手を携えて…

2002年6月29日
正直なところ、先週末に何となしに尋ねたことで自分の中では一応納得させるに足りる要素は拾えてたから、これ以上蒸し返すつもりはなかった。

あの時からいろいろと考えていたから、竜樹さんに持ち出したときに考えてたこととは随分形が変わってしまってて、きちんとした説明もつかない。
そう言うと、「それでもいいから…」と言う竜樹さん。
記憶を辿り辿り、思い出しながら話し始める。


何をしても竜樹さんには認めてもらえない、評価欠乏的な状態がずっと続いていて、何をどうしていいのか判らなくなっていること。

評価欠乏については竜樹さんのことだけではないので、余計に行き場がないということ。

ある程度の自尊心は持ち合わせてはいても、根本的に自分の存在価値も存在意義も見出せないので、否定されればされるほど「ならば、別に私は必要ないんじゃないか」って思いを抱くこと。

それでも傍に置かれてるというのは、竜樹さんが好き勝手に使える都合のいい女だからに過ぎないからだと思うしかないということ。


…そういった途端、「そんなんちゃう!」と怒られたけれど


認めて欲しいとは思いながら、認められないものを無理して認めないとならない状態は、竜樹さんに苦痛を強いることに他ならないこと。
だから、どういう風に自分が思うことを言えばいいか判らないという現状をぽつりぽつりと吐き出していく。


ひとしきり私の話を聞いて、竜樹さんは重い口を開く。

「霄の言いたいことは判るねん。
俺は要求レベルも高いし、認められないものまでは認めないから、しんどいんやってことも。
かつての俺の部下も生徒らも、認めない俺が認めるものの真価を判ってるからこそ頑張ってくれてたことも、事実ではあるねん」

「…じゃあ、どうすれば評価するに足りる状態になるんですか?」と搾り出すように溢したのを遮る竜樹さん。


「あまり時間がないんやと思う。
手術してから状態がどんどん悪くなってきてるのが、判るねん」


それに伴って今後どうすればいいと思っているのか。
考えないといけないことが目白押しだということ。
その中で私の位置付けとその役割と、それに付随してしてもらわなければならないかもしれないことをずっと量りかねていること。
その苦しみが思ってるよりもずっと深いものだということはよく伝わってくる。


「判ってて欲しいのは、俺が言ってることをこなしていく霄は間違いなく俺の中での位置付けは重いところにあるってこと。
それはお前が存在意義を疑うことなくいられる場所を築けるってことでもあるって思ってるねんけど…」


私自身もそれに対して、どう答えていいのか図りかねる。
「また都度、話せばいいよ」と竜樹さん。
「先週末、俺がしんどかったのにあまりきつい話をしないでいてくれたの、ありがたかってんで。
微妙なところで止めておいてくれてても、何とはなしに思ってることは判るから…」


すっきりしない部分は互いに残ってはいるだろうけど、少なくともまだ話し合うだけの予知はあるのだろう。
彼の時間が残されている間は…

ひとまず休もうということで、話し合いだか何だかよく判らない意見交換の場は終わり、眠りにつく。


身体に少しばかりの重みを感じて、ゆっくり意識は起きていく。
見ると、竜樹さんが抱きしめてくる。

「眠れへんかってん」
「あれからずっと起きてたの?」
「うん、落ち着かへんねん」

そう言って、私の着てるものを脱がしにかかる。
肌に触れると落ち着くらしいのは、いつものこと。

「…いやかぁ」

そんなに情けなそうな顔して聞かなくても…と思いながら、うにゃうにゃしてるうちに抱きしめる力は強くなる。
意識ははっきりしないまま、安心したい彼の熱を預かる。


彼の熱で満たされてまた眠ってしまった。


次に目が覚めた時、階下から揚げ物の音やことことと音がする。
起き上がってぼけっとしてると、「飯食おうやぁ」

…私は一睡もしてない人にまたもや朝ご飯を作らせてしまった


食卓には目玉焼きと春巻き、かにサラダと納豆とざる一杯のレタス、それとご飯。


「春巻き揚げるの、大変やったわ。めちゃめちゃ油跳ねよんねん」


朝食作りの大変さを話しながら、食事は進む。
外は鈍色の空だけれど、まだ雨は降りそうにない。
ポリタンクの水の量が微妙なので、水汲みを優先させようと思ったけれど、今日はお魚の水替えの方が大事とのこと。
朝食の後片付けをし、ひと段落ついたところで、アカヒレとペンギンテトラの水槽の水替えをする。


竜樹さんの指導のもと、水替えをするけれど、いろんな事情で少しばかり段取りが悪くてなかなか作業は進まないけれど。
それはそれで楽しんで作業を進める。
魚とひと括りで言ってもいろんな性質があって、それによって水替えの仕方も変えないといけない。
まるで理科の勉強の実施版のようなノリで作業を進める。


作業が終わると、お疲れが出たのか少し横になられる。
私は竜樹さんがいない部屋を掃除したり、カーン様が載っている新聞を読んだりして時間を過ごす。

ふと机の上に目をやると、長患いしてたベタの1匹が死んでしまっていた。
今朝は餌をあげようとすると、ばたばたと泳ぎ回っていたのに…
まるで昨日の夜、竜樹さんが言ってたことが具現化されたみたいな感じがして、気持ちは沈んでいく。
窓を開けると、雨が降り始めていた。
一人でこそっと泣いた。


ちょっと気分的に落ち着いて、階下に降りると竜樹さんが目を覚ます。
水汲みをするには微妙な時間でどうしようかと思っていると、

「霄、おなかすいた」


冷蔵庫を見ると、殆ど食材がない。
幸い、冷凍庫に備蓄してたしゃぶしゃぶ用の豚肉があったので、玉ねぎのスライスとレタスを敷いた皿の上に茹でた豚肉を並べて、簡単なご飯を作る。
それを食べ初めて暫くすると、竜樹父さんから焼き鳥の盛り合わせの差し入れが入る。
それをつまみながら、W杯の3位決定戦を観る。


今大会、私はずっとドイツを応援してきたけれど、大会が始まってからトルコのサッカーも結構お気に入りだったりする。

「あ、チエちゃん、スタメンなんやー」
「ホンマや、チエちゃん、始めっからでてるやん」

チエちゃんとはトルコのイルハン選手のこと。
私が命名したけったいなあだ名は金岡家に留まらず、竜樹邸でも呼ばれることに…
開始早々10秒でシュートが決まり、その後もトルコが優勢。
チエちゃんは2点をあげ、その度に金岡に喜ばれる。
韓国もその後追い上げたけれど、届かず。

「肘打ちとか、汚いプレーがなくてよかったなぁ」と思っていると…
がっくりと座り込んでいる韓国の選手をトルコの選手が起こし、手を繋いで一緒にお客さんに挨拶に行く。


「すごい人がいいねぇ、トルコの人たちって…」
「外交上手やなぁ…」

噛み合ってるんだか噛み合ってないんだか、よく判らないコメントを交わして立ち上がる。
そろそろ帰らないといけない時間だから。


…それでも、竜樹さんの甘えたモードに飲まれてまた竜樹邸を出るのが遅くなったけれど


このお泊りで私は竜樹さんの役に立ったんだかどうか判らないけれど、ひとまず互いの想いを交換し、それからどうしていくのかを考える場所は築けたんだと思う。


互いに手を携えて歩こう、という意識を確立できたなら、それだけでいいとしようか?


コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

テーマ別日記一覧

この日記について

日記内を検索