本当に欲しいもの

2002年4月12日
「今週はやったら長かったなぁ…」

目が覚めて開口一番そう呟いていた。
竜樹さんと連絡が取れない1週間なんて今に始まったわけでなし、理由すら判らずに音信不通になったことも何年か前にはあったから、そういちいち気にすることもないのに。
そう言いながら、さすがに今朝はあまり落胆の色が見えない。
それは希望的観測があるからでも、竜樹さんの気持ちを信じてるからでもなく、ただの馴れなんだろうとは思いながら。
そんなニヒリスティックな気持ちを抱えて、部屋を出る。

金岡父は相変わらず具合が悪くて熱が下がらないよう。
「今日こそは病院に連れて行くのだ」と、母が気ぜわしくしている。
いつも私より先に出る、もしくは私と一緒に家を出る人が生気なくくたってる様子を見てると、何となく気もそぞろになるけれど。
ひとまず私は会社に行かないといけないから、仕方なくなく家を出た。

最近、訳のわからない質問や仕事が増えていて、正直辟易気味。
残業代が課長に申告して認められなければもらえなくなってる今、書類に理由が書けないようなあやふやな仕事が増えるのは、正直はた迷惑なだけ。
いらいらと仕事を片付け、たらたらと電話に出る(アカンやろ)

…金岡父、大丈夫かな?

仕事が少し切れたとき、珍しく自宅に電話を入れてみたい衝動に駆られた。
会社から自宅に連絡を入れるなんてことは余程の事がなかったらやらないし、かけようという発想すら起こらないのに。
ちょっと引っ掛かり気味の意識を無理矢理意識の片隅に押しやって、降り注ぐ仕事の山を蹴散らしにかかる。

…早く家に帰って、金岡父の診断結果を聞かないと。

意固地なまでにそんな風に思えたことが不思議だったけれど、心突き動かすまま仕事を片付けていく。

だけど、最後の最後に邪魔が入った/( ̄□ ̄)\ !

終業20分前のくそ忙しい時間帯に、親会社の社員がへろんとやってきた。
新年度開始の会議の時に、部署替えの挨拶なんて済んでただろうに、わざわざこんな時間にやってきて、応接室でのんべんだらりとご挨拶。
そこに立ち代り入れ替わり、うちの社員が出たり入ったり。
その度にお茶を淹れないといけない。
否応なく、本来するべき業務は止まる。
お客が帰る頃には、定時なんてとうに過ぎていた。

終始、いらいらと焦燥感と疲労感の三つ巴状態のまま、少しばかりのサービス残業を食らって、よろよろと社屋を後にする。

…このままずっと竜樹さんに放置かまされるなら、もういいや。

自分ひとりが歩く道のことを考えるなら、別にこの仕事に固執しないといけない理由なんてないんだ。
このご時世に会社を辞めて、次がすぐ決まるなんてありえないけれど、楽しみも何もない状態で疲れを溜めにだけ通ってるような仕事なら辞めてしまえばいい。

…こんな仕事、辞めたらぁヽ(`⌒´)ノ

思考は過激な方向へゆっくりと加速していく。
それを友達からのメールでようよう押さえられながら、帰宅した。

「お父さん、入院したわよ( -_-)」

玄関をあがって、リビングに入って金岡母から開口一番に飛び出したセリフがこれだ。
しかも、ちょっとばかりご立腹モード。

「だから、無理して会社に行かないで熱が出たときにさっさと休んで治しとけばよかったのよ!
人の言うことも聞かないで、肺炎起こすなんて何事よーーーっヽ(`⌒´)ノ」

…入院してる金岡父が気の毒なくらいの怒りよう((((((((^_^;)

「だって決算のまとめもせんなん忙しい時期やねんから、しゃあないやん?」という私に、
「身体を壊してまでする仕事がどこにあるのよ!?
体壊したって、会社は何もしてくれないのよーーーヽ(`⌒´)ノ」と金岡母。

…ダメだ、こりゃ(byいかりや長介)

しかも悪いことは続くもので。
金岡妹の旦那のおばあちゃんが亡くなったそう。
お江戸からは遠く離れたところでの葬儀の上にちょっとややこしい事情があって、お江戸の方からもどう対処すべきかの問い合わせの電話が鳴り響く。
金岡父の病室は個室の上に電話がついてるとはいえ、そうそう電話をして対応のお伺いを立ててるわけにもいかない。
ある程度の選択肢を絞り込む作業を手伝う。

一通り明日以降の対応の仕方のメドが立ったので、自室に戻る。

ぺたりとフローリングにへたり込んだ途端、部屋の電話が鳴った。

「…霄?どうしてる?」

竜樹さんからだった。
体調の悪い時の声のトーンの低さに、どこか弱さを感じられる。
だけど、竜樹さんの声を聞いて安心してしまったらしく、あろうことか金岡父の入院の話と金岡妹の旦那のおばあちゃんが亡くなった話をしてしまった。
暫く沈黙が走ったから、「言わなきゃよかった」と思った。
これ以上「私」の話はしたくなかった。
だから、竜樹さんが聞く最低限度のことに答えるに留めた

本当は次に電話がかかってきたら、自分の思ってたことを話すつもりだった。
本当はどんな状態でも逢えればそれでよかったのだと。
体調が悪くなったのが、暗に自分のせいだと言われたのが悲しかったのだと。
それより、何より。

ただ、あなたの傍で何かしたいと思っていたのだということを伝えたかった。

でも、やめた。

竜樹さんが何を話せばいいのか、模索してること。
想いを言葉に置き換える作業に苦しんでいること。

それは会話のない間の部分で、十分伝わってきたから。

今の私がするべきことは、自分の想いをまくし立てることじゃない。

…どうにかして、私に何かを伝えたいと必死になってる竜樹さんの想いのかけらを拾い集めること。

竜樹さんが自ら想うことを語ろうとすること自体がそうそうあることじゃない。
ましてや、具合の悪い状態が続いていて、もどかしさも不安も抱えた状態。
それでも何かを伝えたいと思うのなら。願うのなら。
何を置いてもそれを聞くのは当たり前のこと。

零れ落ちそうになる言葉にそっと鍵をかけて、ただ竜樹さんの言葉を待った。
早く話そうと焦る竜樹さんに、「出てくるまで待ってる。ゆっくり話してくれていいんだよ?」と繰り返す。
そうして竜樹さんがある程度想いを語り終えた時、

「明日、逢いにいくね?」

そう約束一つ残して、電話を切った。

ふと、大切なことを忘れていたことに気がついた。
あまりに大切なことをすこんと落っことしていたことに気付いて、涙が出そうになったけれど。

もしも、自分の幸福感だけが欲しくて、自分を満たしてくれるだけの恋が欲しいなら。

他所を当たればいい。
別に竜樹にしがみつくこたない。

お前が欲しかったものは何だ?
竜樹自身か?それとも人をもうらやむ幸せな恋か?

…そんなん、知れたことだよな?

私が本当に欲しいものは竜樹さん。
竜樹さんだから、欲しいと思ったんだよ?
竜樹さんでないなら、一緒にいられるだけの幸福感など知ることもなかった。
竜樹さんじゃない人から受ける幸福感などありはしないと思ってた。

…それは多分、きっとずっと、変わらない。

そういうものは確かにあるのかもしれない。
少なくとも、私の中にはあるのかもしれない。

シンプルに欲しいものだけを見据えることが必ずしもいいことだとは思わないけれど。

…互いの想いに触れた夜。

本当に欲しいものは、確かに見えたんだ。

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