土曜日に逢ったのを最後に、竜樹さんから連絡がない。
連絡がつかない時はどういう時かは判り切ってるから、電話やメールで追いかけ倒す気にはならないけれど。
「連絡がつかない」時がどんな状態であるかが判るからこそ、気になることだってある。

…どうかこれ以上、痛みがひどくなりませんように

そっと願って家を出た。


身体からやる気が失せてることを象徴してるかのように、会社に入るのが少し遅れてしまった。
慌てて席につくと、噛み付くように鳴り響く電話と相変わらず理不尽な押し付けに苛まれる。


「彼のことがなかったら、もう少し自分の動きたいように動けるのにね?」


誕生日の日に連絡をくれた友達が言った言葉が頭を掠める。

…別に、竜樹さんのためにこの会社にいてるわけじゃないよ?

けれど、彼女が言ってることが完全に間違ってる訳でないことも判ってる。
昔のように、自分のことだけ見つめて自分のやりたいようにやれなくなってるってことは正しいと思うから。
この状態がいいのか悪いのかなんて判るわけがない。
ただ判ってることは、投げ出さずにいることと引き換えに手放たくないものがあるうちは、歩きつづけるしかないってことだけ。
それでも、「ここ」にいつづけるために、いろんなことを我慢しつづけることが本当に最良の方法だとも思ってはいないのだけど。


すっきりしない心を抱えたまま、気が付くと昼休みを迎えていた。


ふとした世間話の流れで、自分の頂いてる給料に不満をもってることをさらりと溢してしまった。

「(ただでさえ低く抑えられた給料から)さらに減ってしまったから、独立するのがまた遠のいちゃいましたぁ〜」

それに、ボスはさらりと一言。

「それは独立しようという気がないからやで。独立したかったら、金持ってるええ男、捕まえやぁ」

…「人の事情も知らんと」と怒る気にはならなかった。

私の事情なんてボスに話す必要はないし、知ったところでそんなことはボスの預かり知らないこと。
さらりと話して、さらりと流れること自体は傷を深めなくてよかったのかもしれない。
けれど、「これがお前の価値なんだ」と暗に言われたような気がしてがくんと疲れはしたけれど。

ふと携帯を見ると、携帯の電池がなくなりかけてることに気が付いた。
何となくそのまま携帯の電源を切り、昼からの仕事に入る。
昼からもまた噛み付くように鳴り響く電話と容赦なく降ってくる仕事の処理に追われた。


終業時間30分前になって、何となく携帯が気になって電源を入れてみた。
ほどなく、携帯にメールがひとつ。

「今日もかなりしんどくて(T_T)
迎えに行かれへんけど、来てくれる?用事なかったら」

…そんなもの、行くに決まってるじゃないですか?

程よく片付け始めた仕事を景気よく片付けきって、会社を飛び出す。
自転車飛ばして駅に着いてから、メールをひとつ。

「用事なんてないから、これから行きます。待っててね♪」

ホームに滑り込んできた電車に乗り込む。
程なく、バスの時間と共に「さんきゅう!(^○^)」というメールがひとつ。
張り切って移動する。

ただ、気持ちとは裏腹に疲れはピークのようで。
電車に乗っていても、バスに乗っていても意識を繋ぐのがやっと。
それは座席に座ってようが立ってようが関係なくて、ゆらゆらしながら移動を続ける。

ただ、しんどい時に私のことを思い出してくれることが嬉しかった。


竜樹邸に入ると、竜樹さんはよほどしんどいのか、お布団から出て来れずにいてる。
暫く竜樹さんの傍にいて少しばかり話をしていると、

「霄ぁ、今日も朝から何も食べてへんねん(・・、)」

本当に辛そうに仰るので、急いで台所に立つ。
竜樹さんのリクエストで、備蓄のハンバーグを焼き、水菜のサラダを添えて出すことに。

ハンバーグを焼き、水菜のサラダを作ってお皿に乗せようとすると、ハンバーグの乗ったお皿がない。

…ハンバーグの乗ったお皿は、いつのまにか食卓に移動していて、静かに竜樹さんに食べられていた。

他愛もない話をしながら食事を済ませ、薬を飲んだ竜樹さんはまた横になる。
私は黙々と後片付けをする。


後片付けを終え、竜樹さんの傍にちょこんと座った時。
竜樹さんから会社のことについて訊かれた。
残業代がつかなくなったことやもろもろで手取りが減ったことを随分土曜日にも溢したからだろう。

「今の給料やと、かつかつか?」

ただ一言、「そうでもないよ?上向きになるまで待つのは大丈夫。出来るから」と嘘でも笑えばよかったんだろうか?
自分の中から無理やりに笑顔を引きずり出せばそれでよかったんだろうか?

…でも、出来るわけなかったんだ

「元が水準よりも低いところで設定されてるのに、そこから3〜4万円引かれてかつかつじゃないわけないやないですか?」

搾り出すようにして溢してしまってから「しまった」と思ったけれど。
堰を切ったように思ってることは口からこぼれていく。

「本当は何も考えずに、すぐにでも辞めてしまいたいです。
金銭的に辛い以上に精神的にあそこにいるのは辛いから」

そんなことは今改めて言わなくても、竜樹さんだって重々承知してる。
この会社に入ったときから、いろいろされたことは随分昔から話していたんだから。
目を閉じて、少し苦しそうに考える竜樹さん。
その表情を見て、これ以上何も言わないほうがいいってことは判りきってただろうに、言葉は零れ落ちつづける。

ひとしきり溢してしまった後、

「俺は今日は送ってやれへんから、そろそろ帰る用意しぃや?」

搾り出すように竜樹さんは言った。
その言葉が出るまでに、竜樹さんがどんな思いで私の言葉を聞いてたかなんて、少し思い巡らせば判ったことなのに。
一言謝ればよかったのか、前向きな笑顔ひとつあればよかったのか。
だけど、それすら捻り出す余裕は私もなかった。

「来ぉへんかったらよかったね」

言わなきゃいい言葉をまたひとつ。
バスの時間には少し遠かったけれど、竜樹邸から出てしまいたかった。
黙々と帰る準備をする私に竜樹さんは袋いっぱいのアーモンドチョコを渡してくれた。
そして、また静かにお布団に戻っていった。

涙が出そうだった。
せっかく元気を取り戻せるはずの時間が、元気を渡せるはずの時間が、
余裕がないというだけの理由で悲しい時間に変わってしまった。

余裕さえあれば、竜樹さんを傷つけずに済んだんだろうか?
余裕さえあれば、自分自身もまた傷つかずに済んだんだろうか?


幸せの鍵を壊すのは、いつでも余裕のなさ。
自分自身の無力さ加減に他ならないのかもしれない。


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