霹靂

2002年5月15日
夢のような休みを終えた後は、おぞましい朝が待つばかり。
あれだけ休んだのだから軽快に会社に出向けばいいものを、休みが楽しかった分会社に行くのが余計に億劫でならない。
おまけに、昨日のライブの後からずっと耳鳴りがする。
しかも、歌い過ぎ(叫び過ぎ?)で喉まで痛い。
麻里さんのライブの音は普通のライブより大きいのでこれは別におかしなことじゃないけど、今までなら一日寝たら治ってるものが治まっていない。
自分の声さえ頭の中で響き渡るような気がして気持ち悪い。

けれど、これ以上休むわけにも行かないから、のたのたと家を出る。

久しぶりに電車に乗って、会社に向かう。
おぞましさを振り払おうと、携帯片手に朝メールを打つけれど、ディスプレイがふいに真っ暗になったと思ったら、打ったもののバックアップさえ取れてない有様。
しかも一度や二度じゃない。
もうあと一歩で送信というところまで来て、すべて消え去ってしまったものもある。

…げっ、何なんだよ。これ。

へっぽこVAIOくんが逝去した後は、携帯もか?
よく考えれば、携帯もSONY製。
これで携帯も逝去したなら、二度とSONY製品なんて買わないぞと半分怒りながら移動する。


会社は今日も人外魔境そのものだった。


書類は何とかまとまってくれてるので、仕事の取っ掛かりがよかったのは救いだったけれど。
やれ、あれが入力されてないだの、この書類がないだの。
果てはよく確認しないまま親会社に返した書類の数字がおかしいだの。
落ち着いて考えてもよく判らないような難問ばかりがそこいら中に転がっている。
電話を取ったら取ったで、相手の声はよく聞こえないし、応対してる自分の声が頭の中で響き渡って気持ち悪いったらありゃしない。


昼休みを迎える頃には、ぐったりしてしまっていた。


外は雨が本降りになっている。
それを窓越しに眺めて、「あぁ、今日も竜樹さんの体調は悪いんだろうなぁ」とため息ひとつ。
時折、飛んでくるメールの返事を打ちながら、ボスの話が頭の中で鈍く響くのを気持ち悪く思いながら、じっと耐えていた。


昼からも身体はぐったり、心はげんなりしながら仕事を進める。
気が付くと、もう終業30分前。
仕事の片付き具合を見ると、残業にするには理由付けが薄いかなという程度の量。
本当に片付けたいものは、他の担当の人に聞かないといけないのに、不在でどうしようもない。
「さて、どうしたもんだか」と考えていると、お弁当鞄が揺れる。

そっと覗くと、メールがひとつ。

…(/-\*)イヤン…

竜樹さんからのメールだった。
タイトルがちょっとえっちっぽいものだったので、顔に出ないように必死に平静を装うけれど。

…わぁ、これから逢えるんだ(*^-^*)

そう思うと、片付かない問題のいらいらも何もかも、吹っ飛んだ。
片付かないものは明日にすればいいやとあっさり放棄して、定時に事務所を飛び出した。

ロッカールームでさっき届いたメールの本文を読む。

「しんどくなかったら」

ちょっとえっちいタイトルとのギャップに笑みが零れる。
そこへまたメールが飛び込む。

「いつもの駅まで迎えに行くよ。」

で、また本文は「しんどくなかったら。」


わざわざ出向いてくれるのに、しんどいも何もあるもんか。

「大丈夫♪(*^-^*)しんどくないです。すぐに行きます」

そう飛ばして、慌てて雨の中自転車をかっ飛ばして駅を目指す。
ホームに上がって滑り込んできた電車に飛び乗り、ひと駅先の待ち合わせ場所に向かう。


竜樹さんが来るまで少しばかり時間がありそうだったので、駅ビルに入ってるコロッケやさんでとんかつとコロッケとスコッチエッグを買う。
丁度揚げ立ての商品を受け取った頃、目の前を竜樹カーが通っていく。
車を追いかけるようにして歩いていると携帯が鳴り、無事に捕獲してもらえた。


「雨なのに、よく来れたねぇ」
「うん。あんまり痛いんで、注射打ってきてん。で、他の用事もしてたから、逢えたらええなぁって思って」

そう言って、車を走らせる。


車中に揚げ物の匂いがすると、竜樹さんもお腹がすいてきたらしく、コンビニに寄ってご飯を買うことになる。
2人で仲良く買い物をして、竜樹邸に向かう。


竜樹邸に入り、買ってきたものを食卓に並べて「いただきます」
久しぶりの揚げ物は竜樹さんの口にあったらしく、機嫌よく食べておられる。
そんな笑顔を見るのが嬉しい。
(本当は自分でご飯くらい作りたかったんだけど…)


ご飯を食べながら話しているうちに、昨日のライブの話になる。

…さて、困った。

どう伝えたらいいのか判らない。
最近のアルバムのテープは竜樹さんには渡してないし、どんな感じで進行したのかのかも伝えにくい。
古手のファンがけったいな事をしようとしてたとかけったいな格好をしてたとか言っても仕方がないし、耳鳴りがやまない話なんてしても仕方がないし…
いつもなら迷わないことなのに、私の「特別」をどんな風に伝えればいいのか、うにゃうにゃ考えてしまう。


「…なぁ、霄にとっては楽しかったんやろ?」
「うん。すんごい楽しかった」
「そしたら、それを伝えてくれたらええねん。
どんな状況やったかじゃなくて、どんなことが楽しかったんか。
霄にとって楽しかったってことが判れば、俺かって楽しいねんから」

何気なく竜樹さんがそう言ってくれたのに、びっくりした。
外側の入れ物から説明しようとするから、話はややこしくなるのであって、取り立てて麻里さんが好きだとかいう訳でない竜樹さんにとっては私が楽しそうにしてればそれでいいのだということ。

よく考えれば、そんなことはごく当たり前のことなのに。


「…そっか」
「そうや?霄が楽しかったことを伝えてや」

枷を外されたように、自由になった気持ちで楽しかったことを伝えようとする私の言葉は、きっと支離滅裂だったに違いないだろうに、それをにこにこと話してくれる。
一通り話し終えた後、ただ抱きしめて沢山のキスを貰う。
やがて、何かに満足したような表情でゆっくり竜樹さんは自分を預ける体勢に入り、私はそれを受け取る体勢に入る。


ゆっくりゆっくり互いの熱や想いを受け渡しつづけ、ただそこにある互いを抱きしめあう。


ひとしきりの優しい嵐の後、落ち着く余裕もなくそのまま帰らないといけない羽目にはなったけれど。
ただ互いのありのままを渡しあえばいいこと、受け止めればいいこと。


青天の霹靂のように、突如やってきた小さな出来事はより互いがナチュラルでいられる鍵をくれたような気がした。

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