始まりの場所 叶わなかった場所
2001年3月3日今朝、休みの日にしては珍しく早く目が覚めた。
細かな用事を済ませ、竜樹さんに電話する。
ベタのお見送りは思い出の場所でするということだったので、
いつもの場所とは違うところで待ち合わせをする。
そこまで行くのに電車の連絡が悪いので、慌てて家を飛び出す。
「…あ、忘れた(゜o゜)」
母に見立てを手伝ってもらったネクタイ、家に置いてきてしまった(>_<)
待ち合わせてる場所は駐禁の取締りがキツイところなので、あまり(一時停車とは言え)竜樹さんを長いこと待たせるわけにはいかない。
ホームに滑り込んできた電車に飛び乗り、待ち合わせ場所に向かう。
…20分。30分。
待てど暮らせど竜樹さんは来ない。
「背中が痛くて家を出れないのかな?
…もしかして、また事故に巻き込まれた?」
不安が大きくなる。
「桜坂」が鳴る。
慌てて電話を取ると、申し訳なさそうな竜樹さんの声。
「キーを車の中に残したまま閉め込んでしまって、
鍵を開けるのに今までかかったんや。
どこかで食事でもして30分ほど待ってて」
「はぁい、わかりました。気をつけてね」
…たまに竜樹さんもどんくさいことするじゃないか。
何だか微笑ましくて笑ってしまった。
丁度お昼のピークも過ぎてたので、モスで一人食事をする。
丁度、食べ終わった頃に竜樹さんから電話があり、急いでモスを飛び出した。
ちょっと疲れた、でもどことなく優しい面持ちの竜樹さんがいた。
車に乗って、「思い出の場所」に行く。
…この「思い出の場所」っていうのは、竜樹さんが私に「これからもずっと一緒にいよう」と言ってくれた場所。
この近くには大きな川があり、結構な勢いで水は流れてる。
橋の袂に車を停め、二人で橋を渡る。
対岸に階段があり、川っぺりまで降りることができる。
ところが竜樹さんは、橋の真中で足を止めた。
「…どしたの?」
「川の水の勢いも強いし、ここから送ってやろうかと思うねん」
そう言って、鞄の中からビンを取り出した。
彼の一番大切にしてたベタが氷と共に眠ってる。
「…え、こんな上から落としちゃうの?」
「うん。その方が何だか俺らしいやろ?」
そう言ってビンからベタを取り出して、最後のお別れをする。
「また、帰って来てね」
私がそう呟いた時、竜樹さんは流れの速いところにベタを送り出した。
ベタはまるで泳ぐように流れの中に消えていった。
流れの中に消えたベタに、私は暫く手を合わせてた。
そこから移動して、昔、竜樹さんが一人で暮らしてたあたりでお茶をする。
自分の不注意で水温が上がりすぎてベタが死んでしまったこと。
死ぬことに対して切ない思いを抱えたりはしないけれど、
寿命を全うさせたのではなく、自分の不注意で死なせてしまったことが悔しいのだと、竜樹さんは言った。
それをただ、受け留めるつもりで話を聞いていた。
そのうちベタの話ではなく、他の話題に移っていったけれど。
今日はきちんと竜樹さんのお話を受け留めたい。そう思いながら受け答えした。
喫茶店を出て、また移動する。
昔、竜樹さんが若かった頃に(笑)勤めてた会社の前を通る。
竜樹さんが一人で暮らしてた家の前を通る。
竜樹さんが昔の会社にいたときの話をする。
話し振りを聞いてると、何だか切なくなる。
自分の力を今も信じているのに、もうそれを体現できる身体ではないという現実。
彼の言葉の後に、捨てられずにいる想いが見え隠れする。
それが見えてしまった気がして切なくなる。
前に住んでいた家のこともそう。
彼が死神みたいな病気に取り憑かれていなかったなら、
もっと前に2人で一緒に暮らすことになっていた場所。
でも、もうそれが叶うことはないのだと。
その後ろ側にある気持ちがまた私の心を掠める。
ここは私たちが共に歩こうとした始まりの場所。
でも叶わなかった場所。
前とは違う、新しい道程を私たちは歩いていく。
これからも二人で歩いていく。
でも、一番よかったあの時を取り返すことも、
やり直すことも出来はしないのだと。
思い返しても胸が痛くなるだけなのだと。
…でも思い返してしまうのだと。
泣きたくなるような気持ちを竜樹さんに気づかせないようにするのが精一杯だった。
何も答えることができず、何も話し掛けることができず、車はただ走っていく。
土曜日なのもあって車は多い。なかなか渋滞を抜けられない。
「…ごめん、背中痛くなってきてんけど」
鍵の閉め込み事件と渋滞の中での運転に疲れたんだろう。
「お風呂付部屋」で休むことに。
部屋に入りお風呂にお湯を張り、戻ると竜樹さんは横になっていた。
部屋は寒い。
珍しく竜樹さんは布団にもぐりこんで横になってる。
「横になると、楽ですか?」
「…うん、やっぱりちゃうなぁ」
竜樹さんの横でちょこんと座っていたのだけど、ちょっと寒いので暖房を入れてから一緒になってもぐりこむ。
「…霄、落ち着きすぎ」
「…?
