今朝は珍しくずっと青信号のまま魔境までたどり着き、事務所に入ったら入ったで珍しく仕事が順調に進む。

そんなこんなでいつもよりは元気だったから昼休みに用事を済ませてしまおうと外に出たら、日差しは眩いばかりなのに氷の粒交じりの激しい雨がどっさり降ってくる。
それでも順調に片すべき用事はすべては片せたし、昼からも引き続き順調に仕事は進んでいたので気分はよかったのに、終わりっ際に書類の山。

げんなりしながらも書類の山を粉砕し、魔境を飛び出し帰るコール。
受話器の向こうの竜樹さんは珍しく明るいトーンの声だったので安心して車を転がす。

「ただいま」

家に着いたら竜樹さんは不在。
「そういえばご実家の荷物整理の手伝いに行ってると話してたな」と思いつつ、わんこの散歩。

わんこがとても嬉しそうなので明るい気分で帰宅したら、「晩御飯は向こうで食べるから」と電話がひとつ。
ひとりでしれっと簡素な食事を済ませ、最低限度の家事をして久しぶりに自分の時間を持つ。

現状で「自分の時間」を見繕うのは難しいからと喜びつつも、心は何処かすっきりしない。

そんなところに竜樹さんから着信ひとつ。

「明日から業者が入るんで今日中に作業を終えんなんねん。
 親父とこっちに残って頑張って片付けるわ。
 霄は明日会社行かんなんねんし、先にお風呂に入って休んでんねんで」

珍しく(?)気遣いのある電話で目をぱちくりさせてるうちに会話が終了。
久しぶりに、自分の時間が取れることになった。

自分がしなければならないことをひとりで目一杯出来ること。
それは私にとってとてもありがたいもののはずなのに。

…なんだか、おもしろくないぞ。

顔を見たければ歩いて5分もしない場所にいるし、電話したら捕まえられる。
もめてる時は同じ家にいたって数日口を利かないなんてざらだし、私の側には愛するわんこもいる。
だいたい手が要るとあらば夜中であろうと容赦なく呼び出すのが竜樹さんだし、呼ばれないなら自分の用を済ませて眠ればいい。

でも、なんだろ。
なんだかちょっとつまらないような、寂しいような、変な気分。

…らしくはないけれど、今夜だけは認めるか。
ひとりでこの家にいてることはそう珍しくもないし、いつもは感じないのだけれど。

結構寂しいものだ。
ここを放置して2年近く経ったんだなぁなどと、ちょっと他人事チックに思うあたりは相変わらずですが。

…もう2年になるのかぁ。
いろいろとありはしてもここにまだ日々思うことを比較的素直に残していられた時から環境がさらに大きく変わり、抱えるものも問題もさらに増えてしまった今となっては、日々のあれこれに引っ張りまわされるばかりで気持ちを言葉に置き換えることすら難しくなっているような状態です。
こちらで何かを書き留める作業を気軽に再開出来るような状態ではないのだけれど、ひとつだけ言えるのは竜樹さんとの繋がりも明後日で12年目に突入する…ようです。
これを機にという訳ではありませんが、もう少しきちんと思うことを言葉に置き換える作業が苦でもなく出来るようになったらまたぼちぼち何かを残していこうかななんて思います。

では、またいずれ。

お風呂からの電話

2005年4月7日
昨日今日と魔境で起こることはことごとく癇に障るようなことが多く、げっつり疲れてしまった。
癇に障るような事態がない日のほうが稀な魔境で、穏かな気持ちになれることの方が珍しいのは承知してるので、討伐(業務)終了することだけを期待して仕事を進める。
討伐終了後に竜樹邸に寄るのは体力的にはしんどいけれど、気持ちが元気を取り戻せるような気がするから早く魔境から出たいと思いながら仕事をどんどこ片していく。

仕事を片して無事魔境を脱出したはいいけれど、竜樹さんの都合で今日は自宅に直帰することになってしまった。

体力的にはいい中休みなんだろうけれど、気持ちは何となく力抜け。
自宅に戻ってからぼんやりと手をつけれてなかったことを片しながら過ごす。
ちょっと早いけれど眠ってしまおうかと思ってると携帯に着信ひとつ。

「…霄ぁ、とうしてる?」
「もしかしてお風呂からですか?」
「そうそう、お風呂入ってたら気持ちよくなってきて話したくなってん」

竜樹さんの声が響くのと時折水音が聞こえるからお風呂場からかけてきてると判る。
話の内容は取り留めのない、今日1日の話だったりするのだけど、どこか楽しそうに話す竜樹さんの声を聞いてると、心が息を吹き返してくような感じがする。

何年か前に防水仕様の携帯を買って以来、竜樹さんはこの電話がお気に入り。
少々がたがきててもずっと使い続けてる。
お風呂に入ってる時まで電話なんて取りたくないし取り立てて防水仕様の電話を持つ必要を感じなくて私は見送ったのだけど、こんな風に使えるなら持ってもよかったかななんて思う。
メーカーサイドは防水携帯の後継機の開発をやめてないとアナウンスしてるようだし、待っていればそのうち後継機が出てくるのかもしれない。

…出たら私も防水携帯にしようかな?

その頃にはお風呂から携帯で話す必要なんてない距離で一緒に過ごしてるのかもしれないけれど。
それでも何時出るとも知れない防水携帯が欲しいなと思ったのは、竜樹さんがかけてきたお風呂からの電話が楽しかったから。

お風呂に入ってるときだけじゃなく水仕事をしてる時でも、すぐに竜樹さんの声が聞けるなら、防水携帯に縛られてても悪くないかななんてらしくもないこと思ったりする。

想いが交差した夜

2005年4月6日
今日は親会社からかかりちょ様が督促受けてる仕事の資料作りに追われた。
親会社が資料作るのに必要な書類をなかなか送ってよこさない癖に、早く早くと親会社のお偉いさんにせっつかれるかかりちょ様を見てると特別親しい訳でなくても早く資料を作って託したいと思う。
チョコウェハースかじりながら資料を作り起こし、かかりちょ様とボスに託して魔境を後にする。

少し疲労が溜まっているから早く帰りたかったけれど、定例コールを入れるために取り出した携帯を見ると、竜樹さんからヘルプメール。
体調が悪くなったのかと心配したけれど、ひとりで出来ないことを手伝って欲しいと言われれば身体の底から元気を掻き集めて向かうだけ。

竜樹邸に入ると、もう少し待っててくれたらと頭を抱えるような状態になっていたけれど、小休止取って貰うべく夕飯を作り、残りの作業を手伝う。
魔境での作業で疲れていても竜樹邸に来てからが大変でも、竜樹さんと過ごせる時間は明日の私の力になる気がする。

