想いを受け取る旅

2002年5月12日
朝、携帯のアラーム音で目が覚める。

「霄はもう少し寝ててええで」

そう言って、竜樹さんはごとりごとりと階下に降りていく。
その言葉に甘えてうつらうつらした後、降りていくと…

小さな食卓にパンと目玉焼きが並んでる。

「朝からちゃんとご飯作って起こしてくれる彼氏なんて、そうおらへんでぇ( ̄ー+ ̄)」

と得意がる竜樹さんに、

「…朝ご飯作ってもらって、起こしてもらうっていうのは、世界標準になりつつあるんよ?」

と根拠レスな答を返してにかっと笑って食べ始める。
その横でめげずに「有馬へ向かう途中で昼食は取れないから」と、パックご飯をレトルトカレーをレンジにかける竜樹さん。
それを仲良く半分こしながら食べ、後片付けをしてタクシー会社に電話して車を手配。
そこへ竜樹さんのご両親が登場。
程なくしてやってきたタクシーに乗って、有馬温泉を目指す。


外は暑いくらいの陽気だけれど、湿度が低いからか、あまり不快感はない。
竜樹さんにとってもそれはいい条件だったようで、一安心。

…あれ?

運転手さんとその隣に座っておられる竜樹父さんの会話に小さな疑問が湧き上がる。

だんだん高度が上がってきたせいか、なんだか耳の中がおかしな感じがする。
ついでに、頭も痛い。
竜樹さんも同じような症状なのか、車の窓を開けてずっと黙っている。
後部座席でただ一人なんともなさそうな竜樹母さんが話し掛けてこられるのに、ただ返事を返す。
新緑の映える山を縫うようにしてタクシーは走り、有馬温泉に辿り着く。


車を降りて、トランクの中の荷物を取り出して、竜樹さんと2人で顔を見合わせて。

「…なぁ、あの運転手。去年の時と同じヤツちゃうか?」
「あの運転手さん。前の時と同じ人ちゃいます?」

ほぼ同時にそう言った。
私が抱えていた小さな疑問は、どうやら竜樹さんの中にもあったらしい。
暫く顔を見合わせたままの二人。


チェックインを済ませ、部屋に入ると、窓一面緑、緑、緑。
丁度山側の部屋みたいで、緑色の葉をつけた木々以外見えるものはない。
暫く竜樹ファミリーと歓談してたけれど、ちょっと一人で館内を散歩してみたくなってロビーに行った。


今回の旅行はいろんなことでちょっと疲れてきてた竜樹ファミリーが暫しいろんなものから心身ともにリフレッシュするために急遽決まったもの。
その旅行自体が何かを変えるわけでないことは承知してる。
こんな風に私が竜樹家の中に入ることで竜樹ファミリーの中に暖かな空気が流れる反面、それを露も知らない金岡家の中でそれが知れた時、竜樹ファミリーに置ける熱量に反比例するように竜樹さんに対する温度が下がること。

そんな状態をいつまでも騙し騙しつづけてるわけにもいかないということ。

私個人の問題として、この旅行に少しばかり頭を痛める要素があるのも事実だけど。
ここに私がいることで、何かしらの役に立てるなら。
楽しい時間が欲しいと思ったときに、そこに私がいればいいなと思ってくれたこと。
それだけを大切にしたい。

今はそれだけを大切にしよう。

窓の外の新緑の木々と溢れる光に少しばかり力を借りるような形で部屋に戻ると、竜樹ファミリーはそれぞれお風呂に入る用意を始めてたので、私も慌てて一緒に部屋を出た。


この保養所にも温泉は引き込まれているらしいけれど。
「有馬温泉と言えば、真っ赤なお湯」という前評判とは違う無色のお湯に一瞬、「これ、ホンマもんなん?」と首をひねってしまったけれど、どうやらこれは温泉らしい。
あとから入ってきたお客さんが「成分表が廊下に貼ってあったよ」と教えてくれた(笑)