竜樹さんしんどそうだから、
余計なことをしないほうがいいと思って…」
「霄が何かしてくれれば、しんどいのは紛れるんだけどな…」
(*-_-*)
ちと過激にじゃれて、竜樹さんをお風呂に入れる。
「天気予報を見といてくれ」と言われてたので、一人でニュースを眺めていたけれど、
天気予報になる前にお呼びがかかる。
「天気予報、まだなんですけど?」
「もういいから、おいで」
別に取り立ててすることがあった訳でもなかったけど、二人一緒にお風呂に入る。
「ちと、寂しかったのかな?竜樹さん」
…そういうことにしておこうか
会えたのは嬉しかったけど、何だか切ない一日だった。
本当に私といて、竜樹さんは少しでも癒されたんだろうか?
今日はお互いにキツイモード出なかったのはよかったと素直に笑えばいいのだろうか?
少しだけ胸に痛みは残っているのだけど。
「過去のことは忘れて未来に生きよう」
偶然、宙の防人に教えた言葉がそういうセリフになって返ってきてびっくりしたことがあったけれど、
今はその言葉を復唱せんなんのは私なんか知れない。
…うん、わかっとうよ
でも、忘れてしまいたくはない「過去」も確かにあるものなんだよ
一番よかった頃の始まりの場所、小さな夢が叶わなかった場所をいつかもう一度訪ねた時、
「こんなこともあったね」と二人で笑えるといいね。
胸に小さな痛みがあったとしても、過ぎた日々に想いを馳せることがあったとしても。
…いつかそう笑えるといいな。
細かな用事を済ませ、竜樹さんに電話する。
ベタのお見送りは思い出の場所でするということだったので、
いつもの場所とは違うところで待ち合わせをする。
そこまで行くのに電車の連絡が悪いので、慌てて家を飛び出す。
「…あ、忘れた(゜o゜)」
母に見立てを手伝ってもらったネクタイ、家に置いてきてしまった(>_<)
待ち合わせてる場所は駐禁の取締りがキツイところなので、あまり(一時停車とは言え)竜樹さんを長いこと待たせるわけにはいかない。
ホームに滑り込んできた電車に飛び乗り、待ち合わせ場所に向かう。
…20分。30分。
待てど暮らせど竜樹さんは来ない。
「背中が痛くて家を出れないのかな?
…もしかして、また事故に巻き込まれた?」
不安が大きくなる。
「桜坂」が鳴る。
慌てて電話を取ると、申し訳なさそうな竜樹さんの声。
「キーを車の中に残したまま閉め込んでしまって、
鍵を開けるのに今までかかったんや。
どこかで食事でもして30分ほど待ってて」
「はぁい、わかりました。気をつけてね」
…たまに竜樹さんもどんくさいことするじゃないか。
何だか微笑ましくて笑ってしまった。
丁度お昼のピークも過ぎてたので、モスで一人食事をする。
丁度、食べ終わった頃に竜樹さんから電話があり、急いでモスを飛び出した。
ちょっと疲れた、でもどことなく優しい面持ちの竜樹さんがいた。
車に乗って、「思い出の場所」に行く。
…この「思い出の場所」っていうのは、竜樹さんが私に「これからもずっと一緒にいよう」と言ってくれた場所。
この近くには大きな川があり、結構な勢いで水は流れてる。
橋の袂に車を停め、二人で橋を渡る。
対岸に階段があり、川っぺりまで降りることができる。
ところが竜樹さんは、橋の真中で足を止めた。
「…どしたの?」
「川の水の勢いも強いし、ここから送ってやろうかと思うねん」
そう言って、鞄の中からビンを取り出した。
彼の一番大切にしてたベタが氷と共に眠ってる。
「…え、こんな上から落としちゃうの?」
「うん。その方が何だか俺らしいやろ?」
そう言ってビンからベタを取り出して、最後のお別れをする。
「また、帰って来てね」
私がそう呟いた時、竜樹さんは流れの速いところにベタを送り出した。
ベタはまるで泳ぐように流れの中に消えていった。
流れの中に消えたベタに、私は暫く手を合わせてた。
そこから移動して、昔、竜樹さんが一人で暮らしてたあたりでお茶をする。