それでもあまり長居する訳にもいかず、ある程度片付いたところで帰り支度。
竜樹さんは「車に乗って帰り?」と言ってくれたけど、今日はまだバスや電車を乗り継いで帰れそうだったので後片付けして、竜樹邸を後にした。

今日は夜になっても暖かく、バス停に向かって歩いていても心地よい。

「…あー、金岡さーん?」

顔を上げると、数年前ある企画で一緒した友達がいた。

「あれ、この辺に住んでたん?」
「うん、すぐ近く…って、金岡さんもこの辺やった?」
「や、まだこっちには住んでないけど、よくちょろちょろしてるよ」

ある企画で一緒したのが何年前だったのか正確には思い出せないけど、当時のことや他に一緒したメンバーの話で少し盛り上がる。

「あの当時はよかったよね。時間をかけて大がかりなことができたし」
「だね?今、もいっぺんやってって言われたらもう無理やと思うわ」
「…や、金岡さん、あの当時と殆ど変わってへんよ?
やろうと思ったらやれんちゃう?」
「そかな?でも年々忙しくなってきてるから、時間合わすの難しいよね?」
「ねー」

私が乗るべきバスが来てしまったから「またいつか」の約束もしないまま別れた。

…変わってないって何処が?

そう彼女に聞いてみたかった気もしたけれど、今日の私が「げーんきはーつらつー♪」な表情してたとは思えないし、「いや、何となく疲れてっぽいとこ」と言われてもへこむだろうなと思ったから敢えて言及はしなかった。

…憶せず聞いてみてもよかったかな。

そんな風に彼女と交した言葉をああでもないこうでもないと考えながら帰宅し、部屋に残してある企画の産物に触れる。

その企画に参加する前日に親知らず抜いたから、痛み止め飲んで臨んだんだったとか、どんな想いを抱えてそこにいたのか、少しずつ蘇る。
何年前かは判らないけれど、当時の自分の眼差しが強かったこと。
その日何を話したのか覚えていなくても、抱いていた想いの強さだけは今でも感じとれる。

…強さと激しさを拠り所にしなくても、辿り着きたい場所には辿り着けたんだよ?

あの当時持ち合わせていた強さと同じものを今はもう持ってはいなかったとしても、その強さだけが私に必要なものでもなければ私のすべてでもない。
手放したものほど見た目に判りやすいものでなくても、今の私は必要なものをちゃんと手に出来てる。
そしてまたこの先必要とするものを得るために歩いてく。

振り返りの作業ばかりじゃ未来に進展などないのかも知れないけれど、今日はこれでいいのかも知れない。

…私が思うほど、私は何も手にしてない訳でもないのかも知れない。

かつての自分の想いと今の自分の想いが交差した夜。
ただ一瞬だけ交差した場所に立ち止まりかつての想いと向き合った後、再び今日と明日を歩いてく。
「霄、なるべく早く竜樹くんに車返しておけよ」

出かけしなに金岡父に声をかけられる。

日曜に車を借りた時「車を返すのはしんどくない時でいいよ」と言われたけれど、車がなければないでその間竜樹さんは不便極まりないだろうから返すなら早い方がいい。

魔境での業務が思ったより早く済んだので、自宅へ直帰。
すぐに家を出るつもりが金岡母の晩御飯に負けて食卓に(-_-;)
後片付け済ませて少し落ち着いてから竜樹さんに電話を入れ、意を決して家を出る。

夜の運転は慣れてるからいいとして、自宅から竜樹邸までをひとりで運転したことはなかったのでちょっと緊張。

「ゆっくり行けよ?落ち着いて行けよ?」

振り返ると心配したのか金岡父。
私の車が見えなくなるまで見送っていたのを見ると、ふたばな私の運転が気になるのだろう。

平地に出るまでは急勾配の坂道の連続。
エンジンブレーキかけても車体の重さで勝手にスピードが出る。
どうにかスピードをコントロールして平地に辿り着いたら、ウインカーと曲がる方向が何故か逆なベンツがいたり、のんびりさんなトレーラーがいたり。
生来は苛地なのに、「…困るんだよなぁ、もー」とか弱気なひとりごとを呟きつつも、対車、対人共に事故という名のご迷惑をかけることなく無事竜樹カーを駐車場に戻す。

苦手な車庫入れも手間取らずに出来て「あー、今日は運がいいな」なんて思いながら、竜樹邸に入ると無事に来れたことを喜んでくれる。

暫く道中の話をし、ふと食卓に目をやるとカレーを食べたらしきお皿が1枚。

「霄はごはん食べんと来るかなと思ったからカレー残して待ってたのに、ごはん食べたって聞いたからひとりで食べてもたわ」

家を出る前に竜樹さんに電話した際、晩御飯を食べたことを伝えたのだけど、電話をきった後ひとりでカレーを食べてたであろう竜樹さんの姿を想像すると自宅でごはんを食べずに出たらよかったかなとも思ったけれど、出かけしなに「ごはん食べてから行きなさい、危ないから」と言う金岡母の言葉をむげにする気にはなれなかった…って、晩御飯食べたことを伝えずに竜樹邸に着いたら一緒にカレーを食べたらよかったんだろうけど(-_-;)

とりとめなく言葉を交わしつつ、暫く物真似大会を見る。
番組自体は面白いという訳でもないのだけど、竜樹さんと何気ない会話をしながら一緒にいられるのが心地よい。

…とは言え、また自宅に帰らなきゃならない時間になってしまう。

今度は竜樹さんにナビシートに座って貰い、往路は私が竜樹カーを運転。

前方に挙動不審な車がいて、ビビりながらも隣にいる竜樹さんを心の支えに運転し、無事帰宅。

今後は自宅から竜樹邸に向かうのも、竜樹邸から自宅に戻るのも大丈夫……かな?