身体を洗って、少しぬるめのお湯に浸かる。
あがって水を身体にかけては浸かりを繰り返し、ゆっくりした時間を過ごしていた。
お風呂から出て着替え、竜樹母さんと一緒に出ようとしてると、他の宿泊客の人に話し掛けられる。
延々と話は続くのを竜樹母さんが救い出してくれて、ようやっとお風呂場の外に出る。

「おーい、霄ちゃん。こっちおいで」

そう竜樹さんに呼び止められていくと、マッサージチェアがある。
そこで暫くマッサージチェアで遊んで、今度は食堂へ向かう。
竜樹さんのご両親は懐石、私と竜樹さんはしゃぶしゃぶ。

「お疲れ様でぇす。かんぱぁい♪」

まずはビールでご挨拶して、待ちに待った食事にありつく。

…ふと隣を見ると、竜樹さんのご両親が食べてる懐石の量が以上に多い。

次から次へといろんなものが出てくるのだ。
毛蟹のゆでたヤツが一皿、刺身が一皿、紙鍋に天ぷら、酢の物にご飯に冷やしうどんの小鉢に…

「一体、どこまで出てくるんですか?」と傍で見てるこちらが聞きたいくらいの量の食事。

一方、こちらのしゃぶしゃぶのセットも量が多い。
なのに、竜樹さんは早々に2人前の肉を追加。
竜樹お母さんから懐石のお裾分けを貰って、目を白黒させていた私はふうふう言いながら食べている。
それでも、おいしいと感じながら食べれてるのが不思議だなと思いつつ…

お腹が一杯なのと食堂の熱気で気分が悪くなりそうだったのでロビーで涼んでると、

「ビリヤードでもしょうかぁ?」

声を掛けてきたのは竜樹父さんだった。

…これはのらないわけにゃ、いかんでしょう?

フロントでビリヤードの玉を借りて、壁にかかってるキューを取り、開始。
2人ともビリヤードは初めてでなかなかケリがつかないでいると、別の宿泊客があれこれアドバイスしてくれる。

「まぁ、一緒にやりまへんか?」

竜樹父さんが声をかけて、アドバイスくれてたお客さんも飛び入り参加して、ゲーム再開。
アドバイスをくれてるお客さんの周りを小学校低学年くらいのお嬢さんがちょろちょろしている。
その姿がなんだかほほえましいなと思いながら、長いキューで突き飛ばさないように気を配りながら、ゲームを続ける。
最後の1球がなかなか入らなくて、ゲームが終わるまでに長いことかかったけれど。
とてもとても楽しい時間だった。


部屋に戻って暫くすると、竜樹さんが戻ってきた。
手にはスイカを持っている。
「デザートに出たんやけど霄おれへんし、持って帰ったら食べるか思て、持って帰ってきたんや。
めっちゃはずかしかったわ(>_<)」

そう言ってスイカ片手に立ちはだかってる竜樹さんがかわいらしくて。
頂いたスイカをお皿に乗せて、暫くお話してる。
ついてたテレビのチャンネルを変えて「ヨイショの男」を見て、「世界ウルルン滞在記」を見ながら竜樹さんのご両親が寝に入っておられたので、竜樹さんと2人でロビーに降りた。

「今度は2人でビリヤードでもしよっか」と言って。


…しかし。


すべての遊具やテレビは22時でおしまい。
ロビーは真っ暗けだった。
真っ暗けのロビーで自販機のホットコーヒーを飲みながら、他愛もない話をする。

「さしてすることもないし、戻ろっか?」

差し出してくれた手を握り返して、部屋に戻った。
竜樹さんのご両親は既にお休みになっておられた。
少しだけ話して、私たちも横になる。
また差し出された竜樹さんの手を握り返して、眠りにつく。


便宜上の家族扱いでしかなかったとしても。
楽しい時間をともに過ごしたいと思ってくれたその気持ちだけを受け取ろう。
漆黒と緑に囲まれたまま、差し出された右手を愛しく思いながら。


いろんな想いを受け取る旅の夜がふけるのを眺めていた。


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