自分の不注意で水温が上がりすぎてベタが死んでしまったこと。
死ぬことに対して切ない思いを抱えたりはしないけれど、
寿命を全うさせたのではなく、自分の不注意で死なせてしまったことが悔しいのだと、竜樹さんは言った。
それをただ、受け留めるつもりで話を聞いていた。
そのうちベタの話ではなく、他の話題に移っていったけれど。
今日はきちんと竜樹さんのお話を受け留めたい。そう思いながら受け答えした。
喫茶店を出て、また移動する。
昔、竜樹さんが若かった頃に(笑)勤めてた会社の前を通る。
竜樹さんが一人で暮らしてた家の前を通る。
竜樹さんが昔の会社にいたときの話をする。
話し振りを聞いてると、何だか切なくなる。
自分の力を今も信じているのに、もうそれを体現できる身体ではないという現実。
彼の言葉の後に、捨てられずにいる想いが見え隠れする。
それが見えてしまった気がして切なくなる。
前に住んでいた家のこともそう。
彼が死神みたいな病気に取り憑かれていなかったなら、
もっと前に2人で一緒に暮らすことになっていた場所。
でも、もうそれが叶うことはないのだと。
その後ろ側にある気持ちがまた私の心を掠める。
ここは私たちが共に歩こうとした始まりの場所。
でも叶わなかった場所。
前とは違う、新しい道程を私たちは歩いていく。
これからも二人で歩いていく。
でも、一番よかったあの時を取り返すことも、
やり直すことも出来はしないのだと。
思い返しても胸が痛くなるだけなのだと。
…でも思い返してしまうのだと。
泣きたくなるような気持ちを竜樹さんに気づかせないようにするのが精一杯だった。
何も答えることができず、何も話し掛けることができず、車はただ走っていく。
土曜日なのもあって車は多い。なかなか渋滞を抜けられない。
「…ごめん、背中痛くなってきてんけど」
鍵の閉め込み事件と渋滞の中での運転に疲れたんだろう。
「お風呂付部屋」で休むことに。
部屋に入りお風呂にお湯を張り、戻ると竜樹さんは横になっていた。
部屋は寒い。
珍しく竜樹さんは布団にもぐりこんで横になってる。
「横になると、楽ですか?」
「…うん、やっぱりちゃうなぁ」
竜樹さんの横でちょこんと座っていたのだけど、ちょっと寒いので暖房を入れてから一緒になってもぐりこむ。
「…霄、落ち着きすぎ」
「…?
竜樹さんしんどそうだから、
余計なことをしないほうがいいと思って…」
「霄が何かしてくれれば、しんどいのは紛れるんだけどな…」
(*-_-*)
ちと過激にじゃれて、竜樹さんをお風呂に入れる。
「天気予報を見といてくれ」と言われてたので、一人でニュースを眺めていたけれど、
天気予報になる前にお呼びがかかる。
「天気予報、まだなんですけど?」
「もういいから、おいで」
別に取り立ててすることがあった訳でもなかったけど、二人一緒にお風呂に入る。
「ちと、寂しかったのかな?竜樹さん」
…そういうことにしておこうか
会えたのは嬉しかったけど、何だか切ない一日だった。
本当に私といて、竜樹さんは少しでも癒されたんだろうか?
今日はお互いにキツイモード出なかったのはよかったと素直に笑えばいいのだろうか?
少しだけ胸に痛みは残っているのだけど。
「過去のことは忘れて未来に生きよう」
偶然、宙の防人に教えた言葉がそういうセリフになって返ってきてびっくりしたことがあったけれど、
今はその言葉を復唱せんなんのは私なんか知れない。
…うん、わかっとうよ
でも、忘れてしまいたくはない「過去」も確かにあるものなんだよ
一番よかった頃の始まりの場所、小さな夢が叶わなかった場所をいつかもう一度訪ねた時、
「こんなこともあったね」と二人で笑えるといいね。
胸に小さな痛みがあったとしても、過ぎた日々に想いを馳せることがあったとしても。
…いつかそう笑えるといいな。
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