初めてのダウンヒル…なんて言うと大袈裟が過ぎる気はするけれど、教習所では習うことのなかった急勾配、急カーブの細い道を幾重も越えて平地に降りるのはちょっとした冒険。

ゴールに竜樹さんがいてるから頑張れた、初めてのダウンヒル。
私自身気になってなかった訳じゃないけれど、いつやればいいか考えながら結局やれないまま過ごしていたことがある。
それは絶対的に私がしなきゃならないことではなかったけれど、あの状況だと私がしておくべきことだったには違いない。

そんな性質のものを本来する必要のない人に代わりにさせてしまった時のバツの悪さったらない。

自分でやるべきだったことをやらせてしまってごめんなさい。

小さくなりながら謝る私に飛んでくるのはいつもと変わりない色の言葉。
抱えてる想いはどうあれ「気になったし、してやるか」とそれをしてくれたこと。
そのことに萎縮せず、好意として受け止めればいいとさらりと伝えてくれたことはとても嬉しい。

だから、素直にありがとう。

ごめんなさいとありがとうが同居する、反省するべきことの中に心が暖かくなる想いがあることを強く知った1日。
土曜の夜は竜樹邸から自宅までのドライブで終わる。

教習所時代は夜の運転がメインだったせいか昼の運転には苦手意識があるけれど、夜の運転?とりわけナビシートに竜樹さんがいてくれる運転は楽しい。

…到着したらお別れということ以外は、だけど。

「土曜だけじゃなく日曜も来てくれるんやったら、週末は霄に車を預けるんやけどなぁ」
「…え?日曜も行っていいんですか?」
「そりゃ来て欲しいけど、土日出ずっぱりやったら疲れるやろ?」
「日曜休みは2週に1回くらいあれば十分です。
むしろ、四六時中竜樹さんちに押し掛けられる方がイヤかなぁって思ってたんです」
「なんで『来たらイヤかなぁ』なんて考えるかなぁ?」

私も竜樹さんもある程度ひとりの時間がないとダメ。
特に竜樹さんは昔からひとりの時間を大切にしてたから、自然と週末はどちらか1日、連休は1日おきに会いに行くようにしてた。

「…行かない日はつまらないですか?」
「そりゃ、来てくれた方が嬉しいで」

…随分変わったものだ(*-_-)

でも、会えることを望まれてるのはとても嬉しい。

「そんなん、今に始まったこと違うわー」

そんな言葉が嬉しくて、数時間後また竜樹さんに会いに行く日曜日。
ひとりで何かをする時間も大事だけど、ふたりで同じ場所で同じ時間を過ごせることだって大事だから、今日も竜樹さんに会いに行く。

来週の中頃に疲れが出そうな気はするけれど、嬉しい言葉に応えたくて竜樹さんの傍にいた日曜日。
暖かいけれど、空は雨降り前の色。
空を見上げても気分が沈まないのは、気にかかってたことがひとつ取れたからだろうか。
家を出る前に家族で話し合ったことが特別大きな進展に繋がるものかどうかは判らなくても、早く竜樹さんに伝えたい気がした。

竜樹邸に入ってみると、思ったより元気そうでひと安心。
家を出る前に両親と話したことや今後のことを語り合った。

「ご両親は霄の幸せを第一に考えてはるから俺には相当キツい言葉も飛んでくると思うけど、ブチ切れせんとちゃんとご両親の言葉は聞くんやで」

力業を使ってでも思い通りにする機会がなかった訳じゃない。
互いの想いを極力踏み蹂りたくなかったからこそ、今まで私も両親も我慢に我慢を重ねてきたんだ。
力業をぶつけ合わなくても済むように話し合いの席についてくれるのだから、その気持ちを踏み蹂るような真似はしてはならない。

もっとも、一回の話し合いで折り合いなんてつく筈はない。
判って貰おうと何度も努力すること、それを拒まずにいて貰えるうちは頑張ろうということで意見は一致。

ひとまず今後の話はここで終え、ふたりで映画を観ることにした。

1本目はマイノリティレポート、2本目はマトリックス。

近未来ものが2本続いてちょっとしんどかったけれど、ふたりで言葉を交わしながら映画を観るなんて久しぶり。

「昔はよく一緒に観に行ったのになぁ」

「でも、こういう見方もいいんじゃないですか。
映画館じゃ話しながら見られへんでしょ?」
「そやなぁ」

懐かしく思える光景は今も互いの間に息づく風景。
散在する大切なものを繋ぎ合わせて暖かな時間や風景が息づく。

大切なものを抱きしめ続けていられる明日を手にするために、ひとつひとつ乗り越えたい。

最初の一歩

2005年4月2日
やっと来た週末。
母が江戸から戻ってきて家の中の諸々のことが少し落ち着いてきた。

…今度こそ、ちゃんと言わなきゃならない。

母が不在の時、父にはそれとなく伝えてたのだけど、父の体調が悪かったことや他のゴタゴタにかまけて明言することを避けてた。

もし両親との話が頓挫しても、どうするか腹はもう括れてる。
自分の中で結論が出てる以上、恐れることなんてない。
ギリギリまで力業を使いたくないからこそ歩み寄る努力をするのだと、きちんと話すのだと決めたから。

両親が寛ぐリビングでそっと声を発す。
結論を述べるのではなく、まず話がしたいのだと伝える。

返ってきたのは拒絶の言葉ではなく、同じテーブルにつく用意はあるという答だった。
話が進む過程の中で具体的に話をする日取りの候補があがってくる。

「この辺りの都合のいい日を聞いてきてね?」

意外な言葉を託され、話は終わる。

そしてその言葉を提げて家を出る。

私が予期しない形でふたりで決めた具体的な方針をリークされてしまって以降、私からも両親からも竜樹さん絡みの話題を出すのを避けてたので、彼らからしたら「あー、やっと本人達の口からどう歩くのか聞けるのね」という感じなんだろう。

話せばすべて上手くいくなんて筈はなく、いつ決裂するか判らないことに変わりもないのだけど、話を聞く余地を残してくれたことはありがたいと思う。

ひとまず、最初の一歩踏み出した。

昼下がりのメール

2005年4月1日
新年度初日。

今年は朝礼やるのかしらと少し早めに家を出たけれど、今年も朝礼はなし。
ここ数年、暮れと正月の2回しか朝礼をしなくなったのは、毎度毎度言うことが同じで幹部さんも嫌気がさしてるんだろう。
朝礼をすれば魔境の人々の士気が上がる訳でなし、朝礼に割く時間分仕事しろということなんだろう。

先月までは、4月1日になったら、「これが最後の1年だ」と最後の尽力を誓うのだろうななんてわくわくしてたけれど、その誓いを立てる予定は未定となる。
代わりにこの期の何処で私を取り巻くもうひとつの環境が変わる。
それに対する不安がない訳じゃないけれど、より多くの晴れやかな気持ちを抱えて歩いていけたら……なんて思ってるところに仕事がドカン。

親会社の怠慢とおバカちゃんの記憶力のなさを見て鼻から息が抜けてきそうになるのを堪えつつ、理不尽な怒りはすべて作業に必要な燃料に置き換え作業を続けた。

午前中にエネルギーを使い果たしてくったりしてると、机の中で携帯が光る。
「この時間だと姉さまかしら?」と携帯を見ると、メールがひとつ。

開けてみると、竜樹さんからだった。

体調が悪くても業務時間中には絶対に連絡して来ないのに、メールを飛ばしてきはったのは余程調子が悪いのか。

業務時間中に携帯にかかってくる電話を受けたりメールに返信したりなんて普段は絶対しないけれど、対処法を知らせたり返事をすることで安心を渡せるならその方がいいと、横目で携帯の画面をチラ見しつつ、書類片手にキーをこちこち、そっと空にメールを飛ばす。

