。

本を持つ手が震えてならないので、本を買うのを辞めてそのまま駅に向かった。


ひっさしぶりに震えが来るほどの怒りがやってきた。

震えが止まらなくてゴージャスなお姉さまにメールを飛ばしたら、すぐに電話をくれた。
電話をくれた時、電車の中だったのでまたしても途中下車。
携帯の充電池が切れるまで、小一時間くらいお話し
した。

怒ってたことの原因について話したのはほんの5分ほどで、殆どはワールドサッカーの話で終わってしまったけれど。
私の気持ちが振れた時、ただ心の傍にいて一生懸命話し続けてくれたことがとても嬉しかった。

気持ちが柔らかくなったので、また途中下車して先ほど買い損ねた本を買って、家に帰った。


家に帰って夕飯を食べて一息ついて。
またゴージャスなお姉さまとワールドサッカー話メールを交わす。
そうして、リラックスして眠れそうなところまで気持ちを柔らかくしてくれた。


目的に向かってがーーっと走れない迷い混じりの心に、途中下車してひと休みさせてくれる出来事。
そこにいるのは、暖かな思いを持つ人。


甘えてばかりはいられないけれど、時に寄っかからせてもらいながら、寄っかかってもらいながら。
いつか、自分の足で目指す場所に辿り着けるように。
大切な人と共に辿り着けますようにと、途中下車だらけの一日の終わりにそう願った。

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