…余程悪いなら、帰りに寄ったのがいいな。

携帯の入った引き出しをそっと閉め、少しでも早く魔境を出られるようにとだったか仕事を片付け魔境を後にした。

「霄が教えてくれたように対処したら大分マシになってん。
だから来て貰わなくても大丈夫やで。
ありがとう(*^_^*)」

送った返事はすごく短いものだったけど、それが何らかの役に立ったならとても嬉しい。

今日は1日キツかったけど、心を繋ぐ時間があったことに感謝。
今期最終日。

今期は立ち上がりから公私共に考えることが多かった。
特に魔境においては、折り合いのつけどころが見つからないままズルズル4分の3期過ぎた。
ボスとの面談で長年抱えてた重荷は取れたものの、数少ない理解者だった部代が本体に戻ることになり、がっかりしながら年始を迎える。
年が明けたら、今度は性格に問題はあるけど仕事はよく出来たチビた氏が去ることになってまた動揺。
優秀な人が次々と去り、これ以上魔境で折り合いがつけられないと感じるなら今度こそ飛び立したのがいいと決意を固め、密かに予定を立てながら日々の作業をこなしてると、思わぬ転機がやってきてまた動揺。
惑いながらも順調に魔境を去るための準備を進めていたところに、ボスからごっつい釘がドスン。

現状の自分には同時にふたつの環境を変える馬力も能力もないことを思い知り、自分自身に情けなさを覚えながらも大事なものをまずひとつ選び取り、ひとつは現状維持で行くことにした。

それが本当に正しいかどうかは判らないけれと、これが今の私が出した答。

時間の流れが早かった割には結論に辿り着くのにすんごい時間がかかった気がする。

世間様は決算決算と上を下をの大騒ぎなのに、このフロアだけは気持ち悪いくらい粛々とした空気。
考えごとしながらでも仕事が勝手に片付いていくような気がするほどの静かさというのはある意味問題ありだと思うけど、今日は多分これでいいんだろう。

本当に忙しくなったら、考えが定まろうが迷おうが進むべき方向向いていろんなことを推し進めなきゃならなくなるんだろうから、こんな日があってもいいんだろう。

明日から新年度。
前年度中に感じたことや考えたことと同じことを感じたり思ったりするかも知れないけれど、自分の中で生まれるすべてのものは今から先歩く道程には必要なもの。
何かが終わるその日は同時に何かが始まる日でもあるのだと、月並みな言葉を私自身にあった出来事や想いに重ね合わせて呼吸する。

日はまた終わり、また始まる。
終わりと始まり繰り返して、確かな何かを手にしたい。

何処にいても…

2005年3月30日
昨晩何気なく始めた探し物が難航したせいで、殆ど寝る時間が取れないまま魔境に行く羽目になる。

異様なる眠さと格闘しながらゆらゆらと仕事してたのだけど、何処で気が緩んだか足にいれたてのお茶を盛大にひっかけてあいたたた。
幸い、パートさんから貰ったアロエを塗り塗り作業してたら、帰る頃には火傷の赤みも痛みも引いていた。

眠い時の火傷は本人が意識してる以上に広範囲に及んでることがあること、体調万全でなくても軽い怪我なら少しの手助けで回復にこぎつけられるもんなんだと、変なことに感心しながら魔境を出る。

「今日、この後サッカーあるで?」

受話器の向こうから嬉しそうな声が聞こえる。
作業をしながらイラン・北朝鮮戦を見ることが出来たらしく、どんな試合だったか教えてくれる。
その様が何だか愛しくて、ホームに滑り込んでくる電車を何度か見送って話を聞いていた。

サッカーは好きだけど海外サッカー専門の私は日本戦にあまり興味はないので積極的に見ようとは思わないけれど、竜樹さんが楽しみにして見るなら私も見たいと思う。

会話を終えたら、まっすぐ帰宅。
父とふたりでごはんを食べ、バーレーン戦を見た。
イライ…じゃなかった白熱する試合を見るのに疲れて寝てしまい、試合後竜樹さんに電話し損ねたのが悲しかったけど…(T^T)

あの試合、竜樹さんも見てたかな?
何処にいても、同じものを見たり感じたり出来るなら、離れている時間も悪くはないと思える。

     
…ホントはすぐ傍で共有したいけど、ね(^^ゞ
今日で10回目の春を迎えたこと、1日の終わりに差し掛かるまで気づかなかった。

こんなことは初めてだなと、探し物の手を休めてふと思う。

10年前の空は少し曇ったパステルブルー。
待ち合わせた時間の空は薄い紫色。

毎年何かしらあってのんびり空を眺める余裕もないけれど、過ぎた1年と新しい1年に想いを馳せながら見上げる空は不思議といつも柔らかな色だったように思う。

なのに、今年は花粉症の症状炸裂させながら決算前の作業と家事と探し物で終わってしまい、空を見上げる余裕すらなかった。

ただ、いつもより明るく柔らかな竜樹さんの声に長く触れられた。
互いに今日がその日だと口にはしなかったけれど、心を繋ぐ時間が取れたのはひとりで空見上げて想うよりはるかに嬉しいこと。
だから今年は今までの中で1番いい空の下にいたのだろうと、静かに思える。

柔らかな始まりへの想いと不安混じりの心を抱えて見上げた10年前の空。

空の色に心を止めることはできなかったけれど、心に青空を見た今日。

10年後の空はどんな色だろう。

ふたり並んで見上げる空がどんな色であっても、柔らかな始まりをいつまでも大切に想い合えるふたりでありたい。

サンキュ

2005年1月25日
新しい年が明けても何処となく気分の浮き沈みが激しくて、何となく人と会って話したいという気分にはなれなかった。
身の回りにある瑣末なぐだぐだを片付けていくうちに疲れて眠り、週末が来たら竜樹さんのところで元気を受け渡ししつつ、またぐだぐだ片付けてを繰り返すのが精一杯だったから。
本当なら姉さまとは先週の土曜日に会うことになっていたのだけど、どうしても気分が塞ぐからと延期してもらった。

先週の土曜・日曜と竜樹さんのところで過ごし、互いの想いに触れていつもより多めに元気を取り戻して、やっと姉さまの前に出ても大丈夫って気持ちになって、丁度仕事のキリも良かったので昨日ボスに許しを貰って会うことにした。

いつものように鮨懐石を楽しみつつ、暫くご無沙汰してた間にあったことを互いに話し、いつものように楽しい時間を過ごす。

姉さまと話すと、心が少しずつ力を取り戻していく感じがする。
据わってるようでどこか据わりの悪い肝の部分が徐々に据わっていく感じがする。
私が弱くなる部分を何気ない空気で埋めて、そっと立ち上がる力をくれる。

…サンキュ、姉さま。
元気でたよ。
来月会えるまでまた頑張るから、またお会いしましょう。
くれぐれも体調損ねないように気をつけて仕事してね。

いつもありがとう。

1年の最後に

2004年12月31日
…ホント、ここに来るのは久しぶりだな。

夏に竜樹さんと旅行して以降、本当にご無沙汰していました。
もっと早く戻ってこれたらと思っていたけれど、ゾンビちゃんの調子が悪かったり、自身がとてつもなく多忙な中に身を置いていたりしたためずるずるここまで来てしまいました。

私自身にいろいろあったように、ここで想いを綴る方にもまたいろいろあったのだろうなとちょこちょこ日記を読み返して感じています。
正月休みにどこまで読み返せるかわからないけれど、読み返せたらなと思います。
そして、来年からはもう少しここにも来れるよう努力したいなとも思います。

大きな変化の流れに出会った2004年。
自分にとっては大きな力のかけらを得た2004年。
そして来年は、大きな変化の流れに乗って新しい扉を開くつもりです。

今日は雪に閉ざされてしまって竜樹さんと一緒の年越しは叶わないけれど、恐らく最後になるだろう今の家族との年越しを楽しもうと思います。

今年1年ありがとうございました。
来年という年が大切な人にとって、私自身にとって素敵なものでありますように。

良いお年をお迎えください。
今月に入って、これまでとだいぶ環境が変わって…というよりやることが増えて忙しくなって。
自由に使える時間が今までよりも少なくなって、連日疲れてばたりと倒れるように眠り、気がついたら朝を迎えてまたいつものサイクル+αと向き合う。

嫌に蒸し暑い毎日で体力の消耗は十分。
いてるだけで精神衛生上よろしくないという魔境の状態も消耗を加速させるには十分。
のんびりと何もしない日が欲しいという欲求も十分。

だけど、やるべきことも予定も次から次へと飛び込んでくる。
増えることはあっても減ることはない。

ただ、不思議と投げ出したい欲求は出てこない。
むしろ今の状況を歩く中で、モチベーションが高い時はそこそこしんどくても物事を動かせるということを数年ぶりに再確認出来て気分がいいくらい。
眠る時間が増えることでしなきゃならないことに割ける時間が減ることに苛立ちを覚えていた時期もあったけれど、実際に長く起きていればいろんなことが片付いたかといえばさほど片付いた形跡もない。
ならば、ちゃんと寝て、ちゃんと起きて、起きてる時間フル稼働してる方が効率いいじゃないかと、極めて当たり前のことに感心してる今日この頃。

するべきことが増えてしまったこの環境、決して悪いもんじゃないのかもしれない。

ここ数年、眠れない時はあまりいい気分じゃなかった。
1日の中でやり残したことがある時やしてしまいたいことがある時以外は、大概何かしら考えては眠れない状態だったから。
そんな夜に向かう日記はどことなく辛気臭くて、朝起きて読み直して頭抱えつつ何となく消せないまま魔境に向かってまた消し忘れて。
辛気臭くても明るくても、どちらも私なんだからいいといえばいいのかもしれないけれど、やがて向かい合うことそのものが気恥ずかしい気がして上がるのが億劫になってる。
昨日今日でその状態が改善できるという問題でもないのかも知れないけれど…

疲れてるはずなのに、今夜は眠れない。
でも、前向きなドキドキを抱えてるからそれもまた悪い気はしない。

昨日は姉さまと夕方から会って、終電まであと数本という時間までいろんなことを語り合った。
彼女といると、竜樹さんと居る時とはまた違った意味で気持ちが柔らかくなる。
別れるのが惜しくなるのも、竜樹さんと別れる時と同じような感じ。
7時間ぶっ通しで語るっていうのは相当に体力を消耗させるはずなのに、今夜はなぜか眠れない。

朝が来たらまた楽しいことが待っているのに。
竜樹さんとふたりで楽しい時間が過ごせるのに。

明日の用意をしながら、わくわく気分が抑えられなくて久しぶりに上がってみる。

綴れば何かが変わる訳でなく、語れば何かが変わる訳ではない。
それはいい状態にあっても悪い状態にあっても、自分自身の中においては変わらない状態なんだと今でも思ってる。

自らに何かを言い聞かせるために残したことがある。
自分が走る力が足りないと感じる時、その力を振り絞るために残したこともある。
誰に宛てるわけでもなく、ただ送り出してみたかった言葉を残したことも、眠れぬ自身を眠らせるために残したことも。
嬉しい気持ちをゆっくりかみしめるために残したこともあった。

今夜は嬉しい気持ちを残してみたくなった。
気持ちが柔らかくなった夜に感謝し、楽しいことが待ち受けてる明日に対するドキドキを少々抑えたくて言葉を残す。

…小さな旅の用意をしなきゃね。

眠れない夜も悪くはない。
ほどなくやってくる朝が楽しい1日の始まりだと思えるから。
するべきことが多くても、それが前へ進むために必要なプロセスだと思えば片付ける気力を起こすことはそれほど大変でもないから。

前向きなドキドキを抱えてられる、眠れない夜は悪くない。

たおやかな強さ

2004年5月13日
「明日は雨が降るらしいで」

昨夜竜樹さんが苦しそうな息でそう言ってたのが的中した朝。
毎年この時期は雨が多いと言い募ってるような気がするけれど、今年に入ってからやたら雨降りの日が多い気がする。

…いい加減にしてくれよ

いい加減にして欲しいと思うのは別に雨が降ることに対してだけでなく、気温の変化が激しすぎることにも思うのだけど…

去年のこの時期も竜樹さんの調子はよくなかったのかもしれないけれど、今年はとりわけよろしくない気がする。
不調の原因について概ね見当はついているのだけれど、判っていれば即対処できるという代物でもないのが憎らしい。
毎日毎日似たようなことにやるせなさを覚えたり、自然現象にやり場のない怒りを覚えたり。
それそのものが竜樹さんと一緒にいることをやめようと考える原因になどなりはしないけれど、(無力であろうがなかろうが)機嫌のよくない要因を排除することが出来ないことに苛立たしさを覚えるばかりの状態に少し疲れているのかもしれない。

魔境へ赴く電車に乗り込む前に竜樹さんに電話を入れる。
昨日「明日は午前中しか病院が開いてないから、何が何でも起きなければ…」と話していたから、早めに起きてもらって早めに病院に行ってもらえたらと思って。

「……んー?」

本当に眠そうな声で出た竜樹さん。
この状態で何を話したところで話したこと自体覚えてないだろうなと思いつつ、「寝直したらダメですよ。ゆっくり準備してちゃんと病院行ってくださいね」と連呼して電話を切る。

魔境に近づいていくにつれて雨脚は強まってくる。
ずぶぬれになってまで魔境に行かなきゃならないことにも頭にくるし、天候の悪さが竜樹さんの体調の悪さに及ぼす影響を思っても頭にくる。
行き場のない怒りなど持ってみたところでどうしようもないと知りながら、怒りが生まれるのを放棄できるほどに今は肝要にもなれなくて、心の中でぐるぐるいいながら移動を繰り返す。

魔境の最寄り駅で降りて、傘を片手に自転車を飛ばす。
毎朝その道で40代から50代くらいの夫婦連れとすれ違う。
旦那さんと奥さんが連れ立って歩を合わせて歩く姿がいつも気になって、すれ違う場所の近辺に来るとつい探してしまう。

今日も傘を差しながら歩を合わせて歩いている。

いつも奥さんがにこやかに何かを語りかけ、それに応える旦那さん。
時折立ち止まっては風景を眺めたり、道沿いにある家の庭を走りまわってる犬に視線を向けたり。
すれ違うといつもその光景を目にして、少しほわんとした気持ちになって魔境に行く。

尤もそのほわんとした気持ちを魔境での出来事や人々が打ち壊していくのもお約束なのだけど…

雨が降っても風が強くても、日差しが強くても鈍色の空の下でも。
シチュエーションは微妙に違えど寄り添って歩く姿と二人の柔らかな笑顔が心に残る。

行く道は多分楽な道でないだろうこと。
すれ違う数秒の間に目に入ってくる情報から垣間見られたことだけでの判断だから、実際どうかなんて知る由もないし知る必要もないのだろうけれど。
跳ね除けていくことの出来ない荷物を背負わなければならない、そんな誰かの隣から離れようという気持ちが起きないのなら共に背負って歩くしかない。

歩幅を合わせて共に歩き、目にするものを共有し、心を繋いで進んでいく。
それを気負うことなく笑顔を以って続けていく。

本当は理不尽なものと形容してもいいような斤量を背負わされることにやり場のない怒りだって抱えもするし、その状態に疲れてしまう時だってあるには違いないのだろうけど、大切に想う人の隣を歩く時歩を合わせたり共に共有できる何かをそっと差し出したり、背負うものの重さを感じさせない笑顔を向けられたりする、そんなたおやかな強さが欲しいと希う。

魔境に着いたら4日連続予告なく出没しているモルボルの姿にげんなりし、魔境の人々の些細なことにかちんときたりで笑顔もへったくれもなかったのだけど。
魔境にいる時の私は魔境にいる時だけのもの。
それを引き連れて竜樹さんや家族の下に帰らなければ今はそれでいい。
無理矢理居直り気を吐きゃなきゃならない状況もさっさと打開はしたいには違いないけれど、諸事情の絡みで今すぐに出来ないならそれはそれで仕方ないのだろう。
今出来ることを放棄してみたところで、道が開けよう筈はないのだから…

日々すっきりしない竜樹さんの体調。
竜樹さんが背負わなきゃならないものが恒久的なものなのか、いつかは降ろしてしまえるものなのかは今のところ判らない。
こんな荷物を恒久的に背負えなんて言われたら竜樹さんはまいってしまうだろうし、私だって辛いには違いないけれど。

たとえ恒久的に背負いつづけなければならないものとなってしまったとしても、その痛みを直接的に肩代わりすることが出来なくても、歩を合わせて寄り添って歩いていけばいい。
傍にいることで自らの無力感を鏡映しにして見つめ続けなければならないのだとしても、竜樹さんの傍から離れるつもりがないのなら出来ることをしていくしかないのだから。

目に映るもの、心に映るもの。
すべてを共有することは適わなくても笑顔を引き出す何かを送り出せればいい。
無力な自分を超える努力は必要であるには違いない。
けれどそっと笑顔を送り出せる、そんな力だけを今は求めればいいのかもしれない。

毎朝出逢う、見知らぬ誰かから貰ったちいさな力を自分の中で温めつづけよう。
それが根本的な物事を変える力にはならなかったとしても、ふたりが共に歩く中では間違いなく必要なものだと思うから。

今必要なのはきっと、そんなたおやかな強さ。

やるせなさの刃

2004年5月10日
昨日の朝からの雨は日付が変わったあたりから激しさを増していた。
「このまま降り続かなければいいんだけど…」と思いながら眠りについたけれど、その想いが叶うことはなかった。

週明けはいつもうんざりした気分になる。
ただでさえ魔境に行くのはうんざりなのに、雨まで降っている。
「今年は雨が多くてろくな年じゃないな」なんて八つ当たり半分なことを考えながら家を出ると、激しい雨は霧雨程度になっていた。
尤も霧雨だったのは私が住んでるあたりだけで、魔境近辺は豪雨だったのだけど(-_-;)

魔境についてびっくり。
今日は来ないはずのモルボル様がいる。
げんなりしながら仕事をこなし、火急の案件を手渡しにモルボル様のいるフロアに行ってみたら、いたはずのモルボル様はお帰りになってた。
「…一体、何をしに来られたんだろう?」と首を捻りつつ、いないならいないに越したことはないと思い直して、また自分の作業を続ける。

うんざり気分で作業しながら時折ボスと部代の話を聞いて笑いつつ、結局ぶっくたびれて事務所を去るのも相変わらず。

駅のホームから電話を入れたら不機嫌そうな竜樹さんの声に数ヶ月ぶりにかちんとくる。
思わずちょっと語気が強まったけれど、状況が判ればそれもなるほどなと思えたので謝って早々に電話を切り、またひとつ気を吐いて電車に乗る。

寄り道でもして気分を変えないと家に帰る気がおきないなと思いながら、乗り換えの駅で降りて本屋を目指そうとしたら土砂降りの雨。
滝のような雨という表現に何の疑問すら抱かないような雨脚に寄り道する気もなくなり、また電車を乗り継いで自宅を目指した。

帰宅してごはんを食べつつ「あー、今日はバレーボールないのね、つまんない」と思いながら両親と会話して、プードルさんの遊び相手になって。
ひと段落して自室に戻り機能の作業の続きをしながら、あるものを見てふと考えてしまった。

自分の中にあるものの何が変わった訳でもない。
そして思うことを語ることで何が変わる訳でもない。
それを判りきっててもなお、すべてを飲み込んで進んでいくことが出来ないことだってある。

人の中にあるものは必ずしもすべてにおいて理路整然としてる訳でなく、様々な矛盾を抱えていてその時々出会う物事によってより強く揺れ動くものが表に出るのかも知れない。
どれほど自分の中で強固に確立されたと信じて疑わないものの中にでももしかしたらちいさな矛盾は住み着いていて、ある時ぽんとそれが顔を出すことだってあるんじゃないかって思う。

咄嗟に口を突いたことや出てしまった対応が本音なんだと解釈するのは正しいのかもしれないけれど、それがすべてにおいての真実だと部外者が断ずるってどうなんだろう?
言葉の切っ先ばかりが鋭くなっていって、その根っこにあるものを打ち消すような言葉の羅列を見て引っかかり感は強まっていく。

自分自身では何も変えられない苛立ちの中から生まれた言葉がそれを見る人に不快感を与えたのは事実。
けれどもう少し感情が整理できてる状態だったなら、きっとそんな表現使わなかっただろうってことも後々の経過を見てると判る気がしたのも事実。
感じ悪い表現に不快な思いをしたのだとしても、苛立ちの中から生まれた言葉を以ってその人の想いを根本から否定できるだけの理由となりえるのか?

そんな風に思いながら、私自身がその人の言葉を不快なものとして受け止め他人抱くの想いを断じたり決め付けたりする部分があったのかもしれないと思うと嫌な気分にもなったのだけど…

すべてを飲み込んでは進めない。
どれほど大切に想っていても自分のすべてを曲げつづけて進むこと自体に無理があるし、自分がどれほど努力をしても受け入れられないものだって間違いなくあるのだから、それはそれで仕方ないとは思う。
ただ、人の中にある矛盾から生まれた刃を刃で征するような真似も可能な限りしたくないとも思う。

私の中にも恐らく多くあるだろう矛盾。
より自分の中で確立してる想いに準じて日々歩いているけれど、何かの折に自分の中にある相反するもの同士が綱引きを始め、その結果鋭い刃にも似た何かが生まれて外へ飛び出していきそうになったり、自分自身が壊れかかることもある。
自分の中から矛盾を排除できないことを胸張って居直る気はないけれど、理路整然としないことを自身の無力さとして断じたりはしないでいたいと思う。
自分以外の誰かの中にある矛盾や攻防戦の果てに生まれたやるせなさの刃に対しても同じように。

そして、自分の中にある相反するもの同士の攻防戦の果てに生まれた刃が大切な人ごと傷つけてしまわないように。
苛立ちややるせなさから生まれた刃の行方くらいはコントロールしたいなって思う。

春の便り

2004年4月13日
昨夜、竜樹邸から戻ったらリビングのテーブルの上にちょこなんと箱が置いてあった。
送り状を見て、笑顔が飛び出す。

春の便りが届いた。

数年前から毎年届く贈物。
この季節に届くと「あ、春が来たな」と実感できる。
お礼の電話をとかあれこれ思うところはあったのだけど、時間が時間だったのでやめてしまった。
家族に黙って触られないように(って触らないけど)、そっと片付けて休んだ。

明けて来た魔境は珍しく静か。
確かにこの時期は業務の立ち上がりは緩やかなのは承知はしてるけど、あまり緩やかに流れすぎてて正直少し気味が悪い。
とはいえ、再来週くらいから恐らく再び魔境は悪い意味で魔境らしくなる。
今のうちに緩やかさから生まれる余裕みたいなものを噛み締めておこうと思っていたら…

穏やかな流れを打ち破るはモルボル様(-_-;)
暫く形を潜めていたから油断してたら、重箱の隅突付きのような作業を着々と進め、何十分かおきにどうして坊やを展開。
その度にすべての作業を止めてお付き合いしなきゃならないから、正直勘弁願いたい、いや出来たら早く期限の日が来てくれないかなと思うけれど、時折見せる所在なげないたたまれなさそうな佇まいを見てると、少し気の毒だなと感じたり。
そんな風に思ってるとたちまちどうして坊やは復活するから、前言撤回してみたりして。
穏やかな流れの中に時々介入してくるどうして坊やさんにお付き合いしながら、魔境での作業を終える。

いつものように駅から竜樹さんに電話を入れると、調子はまだもひとつだけど昨日来てもらったから大丈夫とのこと。
竜樹さんの体調が気がかりではあるけれど、ひとまず自宅へ戻ることにした。

夕食を食べ、ひと心地してから隠しておいた春の便りを取り出す。
去年感じた春の風とは少し違う感じがするけれど、春の便りは心をふんわり潤していく。

今年は春になっても竜樹さんの体調が不安定続きで気を揉むような場面が多いけれど、去年の春には叶わなかったお花見も2回行けた。
ひとりで自宅へ戻る途中に、何度も春に花咲く植物の生命の強さを感じる場面にも出会った。
いつもとっ捕まってしまう春の鬱も、どうにか振り切ることができた。

そして春の便りを届けてくれる大切な人と、また今年の春を分かち合うことが出来る。

今年の春の便りに触れることで、今年手にしたいろんなものをいとおしむ気持ちが生まれ、それに触れることでまた新しい季節を歩き、何物かを手にしていけたらと思う気持ちが生まれる。

春の便りに触れて、生まれゆく幾許かの想い。

今年も春を届けてくれて、ありがとう。
土曜あたりから急に気温が上がり、身体が気温の急激な変化についていけずにびっくりしつづけてる状態。
いつも週明けはしんどくて仕方がないのだけど、今日はまた起きても石のように身体は固まったまま。
倦怠感の残る身体を無理矢理動かして、今日も魔境に赴く。

今朝は珍しくデスクの上に書類がない。
処理の難しい案件も飛び込んでこず、機嫌よく午前中の作業を終える。

ゆとりをもって仕事をこなせたけれど、急激に気温が上がってきてるせいか少しずつ疲労感が出つつある。
「気温の変化についてけへんようになったら、おじんおばんの証拠やでー」と茶化すボスの言葉に素直に「そですねー」と返事を返す気分にはなれず、複雑な思いを抱えながら自分で入れたお茶を飲む。
それからそっと屋上に出て、竜樹さんのところに電話したけれど捕まらず。
ちょっとよろけてるので竜樹さんの声が聞けたらなと思ったけれど、せめて竜樹さんだけでも調子よくリハビリに励んでおられたらいいなと願いながら屋上の扉を閉め、事務所へ戻る。

幸い昼からの仕事の流れも緩やかで、必要以上に消耗することなく魔境を後にした。

駅から竜樹さんに電話をしてみると、昨日から調子が悪くて大変だったのだとのこと。

「それやったら、連絡してくれはったらよかったのに」
「霄と話してる時はそんなにひどくなかってん」
「…休養日にしましょうって言った途端に具合悪くなったんですね」
「そやねん。こんなんやったら来て貰ったらよかったって後悔しててん…」

今日は身体もよろよろしてるし、先輩に持たされたお土産も嵩張るのでこのまま直帰してしまおうかと思ってたけれど、予定変更。
「これから行きます」とだけ返事して、ホームに滑り込んできた電車に飛び乗る。

移動の途中で、ふとうどんのストックが切れてることを思い出したので、うどんを4束購入。
竜樹邸に誰もいない時におなかが空いた時のためにうどんだしもあわせて購入して、また移動を繰り返す。

竜樹邸に着くと、弱ってる竜樹さん。
部屋着に着替えてすぐにうどんでも作ろうと思っていたら、呼び止められお布団の傍にぺたと座り込む。
竜樹さんがぽつりぽつりと溢す言葉に受け答えして過ごした。

本当なら今くらいから梅雨前までの間に上り調子になるはずの体調が未だすっきりしないままいること。
抵抗力が落ちてるのも事実だろうけど、それ以上にいつもなら元気でいてる筈の時期に不調続きでいることに対する不安の部分が余計に身体に悪い作用を為してる気がする。
自分の中に生まれる不安は自分でしか掃えないものだと知ってはいるけれど、自分でその不安を掃うための糸口を渡せたらそれでいい。
竜樹さんが心の中に溜めていることをゆっくりと聞き、それをひとつひとつ取り除くために想いを返す。
それは言葉であったり、相手に触れることであったり。
私が竜樹邸で今日するべきことは、竜樹さんが抱える不安を少しでも減らしていくこと。
ただそれだけに集中しようと思った。

想いを言葉にして渡したり、それを触れることに託したり。
そうしてるうちに竜樹さんの気持ちは少しずつ柔らかくなっていったみたい。
気持ちが塞いでいる時、真っ先に食欲が落ちるという竜樹さんにひとまず何か食べて貰おうと食べたいものを聞いてみると、うどんがいいとのこと。
あまりうどんが続くと今度は栄養が偏りそうで気がかりだけど、食欲がないという状態をひとまず解消できればそれでよしとばかりに台所でうどんを作る。
うどんを茹でる前にきつねあげを炊き、うどんを茹でている間にうどんのダシを作りその中で温泉卵を作る。
すべて終えて、ストック分のきつねあげの粗熱を取ってからタッパーに移して、後片付けをする。

「…霄、美味しい」

竜樹さんのいる部屋に戻ると、作っておいたうどんを竜樹さんは口にしてくれてた。
何かおなかに入れておきさえしたら、薬を飲んでも大丈夫な状態にはなる。
きちんと食べてさえいれば、回復するのは幾分早くもなる。
そう思うと、少しダルい程度で直帰してしまわなくてよかったって思える。
竜樹さんの傍に座り、竜樹さんが黙々と食べている姿を眺めていた。

ふと時計を見ると、バスの時間まで20分ほどしかない。
後は荷物を持って出たらいいだけにしておいて、あと10分。
もうちょっとしたら帰る旨を伝えなきゃならないなぁと思っていると、竜樹さんが甘えてこられる。

「…バス、乗り遅れちゃうよ?」
「…判ってんねんけど、まだおって?」

それまで「寂しい」とかいう言葉を口にしてこなかった竜樹さん、最近は「ひとりでいるの、嫌やぁ」と言ったり、口にしなくても帰る時間が迫ってくると甘えたさんになったりするようになってる。
私も好きで帰る訳でなし、一緒になって甘えたいのだけど、そうしてると半永久的に家に戻ることは出来なくなる。
戻れないなら戻れないで構わないよなもんだけど、それでいい訳でもない。

私が今戻る家にもまた、竜樹さんとは違った意味で大事な人達がいるから。

本当にこれに乗らないと具合が悪いというバスの時間になるまでは、竜樹さんにくっついて過ごした。

「もうちょっと待っててくれたら、俺、送っていくで?
明日も仕事あるねんし、楽に帰れた方がええやろ?」
「大丈夫やから!
体調悪いって言わはるから来たのに、送ってもらう訳にはいかへんもん」
「…それやったら、タク乗って帰り?」
「や、毎回毎回そんな無駄遣いできへんもん。バスがあるうちはバスで帰るよ?」
「せやけど、霄んちの方のバスはないやろ?」
「大丈夫!そっから先は歩くかタク乗るか考えます」
「こんな時間に歩いて帰るの、危ないで」
「私は運がいいんだから!」

そう言って竜樹さんをお布団に押し込み、火の元の確認と戸締りをして竜樹邸を出る。

バスに乗って電車に乗って、最寄の駅に着いて。
タクに乗って上がることも考えたけれど、何となくこのまま歩いて家まで帰ってみたい気分になった。
コンビニで飲み物だけを買って、外灯と月の光に照らされて白く浮かび上がる坂道をてくてく登っていく。

荷物も多く暑さでまいってたという割に歩くペースは速く、同じ道を歩いてる人をとことこ追い抜いていく。
正確には悠長に歩きすぎて竜樹さんに心配をかけたくなかったという方が正しかったかもしれないけれど…

白く浮かび上がる坂道はあるところまでいくと急に傾斜がきつくなり、またあるところまでいくとまた傾斜がきつくなる。
それを黙々とペースを落とすことなく登っていくのも、たまにはいいもの。
その傾斜はいつまでも続かず、やがては自宅に辿り着く。
それは自分がこれから行こうとしてる道も同じなんじゃないかと思う。

そんなことを思う一方で、自分がやってることが何処となく仲本工事の坂道コントにも似てる気がして、意味もなく笑えたり。

自宅に辿り着いてひと息ついてから竜樹さんに電話したら、「帰り着くまで心配しててんから。もう歩いて上がるのはやめてなぁ」と一言。
でもその声が不安や緊張で雁字搦めにされてるような声じゃなかったことに心底安心できる。

自分が少々よろよろしてても。
竜樹さんに逢えれば、割とちゃんちゃんと動ける元気が生まれる。
その元気が竜樹さんに還り、竜樹さんが元気でいられる時間が少しでも長くなっていくなら、それは何より嬉しい。

ふたりでいることで元気を渡しあって、ふたりとも元気でいられたらいいなって思ってる。

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